JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成26年4月7日

科学技術振興機構(JST)

日本バイリーン株式会社

産業技術総合研究所

水中の放射性セシウムを素早くモニタリング

研究成果のポイント

JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、日本バイリーン株式会社の伊藤 康博 第二技術部長、産業技術総合研究所の保高 徹生 主任研究員、福島県農業総合センターらの開発チームは、効率的に水中の放射性セシウム注1)(以下、セシウム)を計測できるモニタリングシステムの開発に成功しました。

東京電力福島第一原子力発電所の事故で多くのセシウムが陸域に沈着し、その後徐々に河川などに流出していると考えられています。長期的な環境への影響や安全性を考える上で、環境水中のセシウム濃度を明らかにすることは重要です。しかし、福島県内の多くの河川では、セシウム濃度が「水1Lあたり1.0ベクレル未満」と低いため、直接測定をすると分析に長い時間がかかります。そのため、まず20〜100Lの水をろ過して水に溶けていないセシウムを測り、さらに水に溶けているセシウムについては水分を蒸発させて濃縮してから測るのが一般的です。しかし、この前処理法は6時間から1週間もの時間がかかり、多地点での継続的なモニタリングが進まない原因となっています。

開発チームは、不溶性セシウムと可溶性のセシウムをそれぞれ吸着できる2種類の不織布カートリッジを使ったモニタリングシステムをこれまでに開発してきました。今回、水中セシウムを吸着するプルシアンブルー注2)色素を改良し(鉄元素を亜鉛元素に置き換える)、それを付着させた不織布を用いて吸着効率をさらに高めることに成功しました。この亜鉛置換体プルシアンブルー注3)を使った不織布カートリッジ「Zn−C」を使用すれば、水20Lの前処理にかかる時間を、約6時間から約8分に大幅に短縮できます。この性能は広いpHの範囲(pH3〜10)で保たれることが分かりました。

セシウムを吸着させたZn−Cの放射能を測定すれば、大量の水の放射能濃度が短時間で容易に分かるため、多地点での継続的なモニタリングなど長期的な環境への影響評価に大きく貢献することが期待されます。Zn−Cは、2014年4月より日本バイリーン社によって試験販売され、福島県内でのセシウムの環境動態モニタリングに活用される予定です。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム 実用化タイプ
開発課題名 「水中の低濃度放射性セシウムのモニタリング技術の実用化開発」
チームリーダー 伊藤 康博(日本バイリーン(株)技術本部 第二技術部 部長)
開発期間 平成24年10月〜平成26年3月
担当開発総括 平井 昭司(東京都市大学 名誉教授)

JSTはこのプログラムの放射線計測領域で、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質の影響から復興と再生を遂げるため、行政ニーズ、被災地ニーズなどの高い高度な機器およびシステムの開発を行います。

<開発の背景と経緯>

東京電力福島第一原子力発電所事故から3年を経過した現在でも、山地や都市域に飛散した放射性セシウムは、雨や風の影響で徐々に渓流や河川へと流出していると考えられています。しかし、その実態は依然十分に把握されておらず、長期的なセシウムの動態評価や作物への影響評価の観点から、環境水中の濃度を継続的に測定することが求められています。水中のセシウムは、主に粒子状で水に溶けていない「懸濁態」と水に溶けている「溶存態注4)」として存在していますが、それぞれの環境中での挙動は大きく異なります。そのため、セシウムの環境動態を解明するには、懸濁態と溶存態のセシウム濃度をそれぞれ別々に明らかにすることが重要です。

環境省、文部科学省や産総研による河川水の調査結果によると、現在、福島県内の多くの河川におけるセシウム濃度は、「水1Lあたり1.0ベクレル未満」、その中でも水に溶けているセシウム(以下、溶存態セシウム)は「水1Lあたり0.1ベクレル未満」です。この濃度レベルでは、前処理を行わなければ正確な放射能濃度の測定ができません。さらに存在形態別に測定するためには、あらかじめ水中の懸濁物質注5)(SS)を分離して懸濁態セシウムを計測し、その後溶存態セシウムを濃縮して計測する必要があります。例えば、従来法の1つである濃縮乾固法では、20〜100Lの水を実験室に運び、6時間〜約1週間をかけて水分を蒸発させて濃縮する、という工程が必要でした。

本開発チームは、2012年10月より水中のセシウムの迅速モニタリング装置の開発を進めてきました。2013年2月には、溶存態セシウムを効率よく吸着するプルシアンブルーのナノ粒子を担持した不織布カートリッジを開発し、2013年7月には、懸濁態に含まれるセシウムを吸着するための不織布カートリッジと、2種類のカートリッジを連結したモニタリングシステムを開発しました(図1図2)。このカートリッジおよびモニタリングシステムにより、従来のろ過・濃縮時間に比べて格段に早い「40分程度での濃縮」が可能となりました。しかし、試料水のpHが6−8の範囲を超えた場合や、水中の安定セシウム量が多い場合には吸着率が低下するという技術的な課題があり、それらの解決とさらなる濃縮時間の短縮を目指していました。

<開発の内容>

今回、日本バイリーン株式会社 伊藤 康博 第二技術部長、今藤 好彦 第二技術部課長、産業技術総合研究所 地圏資源環境研究部門の保高 徹生 主任研究員、辻 英樹 産総研特別研究員、ナノシステム研究部門の川本 徹 研究グループ長、橋 顕 研究員、福島県農業総合センターの矢吹 隆夫 花き科長、鈴木 安和 主任研究員らの開発チームは、効率的に水中のセシウムを計測できるプルシアンブルー色素の鉄元素を亜鉛元素に置き換えた亜鉛置換体プルシアンブルーを用いたカートリッジ「Zn−C」を新たに開発しました。Zn−Cに水を通すことで、溶存態セシウムは不織布内の亜鉛置換体プルシアンブルーに捉えられ、カートリッジ内に蓄積されます。亜鉛置換体プルシアンブルーは、内部に保持するカリウムと交換する形で溶存態セシウムを取り込むと考えられています(図3図4)。

開発したZn−Cは水20Lを毎分0.5Lの速さで処理した場合には99.5%以上、毎分2.5Lの場合でも約96%の溶存態セシウムを吸着することができました。従来のPB−C(0.5L/minで95%、2.5L/minで75〜90%)と比較しても、高い吸着率を示しました(図5)。さらに、PB−CではpH6−8の範囲を超えたときに吸着率が低下しましたが、今回のZn−Cは、pH3−10の範囲でpH6−8の場合とほぼ変わらない吸着率となりました(図6)。

さらにZn−Cは、流す水の量を100Lに増やした場合でも、環境水中の安定セシウムの影響によって吸着率は大きくは低下せず、90%以上の吸着率を保つことができました。さらに、「Zn−C」を所定の容器に入れ、直接、ゲルマニウム半導体検出器でセシウム濃度を測定し、補正係数を乗じることでセシウム濃度の分析が可能となります。

吸着率が上昇したことによって、水20L中の低濃度セシウムの分離・濃縮を8分程度で行うことが可能となり、従来の技術と比較して濃縮時間を圧倒的に短縮することが可能となりました。従来法の1つである濃縮乾固法と比較して所要時間が45〜1,000分の1まで、PB−Cを用いた方法と比較しても5分の1まで短縮されました。このことにより、福島県内の環境水のモニタリングを、今までより高い頻度・多くの地点で行うことが可能となります。

さらに、従来のPB−Cは全シアン注6)遊離シアン注7)ではありません)が少量溶出するため、通水後2.5L程度までは回収して処理することが必要でした。しかし、Zn−Cは0.1L通水後には環境基準を超過する全シアンが検出されますが、0.4L通水後では全シアンが検出されませんでした。この改良により、通過水の回収量を低減でき、環境安全性の点からも改良されたことが分かりました。

今回開発したZn−Cおよびシステムでは、試料の移送量が数百グラムで分析可能となり、試料の前処理時間は10分の1以下となり、さらに広いpH範囲において高い回収率を確保できていることから、福島県内の環境水のモニタリングを従来より高い頻度で、また、多くの地点で実施することが可能となります。

<参考図>

図1

図1 左 モニタリングシステム

右下:懸濁態放射性セシウムを回収するSSカートリッジ(SS−C)
右上:溶存態放射性セシウムを回収するZnカートリッジ(Zn−C)

図2

図2

左:2011年11月に開発したプルシアンブルー担持不織布を内蔵したカートリッジ
右:今回開発した亜鉛置換体プルシアンブルー担持不織布を内蔵したカートリッジ

図3

図3

上:プルシアンブルー(PB−C)のセシウムの取り込み構造の概念図
下:亜鉛置換体プルシアンブルー(Zn−C)のセシウムの取り込み構造の概念図

プルシアンブルーと亜鉛置換体ブルーはそれぞれ構造内の空孔にセシウムイオンを取り込みます。特に亜鉛置換体プルシアンブルーは、空孔内にもともと存在するカリウムイオンとセシウムイオンを交換することで取り込みます。

図4

図4 モニタリングカートリッジの溶存態放射性セシウムの回収のイメージ

図5

図5 溶存態放射性セシウムの回収率

左:低流量時の溶存態放射性セシウムの回収率
右:高流量時の溶存態放射性セシウムの回収率

図6

図6 放射性セシウム回収率のpH依存性 (流量2.5L/min、処理水量20L)

PB−Cは、酸性および塩基性条件で回収率が低下したが、Zn−Cはほとんど変化せず、Zn−Cは、pH3・pH10においても94.8%以上の高い回収率を確保。

<用語解説>

注1) 放射性セシウム
核分裂を起こし、放射線を発するセシウム原子の総称。東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質漏洩事故による半減期の長いセシウム134(半減期約2年間)とセシウム137(半減期約30年間)が、特に長期間にわたり放射線を発している。
注2) プルシアンブルー
1704年に初めて人工的に合成された青色顔料。紺青とも呼ばれる。一般的な組成式はAFe[Fe(CN)・zH0(Aはセシウムイオンなどの陽イオン)である。金属錯体や配位高分子と呼ばれる物質群の一種で、ジャングルジムのような構造で内部に空隙を持ち、その空隙にセシウムを取り込むと考えられている。海水のようにナトリウムイオンやカリウムイオンなど、類似のイオンが存在している環境でも、セシウムイオンを選択的に吸着する。プルシアンブルーをナノ粒子にすることにより大幅に吸着性能が向上する。
注3) 亜鉛置換体プルシアンブルー
プルシアンブルー錯体内の遷移金属サイトにある鉄を亜鉛に置換した化合物。一般的な組成式はAZn[Fe(CN)]x・zH0(Aはセシウムイオンなどの陽イオン)で表される。フェロシアン化亜鉛とも呼ばれる。
注4) 溶存態
水に溶けてイオンとなっている状態のこと。溶存態のセシウムは主に1価の陽イオンで存在する。粘土鉱物や砂、有機物などの懸濁物質に付着した放射性セシウム(懸濁物質付着態)と比較して、植物に吸収されやすく、水中での移動性が高いという特徴がある。
注5) 懸濁物質
浮遊物質、SS(Suspended Solid)とも呼ばれ、水の濁りの原因となる物質。一般には孔径1µmのフィルターを通過しない物質。
注6) 全シアン
シアノ基(CN)を含む化合物全体を指し、シアン化合物、金属シアノ錯体(プルシアンブルーなど)、有機シアン化合物などがこれに該当する。
注7) 遊離シアン
金属などと結合せず、イオンとして水に溶解している状態のシアン(CN)を指す。

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

保高 徹生(ヤスタカ テツオ)
産業技術総合研究所 地圏資源環境研究部門 地圏環境リスク研究グループ
〒305-8567 茨城県つくば市東1−1−1
Tel:029-849-1545 Fax:029-861-8795
E-mail:

日本バイリーン株式会社 第二技術部
Tel:0280-92-7562

<JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムに関すること>

山下 篤也(ヤマシタ アツヤ)、菅原 理絵(スガワラ マサエ)
科学技術振興機構 産学連携展開部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3529
E-mail:
ホームページURL:http://www.jst.go.jp/sentan/

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

産業技術総合研究所 広報部
Tel:029-862-6216