資料1

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)
(平成16年度発足)

研究領域「潜在脳機能」研究総括

下條 信輔 氏
(カリフォルニア工科大学 生物学部 教授/
NTTコミュニケーション科学基礎研究所 リサーチプロフェッサ)

■ 研究領域「潜在脳機能」の概要
 脳の情報処理のうち、ヒトの意識にのぼるのはごく一部である。しかし意識にのぼらない膨大な神経情報処理が脳の高次機能を支え、また通常使われない神経接合(シナプス)が、ずば抜けた学習性・可塑性を保証している。ある匂いによって忘れていた記憶が生き生きと想起されることなどもその例と考えられる。こうした潜在的な神経回路は、知覚、記憶、運動だけでなく情動(感情の基盤となる身体の生理的/神経的反応)を含む諸機能に広汎にまたがっており、これら潜在機能をより深く解明することが、心と脳の未解明とされる「感性」(自己の情動の認知レベル/意識レベルでの表象)の理解につながり、ヒトの持つ驚くべき潜在認知能力を引き出す鍵を与えることが期待される。潜在認知機能が定量的に測定される一例としては、顔の選好判断をする課題において、自覚的な判断に先立って(1秒弱)、選ぶ顔の方へ視線が偏り出す現象や、逆に視線を操作することによって選好を操作できることなどが最近見出されている。また脳機能イメージング法などの計測技術の急速な発展により、認知機能の主観的/機能的な側面、神経生理メカニズム、計算アルゴリズムの三者を直接対応付ける学際的アプローチが、技術面からも可能となりつつある。
 本研究領域では、情動に基づく意志判断(好き嫌い・怖い、などの自覚)において、無自覚的な身体反応(定位反応)が先立つ、という仮説を軸に、もっとも主観的で科学の網にかかりにくいとされてきた意識と情動の謎に挑む。
 具体的には、ヒトにおける知覚、記憶、情動の主観評価、生体反応計測、計算モデル化などの研究を行う他、fMRIやEEGなどの計測機器によるヒトの脳の非侵襲的な神経活動記録から、機能的マッピングを行う。また、サル、マウスなどの動物を用いて、神経活動の電気生理計測、局所破壊と行動実験を行う。これらの研究から、脳の潜在的認知/情報処理機能の計測法を確立するとともに、「感性」のより深い理解や潜在能力の開発法につなげていく。これらはいずれも異なる専門性を要するが、「自働的な知覚、認知過程」「身体の定位反応と情動判断」「潜在学習」という3つのテーマを掲げることによって、円滑な学際的連繋を図る。また研究成果の応用開拓としては、メディア、芸術、教育、治療などへの適用を図っていく。
 脳の潜在的な認知機能の解明を目指す本研究領域は、神経科学の究極の謎とも言われる「感性」の解明に突破口を開こうとするものである。それと同時に、乳児や自閉症児、学習障害児の教育治療、高齢者の記憶障害対策、訓練メソッド、健常者(児)向けの潜在学習デバイスや、メディア芸術創造への先進技術創出などにインパクトを与え、戦略目標「教育における課題を踏まえた、人の生涯に亘る学習メカニズムの脳科学等による解明」に資するものと期待される。
■ 研究総括 下條信輔氏の略歴等
1. 氏名(現職) 下條 信輔(しもじょう しんすけ)
(カリフォルニア工科大学 生物学部 教授/NTTコミュニケーション科学基礎研究所 リサーチプロフェッサ) 49歳

2. 略歴
昭和53年 3月東京大学文学部心理学専門課程卒業
昭和55年 3月東京大学大学院人文科学研究科心理学専修課程修了、修士号取得
昭和60年 5月マサチューセッツ工科大学(MIT)心理学部博士課程修了、Ph.D.取得
昭和61年 3月東京大学大学院人文科学研究科心理学専攻課程修了
日本学術振興会特別研究員(名古屋大学医学部)
昭和61年 9月スミス-ケトルウェル視覚研究所ポスドク研究員
平成 元年 4月東京大学教養学部(教養学部教養学科/総合文化研究科)助教授
平成 9年 4月カリフォルニア工科大学生物学部・神経計算システム専攻課程准教授
平成10年11月〜同教授

 この間
平成11年 4月〜 NTTコミュニケーション科学基礎研究所リサーチプロフェッサ併任

3. 研究分野
心理物理学分野、視覚科学分野、認知神経科学分野、認知発生学分野

4. 学会活動等
学会などにおける活動
 学会シンポジウム招待講演(ECVP, '03, '04)、国際研究集会招待講演 (Attention & Performance, '94, '96, '04; 玉川大学COE, '04)など多数。
社会的活動
 科学技術館常設展示「FOREST探索、発見の森」(平成8年)科学/教育担当ディレクター、同「イリュージョンの部屋」ディレクター
 アーティストタナカノリユキとのコラボレーション「アート&サイエンス」(平成5年)、「ルネッサンスジェネレーション」(平成9年〜)
 Kansas Science City展示出品(平成12年)
 静岡市児童科学館「るくる」展示監修(平成16年〜)
 朝日新聞に「ヒト科学21」コラム連載中(平成15年〜)

5. 業績等
 運動方向と起源眼情報に基づく、新しいタイプの両眼立体視現象の発見 (Nature, '88)
 両眼立体視による知覚的な面形成において、ベイズモデルの証拠となる新しい現象の発見 (Science, '92)
 脳磁気刺激(TMS)を用いて人工盲点の形成に成功、また充填/補完メカニズムの証拠を発見 (Nature Neuroscience, '99)
 運動視におけるフラッシュラグ効果を、色、明るさ、配列など他の属性に一般化することに成功 (Nature Neuroscience, '00)
 聴覚が視覚の内容を規定する、まったく新しいタイプの「多重フラッシュ」錯視現象を発見 (Nature, '00)
 中枢過程に起源のある残像現象を初めて発見 (Science, '01)
 自覚的な選好判断に先立つ「視線のカスケード」現象を発見し、視線の操作による選好の操作にも成功 (Nature Neuroscience, '03)
 色と運動の結合について、知識や注意にもかかわらず生じる安定的な「誤結合」を初めて発見 (Nature, '04)
 視覚と聴覚の間の知覚的同時性が、順応の効果で変化することを残効によって初めて証明 (Nature Neuroscience, '04)

受賞等
平成 3年 日本認知科学会「パターン認識と知覚モデル」研究分科会発表賞(「視知覚系におけるモジュールとレベルについて」)
平成12年 サントリー学芸賞(「<意識>とは何だろうか-脳の来歴、知覚の錯誤」(講談社新書)を中心とする著作活動により)
平成15年 日本神経科学会時実利彦記念賞(「輪郭や面にかかわる新しい知覚現象の発見とその基盤の解明」の業績により)

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This page updated on September 30, 2004

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