科学技術振興機構報 第109号
平成16年9月7日
東京都千代田区四番町5−3
独立行政法人科学技術振興機構
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URL http://www.jst.go.jp

半導体を用いた量子もつれ光子の発生に成功

−半導体を用いた量子通信・量子計算デバイスへの道を拓く−

 独立行政法人科学技術振興機構(JST;理事長 沖村憲樹)、東北大学および大阪大学の研究グループは、量子通信・量子計算デバイスへの利用が期待される光子(光の粒子)対を、半導体を用いて発生させることに世界で初めて成功した。
 電子や光の量子力学的性質を利用して現在の情報通信技術の限界を突破する「量子情報通信技術」が近年注目されている。その基本となる技術が、1対の電子や光子などの粒子が互いに影響を及ぼしあう「量子もつれ」と呼ばれる状態の発生・制御技術である。様々な粒子のうち、特に光子は「量子もつれ」により情報を授受する媒体として、最も有望視されている。
 量子もつれ状態にある光子のペアでは、片方の光子の偏光の傾き(光の波としての振動面の向き)の測定結果から他方の光子の偏光の傾きを瞬時に知ることができ、このような性質を用いて遠く離れた空間での量子的情報の伝達が可能となる。そのため、量子もつれ発生とその制御は量子情報通信で必須となる最も重要な技術である。また、量子もつれ光子を発生・制御する技術の実現にあたっては、膨大なデバイス化の技術蓄積を活用できるため、半導体を用いる方法が熱望されている。
 本研究では塩化第一銅という半導体単結晶にレーザー光を照射し、これによって放出された2個の光子が偏光に関する「量子もつれ」をもつことを実証した。これは、半導体を用いて量子もつれ光子を発生した世界初の成功例であり、量子通信・量子計算デバイスへの道を拓く画期的な成果である。
 この成果は、JSTの戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究の「大野半導体スピントロニクスプロジェクト」(研究統括: 大野英男 東北大学電気通信研究所教授)の支援を受けて、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究の研究テーマ「光電場のナノ空間構造による新機能デバイスの創製」(研究代表者: 石原一 大阪大学大学院基礎工学研究科助教授)の一環として、東北大学電気通信研究所 枝松圭一教授の研究グループによって得られたもので、英国科学雑誌「ネイチャー」9月9日号に掲載される。
<背 景>
 近年、現在の情報通信技術の限界を、電子や光の量子的性質を巧みに利用して突破する「量子情報通信技術」が注目されている。その基本となる技術が、「量子もつれ」(注1)の発生と制御技術である。中でも、光の量子である「光子」(注2)は、量子の情報をやりとりするための媒体として最も有望視されており、光子における量子もつれの発生と制御技術の確立は将来の量子情報通信技術の実用化のために不可欠である。従来、量子もつれをもつ光子の発生は,高出力レーザーと非線形光学材料を組み合わせた比較的大規模な装置で実現されていたが、半導体を用いて量子もつれ光子を発生・制御することが可能になれば、これまでに蓄積された膨大な半導体技術をいかして、電流(電子)を用いて量子もつれ光子を発生・制御する技術の開発へもつながり、その実現が期待されている。また、3光子以上の多光子間における量子もつれを実現するためには、初めに短波長の量子もつれ光子の対が必要となるが,従来の方法では短波長の量子もつれ光子を生成することは原理的に困難であり、短波長の量子もつれ光子の発生技術も熱望されている。

<研究成果の内容>
 図1に示すように、本研究では半導体に特定の波長をもつレーザー光を照射し、2光子吸収(注3)によって励起子分子(励起子;注4励起子分子;注5)を生成した。そして、励起子分子が再び光となって消滅する際に放出される2個の光子が偏光(光の波としての振動面の向き)に関する量子もつれをもつことを確認した。具体的には,図2に示すように,塩化第一銅(CuCl)の単結晶に波長約390nmのパルスレーザー光を照射することで励起子分子を生成し、その励起子分子が消滅する際に励起光に近い波長と方向をもって同時に放出される2個の光子間の偏光相関を観測した。理論的には、励起子分子の角運動量(スピン)の状態を反映して、放出される2光子の一方が垂直方向に偏光していれば他方も垂直偏光、一方が水平方向に偏光していれば他方も水平偏光となり、それらのうちのどちらの状態になるかは同じ確率で起きるという、偏光に関する量子もつれが存在することが期待される。
 実験では、このように発生した2個の光子を、偏光子、分光器および光電子増倍管からなる2組の検出装置で検出し、それらの間の時間相関と偏光相関を測定した。その結果、図3に示すように,偏光の向きが共に垂直あるいは共に水平のときのみ、同時に光子を検出する計数が大きく増大することを確認した。さらに、±45度方向の直線偏光や右回りおよび左回り円偏光をも含めたさまざまな偏光の組み合わせで同様の測定を行い、量子トモグラフィ(注6)と呼ばれる手法で光子間の偏光の量子もつれを定量的に評価した結果、その量子もつれの忠実度(注7)として83%という高い値を得た。古典的には量子もつれの忠実度は50%を超えることはないので、この結果は本研究で発生した光子対が古典限界を超えた高い量子もつれを有することを示している。半導体を用いて量子もつれ光子を発生することに成功したのは本研究が世界で初めてとなる成果である。
 従来、半導体を用いた量子もつれ光子の発生に関してはいくつかの研究例があるが、いずれも失敗に終わっていた。本研究では励起子分子の2光子共鳴励起という新たな手法とそれに適した物質の選択によって、世界初の成果を可能にした。また、本研究で用いた方法によると、半導体を励起するために用いたレーザー光とほぼ同じ波長をもつ量子もつれ光子を発生することが可能である。従来技術では、量子もつれ光子の波長は励起レーザーのほぼ2倍とならざるを得ず、短波長の量子もつれ光子の発生は原理的に困難であった。本研究は、その困難を打破し、世界初となる紫外領域(波長約390nm)での量子もつれ光子の発生に成功した点でも注目される。その背景は多くのもつれあい光子の作成が可能になることやそれらの光子の実効的な波長(ドブロイ波長という)が半分(この場合195nm)になり光による量子リソグラフィー(微細加工)が実現することが期待されるからである。さらに、量子もつれ光子の発生効率が従来技術に比べ非常に高いことも特筆すべき点である。

<今後の展開>
 本研究では半導体のバルク結晶を用い、光励起によって量子もつれ光子対を発生させた。そのため、一つの励起パルスに含まれる量子もつれ光子対の数は確率的に分布しており、同時に2組以上の光子対を発生する場合も存在する。量子情報通信技術への応用に際しては、同時に2組以上の光子対が存在すると不都合が生じる場合もある。今後は、光子対を発生する半導体物質をナノメートルサイズの領域に限定した「量子ドット」と呼ばれる構造を利用することにより、2組以上の光子対が同時に発生しない「単一量子もつれ光子対」の発生を目指す。また、本研究で得た紫外領域の量子もつれ光子対を利用して、3光子や4光子間の量子もつれの生成も実現可能であると思われる。さらに、発光ダイオードや半導体レーザーのように、半導体に電流を流すことによって直接量子もつれ光子を発生させる技術の開発も期待される。このように,膨大な半導体分野の技術蓄積を生かすことで、本研究は半導体を用いた量子もつれ光子の発生・制御技術の今後の飛躍的展開につながる重要な標石となるものである。
 本研究はJSTの戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究の「大野半導体スピントロニクスプロジェクト」(研究統括: 大野英男 東北大学電気通信研究所教授)の支援を受けて、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究の研究テーマ「光電場のナノ空間構造による新機能デバイスの創製」(研究代表者: 石原一 大阪大学大学院基礎工学研究科助教授)の一環として行われた。

論文名
 「Generation of ultraviolet entangled photons in a semiconductor」(半導体による紫外域量子もつれ光子の発生)
Keiichi Edamatsu, Goro Oohata, Ryosuke Shimizu and Tadashi Itoh
Nature (2004年9月9日号)
doi :10.1038/nature02838

 この研究テーマが含まれる戦略的創造研究推進事業の研究領域、研究期間は以下の通りである。
チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域:「新しい物理現象や動作原理に基づくナノデバイス・システムの創製」
(研究総括:梶村 皓二((財)機械振興協会 副会長・技術研究所 所長)
研究期間:平成14年度〜平成19年度

<用語説明>
図1:励起子分子共鳴を用いた量子もつれ光子発生の原理図
図2:半導体(CuCl)を用いた量子もつれ光子発生実験の概念図
図3:発生した光子対の偏光相関の測定例。

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<本件問い合わせ先>
枝松 圭一(えだまつ けいいち)
東北大学 電気通信研究所 教授
TEL:022-217-5070  FAX:022-217-5071

甲田 彰(こうだ あきら)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703
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