科学技術振興機構報 183号

平成17年7月4日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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URL http://www.jst.go.jp

− 量子計算のための理想的な2電子制御を実現 −

量子コンピュータの実現に向けた新たな展開


 JST(理事長:沖村憲樹)は、量子計算の基本演算に必要となる2電子制御に成功した。電子スピンを用いた量子演算では、"正確に1個ずつの電子"を2つの量子ドットに配置し、その電子間の結合を制御することが必要である。本プロジェクトでは、新しい結合2重量子ドットデバイスの開発を行い、理想的な2電子状態(「ハイトラ-ロンドン人工分子状態」)を実現するとともに、電子間結合を電場や磁場を用いて自在に操作することに成功した。この実験の成功は、電子の波としてのドット間の偏りを精度良く測定し、制御できたことに因る。
 このハイトラ-ロンドン人工分子状態を用いることにより、量子計算の理想的な論理演算が可能になる。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業、総括実施型研究ICORPタイプ「量子スピン情報プロジェクト」 (研究総括:樽茶清悟 東京大学工学部物理工学科教授)、及び東京大学との共同研究によって達成されたものであり、平成17年7月8日付けの米国サイエンス誌に掲載される。

実証の経緯及び背景

 量子コンピュータとは、量子力学の特性を利用した、新たに提案されたコンピュータである。従来のコンピュータで計算を行うと天文学的な計算時間を要する問題を短時間で解くことができるとされる。
 このコンピュータの基本単位は従来のコンピュータの構成単位ビットとの関連から量子ビット(Qubit)と呼ばれる。その量子ビットの候補として核磁気共鳴(NMR)、イオントラップ、超伝導ジョセフソン接合等が提案されている。その候補の1つが量子ドット中に閉じ込められた電子のスピンである。量子ドットとは半導体を微細加工して作製された電子を閉じ込める箱のようなものである。閉じ込められた電子の状態が実際の原子と同様に殻構造を形成することから人工原子とも呼ばれる。実際の原子と異なり、人工原子では閉じ込める電子数を0個から1個単位で自由に変化させることが可能である。電子数を変化させることにより、人工原子のもつ量子力学的性質を制御することができる。 またそのこの量子ドットを2つ並べたダブルドット構造を作製すると、2つのドットが量子力学的に結合してあたかも分子のような状態を形成する。そのため、ダブルドットは人工分子とも呼ばれる。この人工分子の状態は閉じ込められた電子のスピン(*注1)間の相互作用(交換(結合)相互作用(*注2))によって影響を受ける。この相互作用を制御することにより、電子スピンを用いた量子計算が実現できることが理論的に報告されている。このためには、人工分子内に正確に電子を2個だけ入れ、さらに、2個の電子がそれぞれのドットに分かれて存在する状態(ハイトラー-ロンドン人工分子状態*注3)を作り出さなければならない。

実験および成果の内容

 我々は新しい人工分子デバイスを作製した。この人工分子はガリウム・ヒ素という半導体で作られており、直径300〜400ナノメーターの円盤状の人工原子を並列に2つ並べた構造を持つ(図1(A))。この人工分子を制御するために、幾つかの電極がつけられている(図1(B))。ソース電極とドレイン電極は2つの人工原子に電子を注入するためのもので、バイアス電圧をかけると、電流はソース電極から2つの人工原子をそれぞれ経由してドレイン電極まで流れる。2つのゲート電極によって、それぞれの人工原子内の電子数を1つずつ調整できる。また、センターゲート電極で2個の人工原子の間の量子力学的結合を制御できる。
 2個の人工原子に電子が1個だけ入っている場合を考える(図2下)。量子力学的には電子は波である。そのため、電子は2つの人工原子にまたがって存在する。
 2個の人工原子に2個の電子が入る場合(図2上)、電子間にクーロン斥力が働くため、2つの場合が考えられる。ひとつは、1個の電子の時と同様に2つの人工原子に2個の電子が広がって存在する場合である。この状態はエネルギー的に安定であり、容易にとることができる。
 もうひとつは、2つの人工原子に2個の電子が入るが、それぞれの人工原子に1個ずつ入る場合である。2個の電子はそれぞれのドットに分かれて存在しているが、電子のスピン(注1)交換相互作用(注2)と呼ばれる量子力学的結合を保っている。この「電子は分かれて存在しているが、量子力学的結合を保っている状態」(「ハイトラー-ロンドン人工分子状態」)を実現することによって、量子計算に必須なQbitの制御を可能にできるのである。
 また、人工分子中の状態が変化することにより発生する微小な電流変化を図示することで、人工分子中の状態を正確に把握できることを明らかにした(図3)。各電極に加える電圧をX軸、Y軸にとり、電流変化を色の違いとして図示するのである。これによって描かれる図形の配列、対称性、形状などよって、人工分子中の電子数、電子の広がり方、相互作用の強さ、といった状態を知ることができる。
 我々は実際に、作製したダブルドットで実際に2つのドットの電子数を制御して、上記と同様の人工分子的な振る舞いを観測した。センターゲート電極の電圧を固定して2つの人工分子間の結合を固定する。ゲート電極の電圧を変化させると、人工分子中の電子数を N=1, 2というように変化させる。3つの矢印のように電子数を2個変化させる。その変化をバイアス電圧の変化とともに観測すると、異なる四角形が観測できる。左右どちらのドットに電子が入るかによって、この四角形の対称性の違いが生じる。最も対称性のよいひし形の場合、人工分子の結合が最も強い。この四角形の対称性の変化を詳細に検討した結果、2個の電子がハイトラー-ロンドン人工分子状態にあることを確認した。この状態においては、2つの電子が持つスピン間の相互作用(交換相互作用)で結合した状態である。

今後の展開

 今回、実際にハイトラー-ロンドン人工分子状態を実現することに成功した。この成果は、人工分子により量子計算を実現するための、重要な基礎を築いたといえる。
 今後、2つのドットにある電子間の相互作用(交換結合エネルギー)を制御することで、量子力学的なもつれ状態を実現し、これを基に量子計算に必須となる論理回路(排他的OR回路(XOR))の作製を目指す。
 本研究は「量子スピン情報プロジェクト」において、東京大学工学部物理工学科(樽茶研究室)との共同研究によって行われたものである。


■補足説明
■図1(A)人工分子デバイスの走査型電子顕微鏡図(B)人工分子デバイス回路
■図2人工分子の電子分布
■図3測定した人工分子の電子数の変化


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本件のお問い合わせ先

 樽茶 清悟
 東京大学 大学院工学系研究科教授
 〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
 Tel 03-5841-6835

 黒木 敏高
 独立行政法人科学技術振興機構 特別プロジェクト推進室
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