JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成24年5月21日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

株式会社アドバンストアルゴリズムアンドシステムズ
Tel:03-3447-5501

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
Tel:022-217-6146

走査型プローブ顕微鏡像シミュレーションソフトの実用化に成功

ポイント

JST 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、株式会社アドバンストアルゴリズムアンドシステムズの柿沼 良輔 社長と東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の塚田 捷 特任教授らは、走査型プローブ顕微鏡(SPM) 注1)で得られる画像を理論的に計算できるソフトウェアの実用化に成功しました。

SPMは、試料の表面を探針で走査し、表面の形状や硬さ、また電荷や磁気の分布など、表面上のさまざまな物性を高い解像度で画像化する計測方法の総称です。この技術は、特に半導体やナノ材料の分野で多く利用されてきました。近年は新たな探針や装置の開発が進み、応用化学や生物学など、より広い分野への応用が拡大しつつあります。しかし、SPMで得られる観測データは複雑であり、従来法では解析が困難な場合もありました。例えば、SPM画像に影響を与えるミクロな物性を正確に評価することが重要な高分子材料の開発において、従来法では、高分子材料を観測したときに得られるSPM画像の濃淡が表面の凹凸を表すのか、柔らかさの分布を表すのかを区別できず、材料の本質へ迫ることができませんでした。

今回、SPMで観測される実験画像から、どのような相互作用が試料表面に働いているのかを理論的に計算できるソフトウェアを開発しました。具体的には、まず、試料表面と探針先端の構造をユーザー自身が予測、選択して計算を行い、画像を作成します。その後、得られた計算画像と実験画像を比較して画像がよりよく一致する計算条件から、両者の構造データや実験画像に隠された試料表面の物性を知ることができます。これらの物性を知ることは、ミクロやナノのレベルで精密に制御された材料の開発に不可欠であり、本成果が分子デバイスや新規触媒、燃料電池、先端医療などの研究・開発に役立つことが期待されます。

また本ソフトウェアは、市販のパソコン上で動作でき、各種SPM装置の出力画像に対応しているので、SPMの標準インターフェースとしても利用可能です。さらに、簡単な使いやすさから、ソフトウェア単独でも教育用コンテンツとして利用されることが期待されます。

本開発成果は、SPMシミュレーターとして2012年6月に株式会社アドバンストアルゴリズムアンドシステムズから発売します。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム/プロトタイプ実証・実用化タイプ
開発課題名 「走査型プローブ顕微鏡シミュレーターの開発」
チームリーダー 柿沼 良輔(株式会社アドバンストアルゴリズムアンドシステムズ 社長)
開発期間 平成21〜23年度
担当開発総括 尾形 仁士(三菱電機エンジニアリング株式会社 相談役)

JSTはこのプログラムのプロトタイプ実証・実用化タイプで、プロトタイプ機の性能の実証並びに高度化・最適化、あるいは汎用化するための応用開発を行い、実用化可能な段階まで仕上げることを目的としています。

<開発の背景と経緯>

走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、片側を固定した梁状の部品(カンチレバー注2))の先端に取り付けられた微小な針(探針、プローブ)で試料表面をなぞることで、試料表面の凹凸を高い解像度で観測する装置です。原理や構造が単純なため、食卓に載るほど小さなサイズの装置や、さまざまな拡張機能を搭載した装置もあります。また、試料を走査する探針の先端を工夫することで、トンネル電流注3)磁気相互作用注4)局所接触電位差注5)など、さまざまな物理量を直接観測することも可能となりました。代表的なSPMには、原子間力顕微鏡(AFM)注6)走査型トンネル顕微鏡(STM)注7)があり、新しいものにはケルビンプローブフォース顕微鏡(KPFM)注8)があります(図1)。その応用範囲は、半導体表面から活動中の生体分子まで多岐に渡っており、さらなる広がりを見せています。

このような中、従来のSPM解析ソフトウェアは、試料表面の傾斜補正などの簡単な解析にとどまっていました。しかし、SPMの探針先端と試料間のナノ領域注9)(ナノは10億分の1)では、探針先端の原子と試料表面の原子の間に力学的・電子的・化学的な相互作用が複雑に絡み合っているため、SPM画像を理論的に計算できるソフトウェアの支援がない現状では、観測結果を有効に利用することができませんでした。

今回、開発チームは、SPMの観測環境で探針と試料の間で起こる物理現象を理論定式化し、市販パソコン上での計算を可能とするアルゴリズムを構築しました。これを元に計算プログラムを作成し、一般のパソコンで動作する実験計算結果比較型のソフトウェアを開発しました。このソフトウェアは、非専門家でも効率よく使用できるようグラフィカルインターフェース(GUI)を実装しており、大学研究者、大学院の学生、装置メーカ、販売代理店に向けて2012年6月に発売する予定です。

<開発の内容>

SPM観測で問題とされるナノ領域では、原子レベルの力学的・電子的・化学的な相互作用が複雑に絡み合っています。この相互作用を調べるためには、理論的な計算結果と実験で観測した結果を比較する方法が有効であり、本ソフトウエアパッケージは、このような必要性に応えるために開発されました。従来の研究レベルのSPMシミュレーション技術に加えて、複数のシミュレーターを開発し、用途に応じた計算手法を選択できるようにしました(表1)。これらのシミュレーターは原則としてユーザーが探針形状と試料形状を入力すると、計算機中で実際に走査し測定量を計算し、画像を構築します(図2)。

表1:SPMシミュレーターに含まれる各種シミュレーター

名称 概要
高速相互予測AFMシミュレーター 「探針形状」、「試料形状」、「測定像」の中から2つを入力すると、残りの1つを予測するシミュレーター。各種相互作用を距離の関数として近似しているため、一般のPCでもオンタイムで計算結果を得ることができます。
連続弾性体AFMシミュレーター 探針や試料への力学的相互作用の影響を考慮したシミュレーター。タンパク質やゴムなど、巨大でかつ変形しやすい試料のシミュレーションに力を発揮します。
液中ソフトマテリアル注10)
AFMシミュレーター
液中におけるカンチレバーの変形や振動を予測します。この振動はカンチレバーを構成する材料やその形状に強く依存するため、カンチレバーの材料・形状設計を助けます。
原子分子ナノ材料
AFM像シミュレーター
原子模型を利用したAFM像シミュレーターで、個々の原子の間に働く力学的相互作用を計算した上で、AFM像を予測します(図3)。温度の効果を取り入れることもできます。
量子論的SPM像シミュレーター 原子模型を利用したSPM像シミュレーターで、個々の原子の間に働く力学的・電子的・化学的な相互作用を計算した上で、AFM・STM・KPFM像を予測します。
モデリング機能 本シミュレーターで使用する、さまざまな初期構造を作成することができます。
実験像・計算像比較検証機能 実験装置から取り込んだ実際の測定像を、本シミュレーターの計算像と比較します(図4)。

<今後の展開>>

今後SPM計測技術は、物理化学、生命科学、電子情報工学、材料科学などの先端的基礎研究分野のみならず、半導体デバイス、表面処理技術、高分子材料、バイオ科学、農学、先端医療、環境触媒、電池、洗剤・化粧品業界などの産業分野においても重要性を増していくものと期待されます。

例えば、SPMが非破壊で観測を行える利点を生かし、動作中の半導体デバイス完成品の電荷など各種物理量を直接検査したり、電解質中の電極と溶媒の境界面における化学物質濃度の時間変化の測定なども行えると期待されています。

本成果をSPMに搭載することで、従来のSPM関連ソフトウェアでは解析できないと考えられていた物理量や内部情報を、シミュレーションによって獲得可能とすることを目指します。また、本製品をSPM観測装置の標準的なインターフェースとして発展させ、さらにシミュレーター単独としても大学や高校における教育用コンテンツとして利用されることも目指しています。

<参考図>

図1

図1 AFM、STM、KPFMの仕組みと、観測する物理量の概念図

AFMでは、カンチレバーのたわみをレーザーの反射角度から測定し、探針と試料の間に働く力として測定します。STMやKPFMでは、探針試料間に生じる電流や電圧を検出器で測定します。

図2

図2 探針と試料および計算されたSPM像の概念図

探針は、計算機中で実際に走査され、その位置ごとに力学的相互作用・電子的相互作用・化学的相互作用を計算、SPM像として出力します。

図3

図3 動作中のSPMシミュレーター(例:原子分子ナノ材料AFM像シミュレーター)

(左画面)分子修飾探針注11)を模した一酸化炭素分子と、観測試料であるペンタセン分子模型を入力して計算すると、得られる計算画像をあたかも走査中のAFM画像のように出力(右画面)し、見ることができます。

図4

図4 計算画像と実験画像の比較機能

シリコン表面のAFM像に関する計算画像(左)と実験画像(右)です。計算画像を直接実験画像と比較することで、計算に必要な入力値を推定することができます。赤色の線はシリコン表面の同じ領域を表します。

(実験画像提供:東京大学 生産技術研究所 福谷研究室)

<用語説明>

注1) 走査型プローブ顕微鏡(SPM)
図1にあるように片方の末端を固定した梁状の構造物(カンチレバー注2))の先端に探針(またはプローブ)と呼ばれる微小な針を取り付け、これによってステージ上へ設置した試料を走査し、探針先端と試料表面との間に発生するさまざまな物理量を計測し画像化する方法の総称です。得られる画像は非常に高い解像度で、原子スケールの画像が得られることもあります。代表として、探針と試料の間に働く力を計測する原子間力顕微鏡(AFM)、探針試料間に生じる微弱な電流を測定する走査型トンネル顕微鏡(STM)があります。
注2) カンチレバー
カンチレバーとは、片方の末端を構造物に固定した梁状の物体をさす一般的な言葉です。走査型プローブ顕微鏡では、先端に探針が取り付けられており、これが試料表面と相互作用します。カンチレバーは、外部から電気信号を与えて強制的に振動させることが多いのですが、その振動特性は、カンチレバーの構成材料や形状に強く依存します。
注3) トンネル電流
2つの物体が互いに接近したとき、その間に生じる微弱な電流。古典電磁学では、真空に対して電子の感じるポテンシャル(位置エネルギー)が電子自身の持つ運動エネルギーよりも大きいと電子の移動(電流)は生じません。これをポテンシャルの壁と呼ぶことがあります。量子力学は、電子がこのポテンシャルの壁をある確率で透過すると説明しています。これがトンネル電流ですが、電子がトンネルを通ってポテンシャルの壁を通り抜けるという意味です。
注4) 磁気相互作用
磁石の間に働く引力の元となる相互作用。原子スケールでは、この磁気相互作用は主にスピンと名付けられた電子の持つ内部自由度に起因すると考えられています。隣り合う原子にある電子のスピンの成分が揃ったとき、強磁性になると言われています。
注5) 局所接触電位差
コンデンサーのような1組の平行平板を接近させると、外部から電位を印加せずともその間に電位を生じます。これを(局所的ではない)接触電位差と呼びます。局所接触電位差は、探針の位置に依存した接触電位差という意味で名付けられましたが、(局所的ではない)接触電位差は板の大きさに依存すべきでない量であるため、局所接触電位差の定義はこれまで曖昧でした。本開発では、シミュレーション方法の開発に先立ち、局所接触電位差の再定義から行いました。
注6) 原子間力顕微鏡(AFM)
探針先端部近傍の原子と、それらに接近した試料表面上の原子との間に発生する原子レベルの力を計測しながら、探針を走査させ2次元画像を得る観測方法。
注7) 走査型トンネル顕微鏡(STM)
トンネル電流と呼ばれる探針先端と試料表面との間に発生する微弱な電流を計測しながら、探針を走査させ2次元画像を得る観測方法。
注8) ケルビンプローブフォース顕微鏡(KPFM)
探針先端と試料表面との間に発生する局所接触電位差を計測しながら、探針を走査させ2次元画像を得る、新しいタイプのSPMです。この計測によって、試料表面上の電荷分布を知ることができるとされています。
注9) ナノ領域
空間であればナノメートル、探針に働く力であればナノニュートンなど、原子スケールの議論がなされるとき、多くの物理量がこのナノのスケールで語られます。そのためこのような領域をナノ領域と称することがあります。
注10) ソフトマテリアル
ここで言うソフトマテリアルは、たんぱく質やDNA、ゴムのような高分子から構成される物質です。このような物質は、液体としての性質である粘性と、固体としての性質である弾性の両方の性質を併せ持ち、この性質を粘弾性と呼びます。(SPMの原理と関連の深い)原子スケールにおける粘弾性の理論は知られておらず、ソフトマテリアル分野の研究対象です。
注11) 分子修飾探針
SPM画像は、探針の先端部が試料表面と相互作用するために、その形状や状態の影響を強く反映します。そこで、より相互作用の強いと考えられる分子を探針の先端へ吸着させることで、よりコントラストの大きいSPM画像を得ることができるかもしれません。このように、先端部に分子を吸着させた探針を分子修飾探針と呼びます。

<参考文献>

“Theoretical Simulation of Scanning Probe Microscopy”
(走査プローブ顕微鏡の理論シミュレーション)、Analytical Science, vol. 27 (2011) pp. 121-127

“Theoretical simulation of Kelvin probe force microscopy for Si surface by taking account of chemical forces”
(シリコン表面に対する原子間力を考慮したケルビンプローブフォース顕微鏡の理論的シミュレーション)、Journal of Physics: Condensed Matter, vol.24 (2011) pp.084002.

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

株式会社アドバンストアルゴリズムアンドシステムズ 開発部
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1−13−6 恵比寿ISビル7階
Tel:03-3447-5501 Fax:03-3447-4100
E-mail:
SPM情報
http://www.aas-ri.co.jp/spm/about_spm.html
SPM販売窓口・入手要領
http://www.aas-ri.co.jp/spm/about_spm_15.html

<JSTの事業に関すること>

久保 亮(クボ アキラ)、菅原 理絵(スガワラ マサエ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3529 Fax:03-5214-8496
E-mail:
ホームページ:http://www.jst.go.jp/sentan/

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

株式会社アドバンストアルゴリズムアンドシステムズ 開発部
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1−13−6 恵比寿ISビル7階
Tel:03-3447-5501 Fax:03-3447-4100
E-mail:

東北大学 AIMR アウトリーチオフィス
〒980-8577 仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-217-6146
E-mail: