科学技術振興機構報 第12号
平成15年11月14日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
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網膜再生治療への期待

~網膜視細胞の発生メカニズムの解明~

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)は、戦略的創造研究推進事業「タイムシグナルと制御」研究領域(研究総括:永井克孝)における研究テーマ「網膜光受容体細胞の運命決定機構と再生(研究者: 古川 貴久、財団法人 大阪バイオサイエンス研究所 発生生物学部門 研究部長)」において、「網膜視細胞」の発生メカニズムを解明し、Otx2遺伝子が網膜視細胞発生の鍵となることを発見した。
 網膜視細胞は哺乳類における唯一の光センサーであり、一度機能が失われると自ら再生することが出来ず、失明の主要因となってしまう。このOtx2遺伝子を用いることで、今まで不可能であった失明に係る網膜再生治療に可能性を開くことが期待される。
 なお、本研究の成果は、米国科学技術雑誌Nature Neuroscienceへの掲載に先立ち、11月17日(月)午前3時(日本時間)にオンライン版 Advance Online Publication(http://www.nature.com/neuro/)にて一般公開される。
【研究成果の概要】
背景
 網膜視細胞は眼球(図1)の後方に位置し、哺乳類において唯一の光センサーとして働く。網膜視細胞は錐体・桿体の2種類の細胞からなり、視覚において重要な役割を担っている。網膜色素変性症や近年先進国で著しい増加を示している老人性黄斑変性症、糖尿病性網膜症等の疾患で網膜視細胞が傷害されると、著しい視力障害を来す。これらの疾患に対しては、その進行を遅らせる以外に根本的な治療法がないのが現状である。網膜視細胞は、その解剖学的および臨床的重要性から多くの研究がなされてきたが、発生メカニズムについてはまだ十分に解明されていなかった。また、網膜との進化的関連が示唆され、ある種の下等動物では「第三の眼」としての機能を持つ「松果体(※用語説明no.1図2)」についても、多くの研究がなされてきたが、その発生メカニズムは不明であった。
研究の経緯
 我々は以前より網膜視細胞の発生メカニズムを明らかにすべく研究してきた。
 以前の研究において、我々は網膜視細胞と松果体に特異的に発現する遺伝子Crx遺伝子を発見し、そのCrx遺伝子が網膜視細胞における光センサー反応および松果体におけるメラトニン合成(※用語説明no.2に必須であることを示した (Furukawa, T., et al. Cell 91, 531-541, 1997; Furukawa, T., et al. Nat Genet 23, 466-470, 1999)。しかしながら、網膜視細胞発生の「最初の鍵」を握る遺伝子が何であるかは、Crx遺伝子の発見にも関わらず不明であった。
今回の論文の概要
 今回の研究では、網膜視細胞が網膜幹細胞(※用語説明no.3から分化する際の最初の鍵を握る遺伝子が何であるかを解明することを目的として行い、その「鍵遺伝子」がOtx2であることを解明するに至った。
 まず、鍵遺伝子として予想していたOtx2遺伝子の時間的、空間的発現パターンをCrx遺伝子と比較したところ、Otx2遺伝子の網膜における発現は発生過程の網膜視細胞に強く見られ、網膜色素上皮にも発現が見られることと、発生過程が終了した網膜では網膜視細胞での発現がほとんど見られなくなることを除いてCrx遺伝子の発現パターンに類似していた。
 次に、Otx2遺伝子の網膜視細胞発生における役割を調べるために、網膜視細胞及び松果体において、Otx2遺伝子の機能を消失させた遺伝子組み換えマウスを観察したところ、網膜視細胞及び松果体の発生が確認できず、神経細胞の一つであるアマクリン細胞が著明に増加していた(図3)。これは、本来であれば網膜視細胞に分化すべき細胞が、Otx2遺伝子の機能消失により、アマクリン細胞へと細胞運命を転換したことによると考えられる。
 また、ラット発生期の網膜にOtx2遺伝子を強制的に発現させたところ、網膜視細胞の数が増加した。また、Crx遺伝子の調節領域を詳しく解析したところ、Otx2遺伝子がCrx遺伝子の発現を制御することを示すデータが得られた。これらの結果から、Otx2遺伝子の発現は網膜視細胞の初期発生過程に必要、且つ十分条件であることが示された。Otx2遺伝子は網膜視細胞における細胞運命決定および松果体の発生を制御する遺伝子であると考えられた(図4)。
今後期待できる成果
 今回の研究で、Otx2遺伝子が網膜視細胞および松果体の初期発生を制御する鍵遺伝子であることが明らかになった。今後、網膜幹細胞や神経幹細胞にOtx2遺伝子を導入することにより、網膜視細胞に分化誘導することが可能になることが期待される。
 今回の研究は、現在の医学では治療方法がない失明などに係る難治性網膜疾患の治療につながる研究であると考えられる。
【論文名】
Nature Neuroscience:
Otx2 homeobox gene controls retinal photoreceptor cell fate and pineal gland development
(Otx2遺伝子は網膜視細胞と松果体の発生を制御する)
doi :10.1038/nn1155
【研究領域等】
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「タイムシグナルと制御」研究領域 (研究総括:永井 克孝)
研究課題名: 網膜光受容体細胞の運命決定機構と再生
研究者: 古川貴久((財)大阪バイオサイエンス研究所 発生生物学部門 研究部長))
研究実施場所: (財)大阪バイオサイエンス研究所 第4研究部
研究実施期間: 平成13年12月~平成16年11月
 
【用語説明】
図1  網膜の構造
図2  ヒト脳における松果体の位置
図3     遺伝子操作マウスと野生型マウスの網膜における視細胞およびアマクリン細胞マーカーの発現の比較
図4  網膜視細胞運命決定のモデル
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【問い合わせ先】
古川 貴久 (フルカワ タカヒサ)
(財)大阪バイオサイエンス研究所 発生生物学部門 第4研究部 研究部長
〒565-0874 大阪府吹田市古江台6-2-4
TEL:06-6872-4853, FAX: 06-6872-3933

西田 明弘 (ニシダ アキヒロ)
(財)大阪バイオサイエンス研究所 発生生物学部門 第4研究部 研究員
〒565-0874 大阪府吹田市古江台6-2-4
TEL:06-6872-4853, FAX: 06-6872-3933

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
研究推進部研究第二課
Tel 048-226-5641、Fax 048-226-2144
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