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平成25年10月2日

科学技術振興機構(JST)
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新潟大学
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糖尿病の発症に関わる新たな分子を発見
—脂肪の老化と炎症を結ぶ鍵分子の同定—

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、新潟大学の南野 徹 教授らは、糖尿病の発症に関わる新たな分子を同定し、その鍵分子機能の阻害が新たな糖尿病の治療標的となることを明らかにしました。

日本人の糖尿病の大部分を占める2型糖尿病注1)の発症は、内臓脂肪の蓄積とそれに伴う炎症が重要であることがわかっていますが、その仕組みについては不明な点が残されています。これまで研究者らは、過食・肥満に伴って内臓脂肪の老化が進み、炎症を引き起こすことで2型糖尿病の発症につながることを明らかにしていました。しかし、老化が進むことにより、どうして炎症が起こるかはわかっていませんでした。

今回南野教授らは、過食・肥満に伴い、マウスの内臓脂肪においてセマフォリン3E注2)というたんぱく質が多量に分泌され、炎症を引き起こしていることを発見しました。セマフォリン3Eの産生は、脂肪細胞の老化を促進すると増加し、逆に抑制すると減少しました。肥満や脂肪細胞の老化による糖代謝の異常注3)は、セマフォリン3Eを阻害することによって改善しました。さらに、2型糖尿病患者の血中セマフォリン3Eが増加していたことから、ヒトの糖尿病においてもセマフォリン3Eによる脂肪組織の炎症がその病態に関与している可能性があります。

本研究成果は、セマフォリン阻害という2型糖尿病に対する新たな治療戦略の開発につながるばかりでなく、加齢に伴う疾患の発症機構を知る上で重要な知見となりうるものと考えられます。

本研究成果は、2013年10月1日(米国東部時間)発行の米国科学誌「Cell Metabolism」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「炎症の慢性化機構の解明と制御」
(研究総括:高津 聖志 富山県薬事研究所 所長)
研究課題名 長寿・老化モデルマウスを用いた慢性炎症機構の解明
研究者 南野 徹(新潟大学 医学部循環器内科学分野 教授)
研究期間 平成23年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、炎症の慢性化機構という現象の実体解明に向けた研究を行い、それに基づき、がん・動脈硬化性疾患・アレルギー・自己免疫疾患などの炎症の慢性化が関与するさまざまな疾患の予防や治療、創薬につながる新たな医療基盤の創出を目指しています。上記研究課題では、生活習慣病などの原因となる加齢に伴う臓器の慢性炎症に関し、長寿および老化促進マウスを用いて加齢に伴う慢性炎症の機序の解明を行うことにより、生活習慣病などの新しい治療法の開発を目指します。

<研究の背景と経緯>

動物個体と同様に、一つ一つの細胞にも寿命があり、過剰な細胞分裂や酸化ストレスなどによる染色体の傷害によって細胞が老化してゆき、分裂が止まって寿命を迎えることが知られています(図1)。細胞の老化の過程には、染色体傷害によって引き起こされるp53依存性のシグナル注4)が重要であることがわかっています。

細胞の老化と個体の老化との関連は不明な点がありますが、これまでに、その関連を示唆する研究結果がいくつか報告されています。例えば、高齢者や早老症候群の患者から得られた細胞の寿命は短いこと、加齢に伴って老化細胞が蓄積することなどが知られています。研究者らは以前より、細胞の老化が血管の老化・動脈硬化に関与することや、p53依存性のシグナルが心不全を促進することを報告してきました。

近年、これらの循環器疾患の発症基盤として、糖尿病やメタボリック症候群といった代謝性疾患が重要視されています。これらの疾患では、肥満に伴う内臓脂肪の蓄積と炎症、それによって引き起こされるインスリン抵抗性注3)がその病態の基盤にあると考えられています。さらに研究者らは、肥満に伴う内臓脂肪の老化、すなわち、p53依存性のシグナルの活性化が、脂肪組織の炎症とそれに伴うインスリン抵抗性を引き起こす重要なメカニズムであることを報告しています(図2)。しかし、内臓脂肪におけるp53依存性のシグナルの活性化が、どのようにして脂肪組織の炎症を引き起こすのかについては明らかとなっていません。そこで、本研究では、脂肪細胞の老化と脂肪組織の炎症との関係の解明に取り組みました。

<研究の内容>

今回南野教授らは、セマフォリン3Eというたんぱく質が脂肪細胞の老化と脂肪組織の炎症を結ぶ鍵分子として働くことを明らかにしました。セマフォリン3Eの受容体としてプレキシンD1が同定されています。これまでの報告から、p53依存性のシグナルによって産生量の調整を受ける可能性のあることが示唆されています。

まず、内臓脂肪におけるセマフォリン3Eの産生量について調べてみると、高カロリー食を与えて2型糖尿病を起こさせたマウスの脂肪細胞で、セマフォリン3Eの遺伝子発現量が増加していることがわかりました(図3)。この2型糖尿病マウスに、セマフォリン阻害薬を投与したり、あるいはセマフォリン3E遺伝子の欠損マウスに高カロリー食を与えたとき、脂肪組織の炎症は抑制され、インスリン抵抗性は改善しました。逆に、セマフォリン3Eを脂肪組織で過剰に産生させたマウスモデルでは、脂肪組織の炎症が起こり、糖代謝異常が認められました(図4)。

一方、脂肪組織におけるプレキシンD1の存在場所を調べると、さまざまな組織で炎症反応を引き起こすマクロファージという細胞の表面に多く存在することが明らかになりました。2型糖尿病マウスの脂肪細胞から産生されるセマフォリン3Eが、このマクロファージのプレキシンD1に作用して、脂肪組織へマクロファージを遊走させる(引き寄せる)因子として働くことが明らかとなりました(図5)。セマフォリン3Eにより、脂肪組織内へ遊走してきたマクロファージが脂肪組織の炎症を引き起こす可能性が示唆されました。

次に、セマフォリンと脂肪細胞の老化の関係を調べるために、2型糖尿病マウスモデルの内臓脂肪におけるp53依存性シグナルの活性化をp53の遺伝子欠損によって抑制すると、セマフォリン3Eの産生が減少し、脂肪組織の炎症が改善することがわかりました(図6)。逆に、脂肪細胞の老化を促進すると、セマフォリン3Eの産生が増加し、脂肪組織の炎症やインスリン抵抗性を引き起こしました。これらの変化は、セマフォリン3Eの阻害によって改善したことから、セマフォリン3Eは、脂肪細胞の老化と炎症を仲介している重要な分子であることが明らかとなりました(図7)。

さらに、2型糖尿病患者の血中セマフォリン3Eが増加していたことから、ヒトの糖尿病においてもセマフォリン3Eによって誘導される脂肪組織の炎症がその病態に関与していることが考えられます(図8)。

<今後の展開>

本研究により、糖尿病の発症に重要な脂肪細胞の老化と炎症を結ぶ鍵分子として、セマフォリン3Eが同定され、その阻害が2型糖尿病の新たな治療標的となりうることが示されました(図9)。

p53はがん抑制遺伝子として有名で、発現量の低下や機能の喪失によってがんの発症を促進する可能性があります。一方、p53シグナルが過剰になると細胞は老化し、加齢に伴うさまざまな疾患への関与が予想されます。セマフォリン3Eは、p53シグナルの活性に直接影響を与えないため、その阻害は、がん化の危険性の少ない「加齢に伴うさまざまな疾患治療」につながる可能性があります。

<参考図>

図1

図1 細胞老化のメカニズム

酸化ストレスや過剰な細胞分裂によるDNAダメージがp53依存性シグナルを活性化して細胞老化を誘導することがわかっている。

図2

図2 脂肪の老化と炎症

肥満に伴う内臓脂肪の老化、すなわち、p53依存性のシグナルの活性化が、脂肪組織の炎症とそれに伴うインスリン抵抗性を引き起こす重要なメカニズムであり、循環器疾患の発症基盤となっている。

図3

図3 糖尿病の脂肪細胞はセマフォリン3E発現が上昇する

  • (左)2型糖尿病マウスモデルの脂肪細胞において、セマフォリン3Eの遺伝子発現が上昇していた。
  • (右)脂肪組織の脂肪細胞におけるセマフォリン3E産生の増加(右図矢印)が認められた。図中の緑は細胞膜、青は細胞核、黒い空洞は脂肪細胞が蓄える脂肪滴。
図4

図4 セマフォリン3Eの作用が脂肪組織の炎症とインスリンの作用に関与する

  • (上段)高カロリー食負荷による糖尿病マウスにおいてセマフォリン3Eを阻害すると、脂肪組織における炎症性サイトカイン(TNF−α,MCP−1)の遺伝子発現量が低下し(左)、インスリン抵抗性が改善した(右)。
  • (下段)一方、正常食にて飼育しているマウスの脂肪においてセマフォリン3Eを過剰産生させると、脂肪の炎症性サイトカインの遺伝子発現量の増加(左)と糖代謝異常(インスリン抵抗性)が認められた(右)。

インスリン負荷実験と糖負荷実験の説明:

(インスリン負荷実験)インスリンは、細胞に働きかけて血液中のブドウ糖(血糖)の取り込みを促進するホルモンで、インスリンを投与(負荷)すると、一時的に血糖値が低下する。血糖値の低下率が悪い場合、インスリン抵抗性の状態にあると考えられる。

(糖負荷実験)ブドウ糖を投与(負荷)すると血糖値が一時的に上昇するが、インスリンの働きにより元の値に戻る。血糖の値の上昇が大きく、また元の値に戻るのが遅い場合、インスリン分泌量が低いか、インスリン抵抗性の状態にあると考えられる。

図5

図5 マクロファージとプレキシンD1

  • (左)プレキシンD1は糖尿病マウスの脂肪組織において、マクロファージに存在していた。
  • (右)セマフォリン3Eはマクロファージを遊走させることが知られているMCP−1と同様にマクロファージを遊走させる活性を有していた。
図6

図6 脂肪の老化とセマフォリン3E

脂肪細胞特異的にp53遺伝子を欠失したマウスを、高カロリー食を食べさせて糖尿病にしたときの脂肪組織におけるセマフォリン3E、炎症性サイトカイン(TNF−α、MCP−1)の遺伝子発現量。セマフォリンの遺伝子発現の増加が抑制され、炎症性サイトカインの遺伝子発現も低下していた。

図7

図7 脂肪の老化に伴う糖代謝異常に対するセマフォリン阻害効果

普通食を与えたマウスに、マウスp53活性化薬(キナクリン)を用いて脂肪細胞の老化を促進すると、インスリン抵抗性と糖代謝異常が観察された。しかし、セマフォリン3Eの産生を阻害することで、それらは改善された。

図8

図8 糖尿病患者におけるセマフォリン3E

正常者(n=10)では検出限界以下であった血中セマフォリン3E濃度は、糖尿病患者(n=25)で高値を示した。

図9

図9 セマフォリン3Eと糖尿病

高カロリー食負荷に伴って脂肪におけるp53シグナルが活性化されると、セマフォリン3Eの産生が増加する。脂肪組織から産生されたセマフォリン3Eは、マクロファージ(MΦ)に存在するプレキシンD1に作用して、マクロファージの脂肪組織への遊走を促進することによって脂肪組織の炎症を誘導し、インスリン抵抗性を引き起こす。

<用語解説>

注1) 2型糖尿病
糖尿病にはいくつかのタイプ(型)がありますが、2型糖尿病は膵臓から分泌されるインスリンの量が不足したり、インスリンの効き方が弱いために、血糖値が高くなるのが特徴で、日本人の糖尿病の大部分を占めます。遺伝的な体質に加えて過食、運動不足、肥満などの生活習慣が原因で起こると考えられています。平成19年度の統計では、疑い例も入れると、約2,210万人に達しているという報告があります。
(厚生労働省「生活習慣病をしろう!」URL: http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/seikatu/
注2) セマフォリン3E
セマフォリンファミリーの1つのたんぱく質で、プレキシンがその受容体として働き、神経の伸長に関与することが示されています。セマフォリンファミリーのそのほかのメンバーは、免疫系など神経以外の組織でも重要な役割を果たしていることが報告されています。
注3) 糖代謝の異常、インスリン抵抗性
糖代謝の異常とは、基本的に細胞が糖を取り込めない状態。糖負荷試験にて高血糖を示します。
インスリン抵抗性とは、インスリン受容体のシグナル伝達が抑制されることによって、インスリンによる血糖降下作用が低下している状態のことを指します。その検査として、インスリンや糖を負荷(投与)した後、一定時間ごとに血糖値を測定し、適切に血糖値がコントロールできるか否かをみます。さまざまなインスリン抵抗性の原因が想定されていますが、悪玉アディポカイン(TNF−αなど)によりインスリン受容体結合分子のセリン残基がリン酸化してインスリンシグナルを負に制御することも関与していると考えられています。糖尿病やメタボリック症候群の基盤病態として重要であると考えられています。
注4) p53依存性のシグナル
p53は遺伝子の発現を調節する、転写因子の1つ。さまざまなストレスによる染色体の傷害によってp53依存性のシグナルは活性化され、細胞老化や細胞死の誘導に関与します。最も重要ながん抑制遺伝子として知られていて、p53を全身で欠損するマウスでは悪性腫瘍が多発することによって寿命が短縮します。その一方で、p53依存性シグナルを活性化させた(p53依存性シグナルを増加させた)マウスでは早老症の形質を示すことが報告されており、その活性化の度合いのバランスが個体生存に重要だと考えられています。

<論文タイトル>

“Semaphorin3E-induced inflammation contributes to insulin resistance in dietary obesity”
(セマフォリン3Eによって誘導される炎症は、肥満に伴うインスリン抵抗性に関与する)
doi: 10.1016/j.cmet.2013.09.001

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

南野 徹(ミナミノ トオル)
新潟大学 大学院医歯学総合研究科 循環器内科 教授
(兼・科学技術振興機構 さきがけ研究者)
〒951-8510 新潟県新潟市中央区旭町通一番町757番地
Tel:025-227-2182 Fax:025-227-0774
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

木村 文治(キムラ フミハル)、川口 貴史(カワグチ タカフミ)、眞後 俊幸(シンゴ トシユキ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
E-mail:

(英文)Identifying a key molecule for senescence-induced adipose tissue inflammation