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平成27年8月11日

科学技術振興機構(JST)
富山県立大学

一寸の虫にも有用な酵素
〜ヤスデから有用化合物を合成する高性能な酵素を発見〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、浅野酵素活性分子プロジェクトの浅野 泰久 研究総括(富山県立大学 教授)、モハンマド ダダシプール 研究員(現・九州大学)、石田 裕幸 グループリーダーらは、節足動物のヤンバルトサカヤスデ注1)に有用化合物の生産に利用される酵素「ヒドロキシニトリルリアーゼ(HNL)注2)」が存在することを明らかにしました。また、ヤスデ由来のHNLが、現在、産業的に利用されている植物由来のHNLよりも高い性能を持つことを実証しました。

HNLは、主に植物に存在することが知られており、医農薬品など有用な有機化合物の合成材料として使用されるシアノヒドリン化合物注3)の生産に利用されています。酵素の性能は、生産コストや生産物の品質に大きく影響することから、活性の強さや安定性の高さが重要であり、より高性能な酵素の開発が世界中で行われています。

研究グループは、産業用酵素の資源として研究されていなかった動物に着目し、HNLの産物である青酸ガスを放出することが知られるヤスデからHNLを見いだし、精製することに成功しました。ヤスデ由来のHNLについて調べたところ、これまで知られているHNLの中で最も高い活性を持つことが分かりました。さらに、従来のHNLの遺伝子とは全く異なる新しいアミノ酸配列注4)を持つことも明らかにしました。

ヤスデ由来HNLは、これまで注目されていなかった動物由来酵素の産業への利用の可能性を示す貴重な例になり、現在使用されている植物由来の酵素に代わって化学工業の現場で産業利用されることが期待されます。

本研究成果は、2015年8月10日の週(米国東部時間)に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「浅野酵素活性分子プロジェクト」
研究総括 浅野 泰久(富山県立大学 生物工学研究センター 教授)
研究期間 平成23年10月〜平成29年3月

上記研究課題では、微生物のみならず植物や動物などから高活性な酵素分子を探索し、新規の有用物質生産法や健康診断法などを創出することを目標としています。

<研究の背景と経緯>

酵素とは、生物が作るたんぱく質の一種で、物質を他の物質へ変換する化学反応を進行させる触媒活性があるものを指します。酵素を用いた反応は、一般に、金属を触媒として用いる反応に比べて有害物質の排出が少なく、温度やpHなども生体内のような穏やかな条件で行えます(図1)。このため、酵素利用は、環境にやさしい技術として化学工業の分野で実用化が進められており、安定で活性の高い酵素の開発が求められています。

近年、実用化されている酵素の多くは、大量の酵素を得ることができる細菌やカビから得られてきました。これら微生物にはない産業的に有用な酵素が、動物や植物には存在すると考えられます。しかし、研究材料の確保と実験が難しいため、基礎的な知見が少なく、伝統的に使用されてきたもの以外は、あまり利用されてきませんでした。近年、遺伝子工学注5)の進展により、植物の酵素遺伝子を大腸菌などの微生物に導入して、大量の酵素を得られるようになりました。すでに、いくつかの植物由来酵素が実用化されています。そのうちの1つがヒドロキシニトリルリアーゼ(HNL)で、医農薬品など有用な有機化合物の合成材料となるシアノヒドリン化合物の工業生産に用いられます。HNLは、シアノヒドリン化合物を分解して、猛毒の青酸とアルデヒド化合物注6)を生じる反応を触媒しますが、逆の反応であるシアノヒドリン化合物の合成も触媒することができます(図2)。

酵素の活性や安定性の高さは、工業生産コストや生産物の品質に影響することから、活性や安定性などの面で高性能なHNLの開発が世界中で行われてきました。しかし、動物、特に節足動物については、産業用酵素の探索対象としては、ほとんど研究されていませんでした。

<研究の内容>

研究グループは、未開拓の酵素遺伝子資源注7)が眠っているとして、節足動物であるヤスデに注目しました。ヤスデが外敵から身を守る際に青酸ガスを放出するので、HNLを持っていると考えたからです。

そこで、国内の一部地域で大量発生していた外来種「ヤンバルトサカヤスデ」を約30キログラム採取しました。すり潰したヤスデから抽出した液体の酵素活性を調べたところ、ヤスデ体内にHNLが存在することが明らかになりました。このヤスデ由来HNLを単一のたんぱく質になるまで精製し、酵素としての性質とアミノ酸配列を調べ、以下のような興味深い特徴も明らかにしました。

これらの特徴は、学術的に興味深いだけでなく、産業用酵素として高い価値を示すものです。

研究グループは、最終的に1キログラムから0.12ミリグラムの純粋なHNLを取り出すことに成功しました。試料であるヤスデを大量に確保し、時間と労力をかけてHNLを精製して、性質とアミノ酸配列を調べたことが、これまで知られていなかったアミノ酸配列を持つ新たなHNLの発見につながりました。

<今後の展開>

ヤスデ由来HNLは、産業用酵素として優れた性質を持つことから、実用化に向けた技術的課題を解決し、遺伝子組換え技術を用いて酵素を大量生産できるようになれば、既存の植物由来HNLに代わり、シアノヒドリン化合物の生産などに使用される可能性があります。

節足動物から高性能な酵素を発見したことは、未利用の動物を産業用酵素の遺伝子資源として研究するきっかけになると期待されます。

研究グループでは、酵素の探索対象を、未知の遺伝子が眠っている可能性が高い動物に拡大することにより、新たな有用酵素の開発を進めるとともに、酵素の立体構造や酵素の反応機構などの基礎的な知見も明らかにしていく予定です。

近年、生物学やバイオテクノロジーの研究では、ゲノム解析などの遺伝子データベースに依存したアプローチが多くあります。しかし、このアプローチでは過去の研究で明らかになった情報から酵素の機能を推定するため、新たな配列・機能を持つ酵素の発見には限界があります。今後、未知の有用酵素を見いだすためには、遺伝子データベースの限界を認識した上で、酵素の探索、精製や構造解析によるアプローチと遺伝子工学技術の組み合わせなどの手法が主流になると考えられます。

<参考図>

図1 酵素の産業利用

酵素は、生物が化学反応を行うために必要な触媒活性を持ったたんぱく質です。自然界に存在する酵素や遺伝子工学により改良した酵素には、高い触媒活性の他に穏やかな条件で反応が進む、金属などの化学反応に比べて有害物質の排出が少ない、といった優れた特徴があり、環境にやさしい物質生産方法として産業に利用できます。

図2 ヒドロキシニトリルリアーゼの反応

ヒドロキシニトリルリアーゼは、シアノヒドリン化合物を分解してアルデヒド化合物と青酸を作る酵素です。この酵素は、反応条件を変えることにより、アルデヒド化合物と青酸からシアノヒドリン化合物を作る逆反応も触媒できるため、さまざまな化合物の合成原料となるシアノヒドリン化合物の生産に利用されています。

図3 ヤスデ由来HNLの研究の流れ

冷凍保存したヤンバルトサカヤスデから作成した抽出液にHNL活性があることが分かりました。この抽出液から純粋なHNLを精製し、構造と性質を明らかにしたところ、実用化する上で高い性能を持つことが分かりました。

<用語解説>

注1) ヤンバルトサカヤスデ

図

ヤンバルトサカヤスデは、近年、台湾から渡ってきて急速に生息地を広げつつある外来種である。ヤスデはムカデと同じ節足動物の多足類であり、もっとも起源が古い陸生動物と考えられている。世界中に約12,000種がいるといわれている。外敵からの防御の際などに、悪臭を発する青酸ガスを放出する。枯れ葉などを分解する有益な面を持つが、大量発生地域では、夜間、道路や線路を埋め尽くすように移動し、潰れた際に出た体液が原因で車輪が滑り電車が止まることもある。
注2) ヒドロキシニトリルリアーゼ(HNL)
マンデロニトリルなどのシアノヒドリン化合物に作用し、アルデヒド化合物と青酸が生じる反応を触媒する酵素。青酸からシアノヒドリン化合物を合成する逆の反応も触媒することから、シアノヒドリン化合物の生産にも使用されている。これまでは、主に植物から見つかっている。
注3) シアノヒドリン化合物
1つの炭素にヒドロキシル基(−OH)とニトリル基(−CN)が結合した構造を持つ有機化合物の総称。ベンゼン環が結合した構造を持つマンデロニトリルなどが知られている。植物などが防御物質として青酸を放出するための貯蔵物質として存在する。多くの場合は、ヒドロキシル基に糖が結合した配糖体として存在する。産業的には医農薬品などさまざまな有用有機化合物の合成原料、合成中間体として用いられる。
注4) アミノ酸配列
酵素などのたんぱく質は、20種類のアミノ酸が糸状につながった基本構造を持っており、この糸が特定の形に折りたたまれることにより酵素活性などの機能を持つ。アミノ酸配列は、遺伝子(DNA)の配列として生物に記憶されており、一部のアミノ酸配列の情報をもとに遺伝子配列を調べることで、全体のアミノ酸配列を知ることができる。また、この遺伝子を改変することによりたんぱく質を改良することもできる。酵素のアミノ酸配列が新規ということは、酵素遺伝子も未知であり、構造や反応のメカニズム、遺伝学的起源なども未知ということになり、学術的に重要な意味を持つ。
注5) 遺伝子工学
遺伝子を人為的に操作する技術に関する学術領域で、たんぱく質をはじめとする有用物質や生物の育種に応用される。遺伝子の本体であるDNAを分離し、必要に応じて加工した上で、細胞や生物に再導入して、遺伝子を増殖させるなどの技術。
注6) アルデヒド化合物
酸素が2重結合している炭素(カルボニル炭素)に1つの水素が結合している構造を持つ有機化合物の総称。
注7) 遺伝子資源(遺伝資源)
生物の多様な遺伝子を資源として捉えた言葉。潜在的に人類にとって有用な遺伝情報。

<論文タイトル>

Discovery and molecular and biocatalytic properties of hydroxynitrile lyase from an invasive millipede, Chamberlinius hualienensis
(ヤンバルトサカヤスデ由来ヒドロキシニトリルリアーゼの発見と性質解明)
doi :10.1073/pnas.1508311112

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

浅野 泰久(アサノ ヤスヒサ)
浅野酵素活性分子プロジェクト 研究総括
富山県立大学 生物工学研究センター 教授
〒939-0398 富山県射水市黒河5180
Tel:0766-88-2280 Fax:0766-88-2422
E-mail:

<JST事業に関すること>

水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

富山県立大学 教務課情報研究係
〒939-0398 富山県射水市黒河5180
Tel:0766-56-7500(内線229) Fax:0766-56-6182
E-mail:

(英文)“Discovery and molecular and biocatalytic properties of hydroxynitrile lyase from an invasive millipede Chamberlinius hualienensis