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平成23年10月26日

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世界で初めて植物の気孔の数を増やす分子の構造を解明

−光合成に必要な二酸化炭素の取り込み能力向上が可能に−

JST 研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)の一環として、北陸先端科学技術大学院大学の大木 進野 教授と石川県立大学の森 正之 准教授らは、植物の気孔の数を増やす働きをするペプチドホルモン注1)「ストマジェン」の立体構造を解明しました。

植物は、太陽エネルギーを用いて大気中の二酸化炭素から炭水化物を合成(光合成)します。光合成に必要な二酸化炭素を取り込むため、植物の葉の表面には、気孔と呼ばれる「あな」があります。気孔の数が多いほど、必要な二酸化炭素を取り込めるため、光合成の効率向上が見込めます。しかし、気孔の数を調節する仕組みは、ほとんど解明されていませんでした。

2010年に発見されたストマジェンは、気孔の数を増やす生理活性物質として現在知られている唯一のものです。ストマジェンのアミノ酸配列は、すでに知られていた気孔の数を減らすペプチドに似ています。そこで、ストマジェンの立体構造を解き明かすことが、気孔の数を調整する仕組みを解明するための大きな手がかりとなります。

研究チームは今回、核磁気共鳴分光法(NMR)を用いて、ストマジェンの立体構造を解明しました。これは、世界で初めて植物のペプチドホルモンの立体構造を明らかにしたもので、ストマジェン分子中でホルモンの働きを持つ部位を特定できました。これは、ストマジェンとその変異体を本事業で開発した植物細胞とウイルスを用いる新技術で作製できたからです。現在開発中のこの方法を用いると、遺伝子組み換え大腸菌や酵母を利用した従来の技術では作製が難しかったたんぱく質やペプチドも、本来の立体構造を保ったままで作製することができます。

この成果により、分子レベルで植物の気孔の数を調節する物質の「形」を明らかにしました。今後、植物の気孔の数を制御する物質を設計することが可能になります。将来的には、大気のCO削減、食糧生産性の向上など、さまざまな応用展開が期待できます。

本成果は2011年10月25日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」で公表されます。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)要素技術タイプ
開発課題名 「難易度の高いタンパク質試料の調製と標識技術の開発」
チームリーダー 大木 進野(北陸先端科学技術大学院大学 教授)
開発期間 平成20〜23年度(予定)
担当開発総括 伏見 譲(埼玉大学 総合研究機構 特任教授)

JSTはこのプログラムの要素技術タイプで、計測分析機器の性能を飛躍的に向上させることが期待される新規性のある独創的な要素技術の開発を目指しています。

<開発の背景と経緯>

従来、分子生物学や生化学、構造生物学などの研究現場では、一般的に、遺伝子組み換え大腸菌や酵母などを利用して試料たんぱく質を調製します。しかし、この方法では調製が困難なたんぱく質が多く存在します。例えば、リン酸化や糖鎖付加などの翻訳後修飾が施されたたんぱく質や、ジスルフィド結合注2)を持つたんぱく質などです。一方、植物細胞を利用した方法では、大腸菌などの既存方法では調製できないたんぱく質を発現できる可能性が指摘されていました。しかし、たんぱく質の構造解析をNMR法で行うためには、さらに安定同位体注3)と呼ばれる特殊な原子で標識された試料を調製する必要がありますが、植物細胞を用いて安定同位体標識されたたんぱく質を調製したという報告はありませんでした。

本事業では、目的たんぱく質の遺伝子を持つウイルスベクター注4)を植物細胞に取り込ませる方法により、従来法では難しかったたんぱく質の安定同位体標識試料を作製しています。これまでに、安定同位体である13Cや15Nで均一に標識されたたんぱく質を調製する技術を確立しました。現在は、アミノ酸やある特定の部位を特異的に標識したり、水素を重水素で置き換えるなど、より高度な安定同位体標識技術の確立に取り組んでいます。

<分析方法>

本事業で確立した新しいたんぱく質調製法では、目的たんぱく質のもととなる遺伝子を持つウイルスベクターを植物細胞に取り込ませて、たんぱく質を発現させます。この方法で用いるのは、液体培地で大量に培養可能で光合成能力がないタバコBY−2細胞と呼ばれる日本発の植物細胞です。この方法では、従来法で発現させると生理活性を失ったり、そもそも発現させることができなかったたんぱく質を、生理活性を保ったまま大量に発現させることが可能です。また、たんぱく質に含まれる特定の原子を各種の安定同位体で標識することができます。

こうして調製されたたんぱく質についてNMRデータを測定し、その結果を解析することによって、たんぱく質が本来持っている構造の特徴や、標的となる分子と結合する際に生じる構造の変化やゆらぎなどを、原子レベルで知ることができます。

<今回の成果>

ストマジェンは45個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで(図1)、陸生植物の気孔の数を増やす作用を持ちます。ストマジェン分子内には3組のジスルフィド結合があることから、遺伝子組み換え大腸菌などの従来技術で調製することは困難です。

今回、本事業で確立したたんぱく質調製法を用いて安定同位体標識ストマジェンを作製し、溶液中の立体構造をNMRで解明することに成功しました。

初めに、植物の仕組みを調べるモデルとしてよく使われるシロイヌナズナのストマジェン遺伝子を、タバコBY−2細胞に導入しました。この細胞を培養し、安定同位体である13Cや15Nで均一に標識されたストマジェンを調製しました。これを試料としてNMR測定を行い、得られたデータを解析してストマジェンの立体構造を解明しました(図2)。本成果は、世界で初めて植物のペプチドホルモンの立体構造を明らかにしたものです。

ストマジェンは、βストランドと呼ばれる構造体が3組のジスルフィド結合で支えられてできている土台部分と、そこから伸びたループ部分からなる独特の3次元構造をしています。また、ストマジェンとその類縁たんぱく質が気孔の数を増減する作用は、それぞれのループ部分にあることも分かりました。実際の実験では、気孔の数を減らす働きをするストマジェン類縁ペプチドの土台部分に、ストマジェンのループ部分をつなぎ合わせると、気孔の数を増やす作用をしました(図3)。また、ストマジェンのループ部分をほかのペプチドのものに置き換えた変異体は、気孔の数を減らす働きをしました(図4)。

<今後の展開>

本成果は、植物の気孔の数を制御する物質の設計を可能とするものです。気孔の数が調節可能となれば、植物が光合成する際の効率を調節する可能性が開けます。将来的には、植物の成長速度を調節し、CO削減や食糧生産性向上などを目的とする、環境にやさしいペプチド農薬の開発が期待されます。

本成果を得るために用いた技術は、従来法では調製が難しかったたんぱく質を効率的に作製するものです。この日本発の技術によって、学術的に重要であるにもかかわらず、調製技術の限界が原因で研究が進んでいなかったたんぱく質の解析が可能となります。

また、本技術は大規模化が容易なため、ペプチド農薬の大量生産や新薬開発などの産業応用にも適用できます。

<参考図>

図1

図1 ストマジェンとその類縁ペプチドのアミノ酸配列

シロイヌナズナのゲノムデータベースから抽出されたストマジェン(Stomagen)とその類縁ペプチドのアミノ酸配列を相同性が分かるように並べた。赤字はよく保存されているCys(システイン)残基。2つのCys残基をつなぐ実線はジスルフィド結合を示す。EPF1とEPF2は以前から知られていた気孔の数を減らすペプチド。

ストマジェンは気孔の数を増やすペプチドとして、唯一知られているものである。

図2

図2 ストマジェンの立体構造

溶液NMRで決定したストマジェンの立体構造を模式図(リボンモデル)で表示した。3組のジスルフィド結合は黄色で、αへリックス部位は赤で、βストランド部位は水色で表示した。図中の数字はアミノ酸残基番号を示す。残基番号24から39のループ部分に、気孔の数を増やす働きがあることが分かった。

図3

図3 構造機能相関を明らかにした実験の模式図

  • (a)水色とオレンジ色はそれぞれストマジェンとEPF2の分子を示す。それぞれの分子は、土台とループからなる類似の立体構造を持つ。
  • (b)設計した変異体のアミノ酸配列。青字と赤字はそれぞれストマジェンとEPF2由来のアミノ酸残基を示す。N末端の2残基(GP)はタグ由来。図のようにペプチドのループ部分を交換して変異体を作製し、それらの活性を測定した。結果は図4の通り。
図4

図4 変異体ペプチドのアミノ酸配列とその活性

図3で示した変異体EPF2’−StとSt’−EPF2について、それぞれ濃度の違う溶液を調製して、植物の葉に振りかけた結果。 

  • (a、c)実際に観察された気孔の様子。コントロール(上)と各変異体を含む溶液を散布したもの(下)。白く示されたスケールバーの長さは50μm。(μmは百万分の1メートル)
  • (b、d)各変異体の活性。横軸は振りかけた変異体の濃度、縦軸は気孔の密度を示す。EPF2’−Stは気孔の数を増やしSt’−EPF2は気孔の数を減らすことが示された。

<用語説明>

注1) ペプチドホルモン
アミノ酸が連なった化合物。一般的に、たくさんのアミノ酸が連なっているものをたんぱく質、少数の場合はペプチドと呼ぶ。ペプチドホルモンは、ホルモン(生理活性物質)の働きをするペプチドのこと。
注2) ジスルフィド結合
2個のチオール基(−SH)がカップリングしてできる結合(−S−S−)。ペプチドやたんぱく質においては、2個のシステイン残基の−SH基がカップリングしてできる。
注3) 安定同位体
同じ原子番号を持つ元素の原子のうち原子核の中性子の数が異なり天然に安定な状態で存在するもの。例えば天然に存在する窒素のうちのほとんどは14Nだが、ごく微量の安定同位体として15Nが存在する。NMR法では炭素は13C、窒素は15Nが観測に利用されるので、これらの同位体で置換した試料が必要となる。
注4) ウイルスベクター
細胞に遺伝物質を注入するために用いられる運び屋DNAのうち、ウイルスを作り出す設計図に相当するもの。

<論文名>

“The NMR structure of stomagen reveals the basis of stomatal density regulation by plant peptide hormones”
(ストマジェンのNMR構造が植物ペプチドホルモンによる気孔密度を制御する基盤を明らかにする)
doi: 10.1038/ncomms1520

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

大木 進野(オオキ シンヤ)
北陸先端科学技術大学院大学 ナノマテリアルテクノロジーセンター 教授
〒923-1292 石川県能美市旭台1-1
Tel:0761-51-1461 Fax:0761-51-1455
E-mail:

森 正之(モリ マサシ)
石川県立大学 准教授
〒921-8836 石川県石川郡野々市町末松1−308
Tel:076-227-7527 Fax:076-227-7557
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

安藤 利夫(アンドウ トシオ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部(先端計測分析技術・機器開発担当)
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
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