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平成22年7月1日

科学技術振興機構(JST)
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日本電子株式会社
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東京農工大学
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20倍の高感度で測定できる固体NMR検出器の開発に成功

(1mg以下の固体試料から窒素原子を数分で測定)

JST 産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】の一環として、日本電子株式会社の樋岡 克哉 チームリーダーと東京農工大学 大学院工学研究院の朝倉 哲郎 教授らは、固体の微量試料に含まれる窒素原子の高分解能・高感度での測定を可能とする固体用の核磁気共鳴(NMR)注1)検出器の開発に成功しました。

NMRは一般的に、溶液の試料を用いた有機化合物などの構造解析などで広く利用されています。粉末や繊維などの固体試料では、液体よりも原子核間の相互作用が強く、その相互作用を消去するために試料を高速回転させて計測する方法が用いられています。測定スペクトルの分解能と感度の向上には、試料回転のさらなる高速化が求められていました。

今回、近年の流体力学の成果を反映し、外径1mmの試料管を持つ極小試料回転システムを開発することによって最大80kHz(従来は一般的に20〜30KHz)もの高速試料回転を実現しました。この結果、今まで困難だと考えられていた窒素原子N−14の測定を、従来比最大20倍の感度と2〜3倍の分解能で測定することができました。しかも、わずか1mg以下の微量試料にもかかわらず、数分という短時間で行いました。

この成果によって、有機物・無機物を問わず物性に重要な役割を示す窒素原子の構造情報が取得できるようになったことから、有機・無機材料や医薬品などのより広い分野で微量試料解析の利用が期待されます。今後、試料を検出器に導入する道具を開発するなど、より使いやすく改良することにより、平成23年度の製品化を目指します。

本開発成果は、2010年7月4日(現地時間)からイタリアのフィレンツェにて開催される世界最大規模の核磁気共鳴学会「Joint EUROMAR 2010 and 17th ISMAR Conference」で発表されます。なお本発表は、一般発表約300件の中から選ばれる口頭発表(36件)の1つに選ばれました。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】/プロトタイプ実証・実用化プログラム
担当開発総括 角山 浩三(JFEテクノリサーチ株式会社 顧問)
開発課題名 「極細試料管固体NMRプローブの製品化」
チームリーダー 樋岡 克哉(日本電子株式会社 NM事業ユニットNM技術グループ 第3チームリーダー)
開発期間 平成20〜22年度(予定)

JSTはこのプログラムで、プロトタイプ機の性能の実証ならびに高度化・最適化、あるいは汎用化するための応用開発を行い、実用化可能な段階まで仕上げることを目的としています。

<開発の背景と経緯>

NMR法は、原子レベルの分解能を持ち、かつ非破壊な唯一の分光法です。その特徴から、製薬や材料などのさまざまな研究分野で、分子の構造決定法として幅広く用いられています。しかし、NMRはその豊富な情報量や非破壊性と引き換えに、原理的に低感度という問題を抱えています。

約40年前、固体試料を磁場中の特定の角度(マジック角注2))で高速回転(MAS:Magic Angle Spinning)することにより、測定スペクトルの分解能と感度が飛躍的に向上することが発見されました。それ以降、固体試料のNMR測定に欠かすことのできない技術として、試料回転のさらなる高速化が進められてきました。

日本電子株式会社の樋岡チームリーダーと東京農工大学の朝倉教授らは今回、超高速MASシステムを開発し、固体NMRの大幅な感度向上をもたらすことに成功しました。この技術によって、固体試料の測定時間を大幅に短縮するとともに、必要な試料量の低減を実現しました。

<開発の内容>

本開発では、世界最小となる外径1.0mmの試料管を備え、実用化レベルでは、世界最高速となる80kHz(=4,800,000rpm)を可能とする試料回転システムを開発し、NMR検出器への組み込みに成功しました(図1)。本回転システムは、近年の流体力学の進歩に裏づけされた革新的気体タービン技術・気体軸受技術の結晶です。

本開発成果の最大の特徴は、マジック角に傾けた試料を80kHzもの高速で回転させる点にあります。固体試料中では分子が自由に運動できないことから、原子核同士が強く相互作用しています。そのため、固体試料中の原子核が持つ核スピン注3)の寿命が、溶液中に比べて短くなってしまいます。マジック角で固体試料を高速回転することによって原子核同士の相互作用を打ち消し、核スピンの寿命を長くすることが可能となります。図2は、必須アミノ酸の一種であるグリシン粉末をさまざまな速度で高速回転させた際の、水素核スピンの寿命の変化をグラフにしたものです。回転速度が上がるほど水素核スピンの寿命が長くなっています。

核スピンの寿命が長くなる分だけ各水素核スピンから発せられるNMR信号を長時間得ることができるので、さまざまな状態の水素核スピンを容易に区別することが可能となります。その結果として高分解能化・高感度化されたNMRスペクトルが得られることになります(図3)。試料の回転速度が速ければ速いほどその効果は大きく、今回開発された世界最高速の回転システムを利用することにより、これまで不可能であった固体試料でも高分解能NMR測定が可能となります。

また、高速回転によって水素核スピンの寿命が長くなるため他の核種注4)との相関状態の寿命も長くなることから、水素原子と結合した他の核種のNMR信号の感度・分解能向上にもつながります。その例として、本開発では窒素核スピンの測定に高速試料回転を適用しました。

窒素原子は、有機物・無機物を問わず物性に大きな影響を与える核として知られており、NMR測定においても重要な位置を占めてきました。窒素原子には自然界に99.63%存在するN−14と0.37%しか存在しないN−15同位体注5)があります。N−14は四極子相互作用注6)を持っているためNMR測定に必要な感度・分解能が低すぎることから、ほとんど観測できませんでした。そのため窒素原子の構造情報を固体NMRによって取得するには、試料をN−15同位体標識注5)することが必須でした。

今回開発した高速回転のもとでN−14測定を行うことによって、従来までの一般的な回転速度のものと比較して、最大20倍の感度向上と2〜3倍の分解能向上を実現することができました(図4)。そのため、窒素原子の構造情報を得るために高価なN−15同位体標識を行う必要がなくなりました。

また、N−14のスペクトル観測範囲は試料の回転速度に比例することから、高速な試料回転を用いることで観測可能範囲が広がりました。図5に示すスペクトルは、N−14の観測に最適な70kHzの試料回転によって、わずか1mgの微量試料を2分という短時間で測定したものです。従来の20KHzの試料回転を用いたN−14測定で同様のスペクトルを測定するためには、1mgの試料を用いた場合、14時間もの測定時間が必要でした。

<今後の展開>

今回、微量試料の高分解能・高感度の窒素NMR測定を短時間で行うことが可能になりました。この成果は、窒素を含む試料について、高価な同位体標識をすることなく、なおかつ従来の数十分の1の量で、より多くの試料を高速で測定することを可能にします。

この成果を用いたNMR検出器は平成23年度に日本電子株式会社から販売開始される予定で、現在まで困難であった微量の窒素含有物質の最先端研究・開発を飛躍的に発展させるカギとなる計測技術の向上をもたらします。特に、微量の医薬品・天然物の解析や、有機EL、リチウムイオン電池等へ応用される新材料開発などの分野で活用されることが期待されます。

<参考図>

図1

図1 超高速試料回転(MAS)システム

  • 左  : 開発したNMR検出器。上部に見える丸い窓の内部に回転システムがあります。
  • 右上: 回転システム概観。この回転システムに気体軸受が組み込まれ、内部で試料管が最大80kHzで高速回転します。
  • 右下: 試料管のタービン部分。この小さなタービンが風を受けることによって試料の高速回転を実現します。測定試料は白い部分の内部に封入されます。
図2

図2 必須アミノ酸の一種であるグリシンのHの核スピン寿命(横磁化緩和時間(T2)注7)

試料回転(横軸)に伴って核スピン寿命(縦軸)が長くなっています。

図3

図3 ヒスチジン塩酸塩(必須アミノ酸の一種)のH−NMRスペクトル

試料回転数の増加に伴い、各ピークの線幅が細くなることによって、それぞれの分解能と強度が増大しています。

図4

図4 20kHzの試料回転と70kHzの試料回転の比較

20kHz(下)と70kHz(上)の試料回転のもとで、それぞれ1mgのグリシン(必須アミノ酸の一種)粉末試料についてH−14N相関スペクトルの測定を行いました。この図では14Nの信号のみを抜き出して示しています。

従来法と比べて信号の強度がおおよそ20倍に増幅されていること、14Nの観測可能範囲が拡大していることも分かります。

図5

図5 グリシルアラニン(ペプチドの一種)のH−14N相関スペクトル

1mgのグリシルアラニンについて、70kHzの試料回転速度で測定しました(測定時間は2分)。

縦軸はN−14原子の化学シフト、横軸はN−14原子に結合した水素原子の化学シフトです。それぞれのピークが、1つの窒素原子とそこに結合した水素原子の対を表しています。

<用語解説>

注1) 核磁気共鳴(NMR)
物質を構成する元素は、原子核と電子からできています。磁場の中で原子核が電磁波と共鳴する現象を核磁気共鳴(NMR)と言います。この現象を利用した分析装置がNMR装置です。
注2) マジック角
NMR装置内部の磁場に対して54.7°となる角度のことです。固体NMR測定では、NMR信号を複雑にするさまざまな要素がありますが、それらが打消される特別な角度という意味で、マジック角と言います。
注3) 核スピン
原子核の状態の1つです。水素原子核の場合は、+1/2と−1/2の2種類、窒素14原子核の場合、+1、0、−1の3種類の状態があります。
注4) 核種
さまざまな種類の元素の原子核。水素の他にも、炭素や窒素をはじめ、ほとんどの元素がNMR測定の対象になります。
注5) 同位体、同位体標識
元素には、元素番号が同じで質量数の異なるものがあり、同位体と言います。そのうち、放射線を出さず、安全で安定な元素を安定同位体、物質の一部を安定同位体元素に置換することを安定同位体標識と言います。
注6) 四極子相互作用
窒素14核のように核スピンの状態が3つ以上ある原子核の場合は、原子核の場所での電場勾配とスピン状態が相互作用します。一般に四極子相互作用は非常に強く、NMRスペクトルの分解能と感度を大幅に低下させます。
注7) 横磁化緩和時間(T2)
核スピンの状態が保たれる時間です。横磁化緩和時間(T2)が長いほど核スピンの状態を精密に観測できるので、分解能の高いデータを高感度で得ることができます。

<論文名>

1H-14N 2D solid-state NMR under very fast MAS: A few minutes observation for a sample less than 1 mg”
(超高速回転MASを用いたH−14N2次元固体NMR:1mg以下の微量試料の高速測定)

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

西山 裕介(ニシヤマ ユウスケ)
日本電子株式会社 NM事業ユニット NMアプリケーショングループ 第1チーム 研究員
〒196-8558 東京都昭島市武蔵野3−1−2
Tel:042-542-2241 Fax:042-546-8068
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

安藤 利夫(アンドウ トシオ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部(先端計測分析技術・機器開発担当)
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3529 Fax:03-3222-2067
E-mail:
ホームページ:http://www.jst.go.jp/sentan/

<報道担当>

科学技術振興機構 広報ポータル部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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日本電子株式会社 経営戦略室 広報・IRグループ
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