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平成22年6月4日

科学技術振興機構(JST)
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高知大学
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世界初の画期的な手術ナビゲーションシステムの製品化に成功

―身体的・精神的に負担の少ない外科手術の実現へ―

JST(理事長 北澤 宏一)の産学連携事業の一環として、高知大学 医学部の佐藤 隆幸 教授らは、外科手術中にリアルタイムで切除すべき部分を可視化することができる近赤外蛍光カラーカメラシステムを開発し、共同研究企業の1つである瑞穂医科工業株式会社が「Hyper Eye Medical System」(図1)として製品化しました。

医療現場ではこれまで、術前の放射線画像法によって肉眼では見ることができないリンパ管(節)やリンパ流、血管・血流の可視化が行われてきましたが、特殊な環境で行うため術中に利用できない、患者の身体に負担をかけるため繰り返し利用できないなどの課題がありました。

佐藤教授らは今回、透過性があり人体に影響を及ぼさない近赤外光注1)に着目し、体表面から皮下のリンパ管(節)やリンパ流、軟部組織(筋肉や脂肪)内血管や血流あるいは血管内腔にインドシアニングリーン(ICG)を投与することにより発せられる近赤外蛍光像を捉え、その画像と同時にリンパ管などの周辺組織を可視光像として描出することができるカラー動画撮像装置と画像処理装置からなる術中ナビゲーションシステムを開発しました。

本システムでは、リアルタイムでスムーズなカラー動画観察ができるため、微細な組織構造を見分けることが必要となる微妙な外科手術において、周辺組織との位置関係など手術手技そのものの支援が可能になります。また、患者に対する身体的負担が少ないため、術中の繰り返し撮影も可能になります。このような画期的な術中ナビゲーションカラーイメージングシステムは、心臓外科や乳腺外科をはじめ、医療分野で広く活用されるものと期待されます。瑞穂医科工業株式会社では今後、主に外科手術を実施している医療施設などを対象に販売を計画しています。

なお本研究開発の成果は、2010年9月9日にJSTイノベーションサテライト高知が高知県高知市で主催する「研究成果報告会」で発表される予定です。

本研究開発成果は、以下の事業・研究課題によるものです。

地域イノベーション創出総合支援事業 重点地域研究開発推進プログラム「育成研究」

課題名 「近赤外蛍光を捕捉する術中ナビゲーションカラーイメージングシステムの開発」
研究期間 平成20年4月~平成22年3月
代表研究者 佐藤 隆幸(高知大学 医学部 教授)
中核研究機関 高知大学
共同研究企業 三洋半導体株式会社、瑞穂医科工業株式会社

「育成研究」は、地域の産学官共同研究により大学などの研究成果を企業化に向けて育成し、地域におけるイノベーションの創出を目指す制度です。研究開発の実施にあたっては、JSTのプラザ・サテライト(本研究開発課題についてはJSTイノベーションサテライト高知)が、総合調整役として企業化に向けたサポートを行います。本事業は、現在、「研究成果最適展開支援事業【A-STEP】」に発展的に再編しています。詳細情報:https://www.jst.go.jp/a-step/

<研究の背景と経緯>

医療の現場、特に外科手術においては、切除すべき部位の確実な把握のために効率的かつ効果的に患者の体内の様子を知ることが求められます。人の肉眼では人体の内部を見ることはできませんが、光の中の放射線やX線は人体の奥まで透過するため、CT検査などにより人体の深部の構造を映し出すことができます。そこで従来から、術前の放射線画像法により、リンパ管(節)・リンパ流、血管・血流の可視化が行われてきました。しかし、放射線を扱うには特殊な環境や専門知識が必要となります。手術室内での使用が限定されることや、繰り返し使用による患者の身体的負担も課題でした。

佐藤教授らは、目に見えない光の一種である近赤外光に着目し、数年前から近赤外光を映し出すための特殊なカメラの開発に着手してきました。近赤外光は、人が認識できる可視光よりやや波長が長い光の成分ですが、人体に全く悪影響を及ぼすことなく、人体の内部を知ることができます(表1)。

<研究の内容>

人体に投与可能な、肝臓や眼底などの検査試薬であるICGを人体に投与し、見たい目的の部位に760nmから780nmの近赤外線光を照射すると、血中やリンパなどに入ったインドシアニングリーンが励起され、それにより800nmから850nmの波長の近赤外域蛍光を放出します。ICG励起照射光やその近赤外蛍光は組織透過性が高いため、リンパ節や血管流を観察することが可能です。しかしこのICG蛍光は、人の眼には見えない波長域であり、微量なため、特殊な撮像装置がないと撮影できないという課題がありました。

そこで今回、体表面から皮下のリンパ管(節)やリンパ流、軟部組織(筋肉や脂肪)内血管や血流あるいは血管内腔にICGを投与することにより発せられる近赤外蛍光を捕捉し、その可視化像と周辺組織可視光像とを同時に描出できるカラー動画撮像装置と画像処理装置からなる“術中ナビゲーションシステム”を開発し、これまでにない画期的なナビゲーションシステムの製品化に成功しました。

製品化の成功にあたりコア技術となったのは、次の通りです。

  1. (1)可視光、励起光、近赤外蛍光の透過性を独立して制御した光学フィルター
  2. (2)可視光と近赤外光を同時撮影可能な固体撮像素子
  3. (3)撮像素子の各受光画素から読み出される信号を処理し、可視光像と近赤外光像とに基づく合成画像を表す画像信号を生成する信号処理回路

今回開発した製品は、本来は目に見えない近赤外蛍光を可視光と同時にカラー画像として描出し、リアルタイム動画として可視化するという、世界で初めての技術を用いた成果です。本研究開発の成果は、次のような点で、外科手術に対する患者の身体的・身体的負担を大幅に軽減することができます。

  1. (1)放射線画像法と異なり身体的負担が少ないため、繰り返し利用ができる。
  2. (2)手術室内への持ち込みが可能で、切除すべき箇所を術中に確認することができる。
  3. (3)近赤外光を描写するモニターでも微細な組織構造まで詳細に観察できる。
  4. (4)的確に最小限の切除部位が把握できる。

これにより、手術時間の短縮、術後の副作用の軽減、がん摘出手術での転移の不安解消が図られます。このような鮮明でスムーズな術中モニタリングは、可視光と近赤外光を同時に取得する固体撮像素子の採用により可能となりました(図2)。また、このシステムを用いると、通常の技量を持つ外科医が特別なトレーニングなく、比較的容易にリンパ節を見つけ出すことができます。高知大学ではすでに、100例を超える乳がん手術で、色素法注2)およびRI法注3)とともに試作段階におけるこのシステムを用いて、100%センチネルリンパ節注4)を見つけることができました。また、心臓血管バイパス術では、目視では確認ができなかった術後の血流不全を見いだすこともできました(図3)。多くの患者が正確な診断・治療を受けるために、このナビゲーションシステムは大変有用です。

【適用】

  1. (1)リンパ節の術中同定(センチネルリンパ節生検):乳がん・胃がん・大腸がん
    (リンパ節は がん転移の可能性が高いため、がん摘出手術の際には正確な位置の把握が求められる)
  2. (2)がんを栄養とする血管の術中同定:肝がん・腎がんにおける部分切除術
  3. (3)血行再建術における血管・血流診断:心臓バイパス術・大動脈瘤人工血管バイパス術
  4. (4)静脈疾患の術中診断:下肢血栓性静脈瘤
  5. (5)リンパ管の機能再建術におけるリンパ管の可視化

<今後の展開>

今回の開発成果をもとに、共同研究企業の1つである瑞穂医科工業株式会社(代表取締役社長 根本 喬、本社:東京都文京区、資本金9,800万円)は「Hyper Eye Medical System」として製品化しました。

本製品は心臓血管流や乳腺リンパ節の確認には非常に優位で心臓外科や乳腺外科などで有用性が期待されるとともに、広く医療分野で適用できることから、関連学会での展示やセミナーなどを積極的に実施する予定です。また本研究開発の成果については、2010年9月9日にJSTイノベーションサテライト高知が高知県高知市で主催する「研究成果報告会」にて、一般の方々にも分かりやすく紹介する予定です。

<参考図>

  従来法
(放射線画像法)
近赤外線のみの画像 新規考案法
(今回の研究成果)
放射線被曝の有無 あり
(放射線照射または放射線同位体の投与)
なし なし
使用施設制限の有無 あり
(放射線管理区域に限られるため通常の手術室では使用不可)
なし
(手術室で使用可)
なし
(手術室で使用可)
手術ナビゲーションへの適用 不可
患部の位置判断 困難
(造影剤・放射線同位元素の存在領域のみの描出であるため、画像から患部の位置を特定することは困難。モニター画像と肉眼との比較を余儀なくされ、特定に時間がかかる。)
困難
(近赤外蛍光部のみの描出であるため、画像から患部の位置を特定することは困難。モニター画像と肉眼との比較を余儀なくされ、特定に時間がかかる。)
容易
(近赤外蛍光部および可視光画像との同時合成描出であるため、画像から患部の位置を特定することが容易。特定に要する時間も短縮できる。)
色調 モノクロ モノクロ フルカラー
精細度 低い
(微細な組織構造を見分けることができない)
低い
(微細な組織構造を見分けることができない)
高い
(微細な組織構造を見分けることができる)

表1 従来法(放射線画像法)、近赤外線のみ、新規考案法(今回の研究成果)の比較

図1

図1 「Hyper Eye Medical System」の製品外観(左)、カメラユニット(右上)、コントロールユニット(右下)

図2

図2 可視光と近赤外の合成によるリアルタイムモニタリング画像の例1
(上:リンパ節切除中、下:リンパ節切除後)

肉眼で見た場合(可視光画像:左)と、今回製品化されたカメラで見た場合(近赤外蛍光+可視光画像:右)。

右の画像で鮮やかな光を放っている箇所がセンチネルリンパ節を示す。この光は近赤外蛍光によるものであり、人の目では見ることはできない(左の画像の通り、肉眼では何も光っていないように見える)。また従来の画像技術では、蛍光部が患者のどの部位に当たるのかを画像だけで判断することは極めて困難である(肉眼画像と近赤外画像を同時に描出していないため)。

図3

図3 可視光と近赤外の合成によるリアルタイムモニタリング画像の例2
(心臓バイパス手術時の血管・血流評価)

静脈内にICG を投与すると、1分以内にICG が心臓に帰還し、冠状動脈およびバイパス血管が描出される。本システムは、心臓バイパス手術時の血管・血流の評価に有用である(白色で示されているICG 蛍光は、肉眼では観察できない)。

※「Hyper Eye Medical System」で撮影した動画

<用語解説>

注1) 近赤外光
可視光線の赤色より波長が長く、電波より波長の短い光のことを赤外光という。赤外光は人の目では見ることができない。近赤外光は、赤外光のうち可視光(赤色)にほど近い光のことを指す(波長0.7~2.5μm)。近赤外光は可視光線に近い性質を持つため「目に見えないが可視光線に似た性質の光」とも表現される。
注2) 色素法
色素を乳房に注射し、センチネルリンパ節の場所を推定して小さな切開で見つけ出す方法。的確にリンパ節を見つけるためには専門医が一定のトレーニングを受ける必要がある。
注3) RI法
体外からガイガーカウンターのような機械でセンチネルリンパ節のある場所を検出する方法。放射性同位元素を扱うための特別な施設が必要となる。手術前日に注射する必要があり、手術室内ではカウンターの“音”を頼りに検出する。
注4) センチネルリンパ節
「見張りリンパ節」「前哨リンパ節」などとも呼ばれる。「がん細胞がリンパ流に乗って最初に到達するリンパ節」を指す。従来、乳がんの手術では、腋の下のリンパ節の広く切除する郭清(かくせい)が行われてきたが、術後に腕がむくむ、痛みが強い、腕が上げにくいなどの不快な症状があることが問題とされてきた。センチネルリンパ節生検を行うことによって、手術中にリンパ節転移の有無を正確に診断できるようになり、リンパ節転移がないと判断される患者のリンパ節郭清を省略することが可能になる。

<お問い合わせ先>

<研究開発に関すること>

佐藤 隆幸(サトウ タカユキ)
高知大学 医学部 教授
〒783-8505 高知県南国市岡豊町小蓮 高知大学 医学部 生理学講座
Tel:088-880-2311

<JSTの事業に関すること>

佐藤 暢(サトウ マサト)
JSTイノベーションサテライト高知 事務局長
〒782-8502 高知県香美市土佐山田町宮ノ口185 高知工科大学内 C305号室
Tel:0887-57-4800 Fax:0887-57-4801