科学技術振興機構報 169号

平成17年4月25日
東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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光だけでなく化学物質も受容できるロドプシンの発見

 JST(理事長:沖村 憲樹)の研究チームは、光受容能のみならず、全トランス型レチナールを外来性の活性物質(アゴニスト)として受容する能力を持つロドプシンを発見した。
 視覚の光受容体ロドプシンは、創薬研究の重要なターゲットであるG蛋白質共役型受容体(GPCR)の一種であり、唯一3次元立体構造が決定されるなど、最も研究の進んでいる蛋白質である。一方、他のGPCRがアゴニストと呼ばれる外来性の低分子化学物質(ホルモンや神経伝達物質)を結合して活性化されるのと対照的に、ロドプシンは分子内にアンタゴニストと呼ばれる不活性化物質11-シス型レチナールを結合しており、光エネルギーを使ってそれをアゴニストである全トランス型レチナールに変換して活性状態になる。本研究チームは、脊椎動物の先祖である脊索動物(ナメクジウオ)のロドプシンが、脊椎動物のロドプシンと同様にアンタゴニストと結合して光で活性状態になるのみならず、アゴニストである全トランス型レチナールを直接結合して活性化される能力も持っていることを発見した。
 このロドプシンが示すホルモン受容体様性質と光受容体としての性質を詳細に解析した結果、脊椎動物のロドプシンは進化の過程で光受容に特化し、視覚の暗ノイズを低下させるための機能を発展させた特殊なGPCRであることが解明された。また、今回の発見により、これまでに蓄積したロドプシンの研究成果を他のGPCRの研究成果とダイレクトにつなぐことができ、ロドプシンをモデルとした創薬戦略のブレークスルーとなることが期待される。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「ロドプシンをモデルとしたG蛋白質共役型受容体の構造・機能解析」の研究代表者・七田芳則(京都大学大学院理学研究科教授)らによって得られたもので、平成17年4月25日の週に米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要」オンライン版で発表される。

【成果の概要】

 研究の背景と経緯:  G蛋白質*1共役型受容体(GPCR)*2は細胞膜に存在し、細胞外からのシグナル(分子)を受容して細胞内へ伝達する機能を持ち、創薬研究の重要なターゲットである。視覚の光受容体ロドプシン*3はGPCRの一種であり、様々なホルモン受容体や神経伝達物質受容体と共通の構造を持つ。ロドプシンは"光"を利用した詳細な解析を行うことができることから、数あるGPCRの中で最も活性化メカニズムの理解が進んでいる。また近年3次元立体構造もGPCRとして初めて決定され、ロドプシンはGPCRのモデルとして捉えられることも多い。(図1)
 一般に、GPCRは細胞外からの低分子化学物質を結合する。ロドプシンは蛋白質部分(オプシン)にもともとアンタゴニスト*411-シス型レチナール*5)が結合しており、光エネルギーを使ってそれをアゴニスト*4全トランス型レチナール*5)に変換することで活性状態になる。これまでのロドプシン研究の主な対象であった脊椎動物のロドプシンは、アゴニストと直接結合する能力はなく、光受容によってのみ活性状態になる。つまり、創薬を視野にいれたGPCR研究のモデルとして脊椎動物のロドプシンを利用するには、アゴニスト結合を示すようにそれを改変するか、アゴニスト結合を示すロドプシンを探索することが必要であった。今回、ロドプシンのG蛋白質活性化メカニズムの研究を行っているCREST研究チームは、種々のロドプシン類を探索した結果、外来のアゴニストを直接結合する能力をもつロドプシンを発見した。(図2)

 今回の論文の概要:  本研究チームは、様々なロドプシン類について解析を行った結果、脊椎動物の先祖である脊索動物(ナメクジウオ)の新奇ロドプシンが、全トランス型レチナールと直接結合してGタンパク質を活性化する状態になることを見いだした。(図3) つまりこのロドプシンは、脊椎動物のロドプシンと同様に光で活性状態になるのみならず、アゴニストと直接結合して活性状態になる能力を持っていることを発見した。また、このロドプシンに異なる色の光を照射すると活性状態と不活性状態を相互に変換させることが可能であった。新奇ロドプシンはアゴニスト(全トランス型レチナール)よりもアンタゴニスト(11-シス型レチナール)に対する親和性が高かった。この性質は、光とは無関係なアゴニスト結合よるロドプシンの活性化(暗ノイズ)を大きく減少させるので、ロドプシンが光受容体として機能するために重要である。実際、ヒトのロドプシンはアゴニストと直接結合しないので、暗ノイズの少ない視覚系を作るために進化したGPCRであると言える。
 以上の結果は、新奇ロドプシンが一般のGPCR(低分子化学物質受容体)と脊椎動物のロドプシン(光受容体に特化した受容体)との中間的な性質を持ち、ロドプシンをモデルとして一般のGPCRの機能発現メカニズムの理解を進める上で、両者の橋渡し役となることを示している。

 今後期待できる成果:  GPCRはヒトゲノム上に1000種類程度存在し、一大ファミリーを形成する。多くのGPCRはロドプシンと共通の祖先型の受容体から分子進化してできたと考えられている。今回発見された新奇ロドプシンは、光受容体としての性質だけでなく外来のアゴニスト(全トランス型レチナール)の受容体としての性質を併せ持つ。したがって、このロドプシンのさらなる解析は、ロドプシンが一般の受容体からどのように分子進化してきたのか?という問いへの答えを与えるであろう。
 また前述のようにロドプシンはGPCRの中で最も解析が進んでおり、GPCRの中で唯一、原子レベルで立体構造が明らかにされている。これまでの脊椎動物のロドプシンに基づく研究では、創薬において重要なポイントの1つであるアゴニストの結合に関する知見が欠落していた。今回の発見を発展させることにより、この欠点が補われ、これまでに蓄積したロドプシンの研究成果を、他のGPCRの研究成果とダイレクトに結びつけられると考えられる。具体的には、ロドプシンの立体構造情報に基づく分子モデリングや変異蛋白質の解析などから、様々な疾患の原因となるGPCR変異体に対するドラッグデザインを行うことにより、ロドプシンをモデルとした創薬が加速されることが期待される。

用語説明
図1 ロドプシンの立体構造
図2 光だけでなく化学物質も受容できるロドプシン
図3 新奇ロドプシンによるG蛋白質の活性化
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【論文名】


“A rhodopsin exhibiting binding ability to agonist all-trans-retinal
(アゴニストである全トランス型レチナール結合能を持つロドプシン)
doi :10.1073/pnas.0500378102

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりである。
 ○「ロドプシンをモデルとしたG蛋白質共役型受容体の構造・機能解析」
 (研究代表者:七田 芳則 京都大学大学院理学研究科 教授)
  戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
  研究領域:「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」
    (研究総括:大島 泰郎 共和化工株式会社環境微生物学研究所 所長/前 東京薬科大学生命科学部 教授)
  研究期間:平成13年度〜平成18年度

【本件問い合わせ先】

七田 芳則(しちだ よしのり)
 京都大学 大学院理学研究科 生物科学専攻 生物物理学教室
 〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
 TEL: 075-753-4213, FAX: 075-753-4210
 E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5635, FAX:048-226-1164
 E-mail:

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