筑波大学,日本医療研究開発機構(AMED),科学技術振興機構(JST)

令和元年10月26日

筑波大学
日本医療研究開発機構(AMED)
科学技術振興機構(JST)

気道上皮組織でインフルエンザウイルスを感知する病原体センサーのたんぱく質を発見

ポイント

筑波大学 医学医療系 川口 敦史 准教授、Sangjoon Lee 研究員、永田 恭介 学長らの研究グループは、同 医学医療系 野口 雅之 教授、独国フライブルグ大学 Peter Staeheli 教授、Martin Schwemmle 教授らの各研究グループと共同で、気道上皮組織に特異的な炎症応答を制御するウイルス感染のセンサー分子として、MxAたんぱく質注1)を同定しました。

気道上皮組織は、体内と体外を隔てる物理的なバリアとして機能するだけでなく、ウイルス感染を最初に感知して、生体防御応答を誘導する役割を担っています。しかし、気道上皮組織でウイルス感染を認識する分子メカニズムはこれまで明らかにされていませんでした。今回、本研究グループは、気道上皮細胞へのインフルエンザウイルス感染に特異的なセンサー分子の探索を進め、MxAがウイルスたんぱく質を認識して、炎症性サイトカイン(IL-1β)注2)の産生を制御し、感染早期での生体防御応答を引き起こすことを明らかにしました。ヒトへ感染する能力を持った新型インフルエンザウイルスは、MxAに対する耐性変異注3)を獲得しており、新型インフルエンザウイルスの出現メカニズムを解明する上でも重要な成果です。

本研究の成果は、2019年10月25日付(現地時間)「Science Immunology」で公開される予定です。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED) 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP18fk0108076)、科学技術振興機構(JST) ERATO野村集団性微生物制御プロジェクト(JPMJER1502)、科学研究費補助金 基盤研究B(No.16H05192、19H03475)の支援によって実施されました。

<研究の背景>

インフルエンザウイルスは、まず気道上皮細胞に感染します。それに対し、気道上皮細胞は物理的なバリアとして機能するだけでなく、炎症性サイトカインの産生によってマクロファージや好中球を遊走させ、感染体を取り込んで分解(貪食)することで、感染早期での生体防御応答(炎症応答)を引き起こします(図1)。インフルエンザウイルス感染に応答する炎症性サイトカインとして、IL-1βが重要であり、その産生にはインフラマソーム複合体注4)の活性化が必須です。これまでに、免疫細胞ではインフラマソーム複合体の活性化に関与する病原体センサー分子が複数同定されていますが、これらは気道上皮細胞ではいずれも発現しておらず、気道上皮細胞における病原体センサーは明らかにされていませんでした。

<研究内容と成果>

本研究では、shRNAライブラリーを用いたRNA干渉法注5)により、遺伝子をノックダウンしたヒト由来の気道上皮細胞株を作製しました。インフルエンザウイルス感染に対する炎症応答を指標にして、インフラマソーム複合体の活性化に関与する遺伝子を探索することにより、MxAを同定しました。MxAはウイルスたんぱく質であるヌクレオプロテイン注6)を認識して、インフラマソーム複合体の形成を促進することが分かりました。

一般的に用いられる実験用マウスでは、Mx遺伝子はエキソン(遺伝子の塩基配列のうち、たんぱく質合成の情報を持つ部分)の欠失により発現していません。そのため、Mx遺伝子を導入したトランスジェニックマウス(Mxマウス)を用いて、インフルエンザウイルスの感染に対する応答を解析したところ、通常マウスと比べて、Mxマウスでは感染早期で炎症応答が誘導されることが明らかになりました。また、通常マウスでは致死となるウイルス量を感染させてもMxマウスは生存できること、および、その感染抵抗性にはインフラマソーム複合体の活性中心であるCasp1が必要であることが明らかになりました(図2)。従って、MxAはインフラマソーム複合体を活性化することでウイルス感染を抑制すると考えられます。さらに、1918年に流行したスペイン風邪や2009年のインフルエンザpdm H1N1ウイルスなど、ヒトに感染するインフルエンザウイルスのヌクレオプロテインは、MxAに対する耐性変異を獲得しており、この変異によってMxAによる炎症応答から逃れ、ヒトへの感染能を獲得していることも示唆されました。

<今後の展開>

MxAは、インフルエンザウイルス以外の病原体にもセンサーとして機能することが明らかになっています。今後の研究により、MxAがさまざまな病原体を認識できるメカニズムが明らかになっていくと期待されます。また、インフルエンザウイルス感染では、炎症応答が過剰に誘導されることで気管支炎や肺炎、および発熱といった全身性の症状につながります。連鎖的な炎症応答のトリガーとなる、気道上皮細胞での炎症応答のメカニズムを理解することは、ウイルス感染による病態発現のメカニズムを解明する上でも重要な成果であり、さらなる発展が期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注1)MxAたんぱく質
インターフェロン誘導性のダイナミン様GTPaseたんぱく質。インフルエンザウイルスに対する感染抵抗性に関与する遺伝子として1980年代に同定されていたが、詳細な分子メカニズムは不明であった。
注2)炎症性サイトカイン(IL-1β)
ウイルス感染した細胞などから細胞外に分泌され、免疫細胞を活性化して炎症症状を引き起こすたんぱく質。IL-1βは炎症性サイトカインの1つであり、炎症応答のシグナルカスケードの最上流に位置する。細胞外に分泌されない前駆体として発現し、インフラマソーム複合体によって活性化されることで細胞外に分泌される。
注3)耐性変異
ウイルスが生存するために、MxAから認識されにくいようにウイルス遺伝子に導入される変異。
注4)インフラマソーム複合体
免疫系たんぱく質の1つであるNLRP3に代表されるセンサー分子と、アダプター分子であるASCたんぱく質およびプロテアーゼであるCaspase-1の複合体。インフラマソーム複合体が形成されることで、Caspase-1が活性化され、IL-1β前駆体から成熟IL-1βが産生される。Caspase-1はIL-1βの成熟に必須な酵素。
注5)shRNAライブラリーを用いたRNA干渉法
Short hairpin RNA(shRNA)は、ヘアピン型の人工RNAであり、RNA干渉を誘導することで標的の遺伝子発現を抑制できる。shRNAライブラリーには、全ヒト遺伝子に対する各shRNAが含まれている。
注6)ヌクレオプロテイン
ウイルスゲノムに結合するウイルス由来のたんぱく質。

<論文タイトル>

“Influenza restriction factor MxA functions as inflammasome sensor in the respiratory epithelium”
(気道上皮組織においてMxAはインフラマソームセンサーとして機能する)
著者名:Sangjoon Lee*、石塚 あかり、野口 雅之、広浜 美香子、藤安 雄治、Philipp Petric、Martin Schwemmle、Peter Staeheli、永田 恭介、川口 敦史**(*筆頭著者、**責任著者)
DOI:10.1126/sciimmunol.aau4643

<お問い合わせ先>

(英文)“Influenza restriction factor MxA functions as inflammasome sensor in the respiratory epithelium”

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