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平成21年12月7日

東京大学分子細胞生物学研究所
Tel:03-5841-7803(事務部 総務チーム)

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)

小さなRNAがヒトで働くしくみを解明

siRNAやmiRNAなどの小さなRNA注1)は、タンパク質の設計図としては働きませんが、標的となる遺伝子の発現を調節することで、様々な生命現象を緻密に制御しています。小さなRNAが機能するためには、いくつかのタンパク質と複合体を形成することが必要です。東京大学分子細胞生物学研究所の泊 幸秀 准教授らは、これまでショウジョウバエをモデルとして、このような複合体が作られる複雑な過程を詳しく調べてきましたが、今回初めてヒト細胞を用いた解析を行いました。その結果、ヒトでもショウジョウバエと同様に、小さなRNAの特定領域に存在するミスマッチ注2)が重要な役割を果たしていること、そして複合体の中核を成す4種類のタンパク質の性質により複合体の形成過程が一部異なっていることを見いだしました。この発見は、ヒトにおいて有効に働く小さなRNAの新設計方法につながる成果だと期待されます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「RNAと生体機能」研究領域(研究総括:東京大学大学院医学系研究科 野本 明男 特任教授)における研究課題「RNAi複合体形成の生化学的解析」(研究代表者:泊 幸秀 准教授)の一環として行われました。

本研究成果は、2009年12月6日(英国時間)に「Nature Structural & Molecular Biology」のオンライン速報版で公開されます。

<研究の内容>

タンパク質の設計図としては働けないような小さなRNAが、ウィルスや植物、動物などに広く存在し、重要な役割を果たしていることが近年明らかとなってきました。よく知られている小さなRNAとしてsmall interfering RNA(siRNA)とmicro RNA(miRNA)があります。siRNAがウィルス感染など外から侵入してきた遺伝情報に対する防御応答として働くのに対し、miRNAはゲノムに組み込まれており、生物の発生注3)形態形成注4)、細胞増殖など様々な生物学的機能を緻密に制御しています。これらの小さなRNAは、単独で働くのではなく、いくつかのタンパク質と複合体を形成して、標的となる遺伝子の発現を調節します。この複合体の中核を成すのがArgonauteと呼ばれるタンパク質です。

これまで私たちは、Argonauteが2種類存在するショウジョウバエをモデルとして、この複合体形成過程についての詳細な解析を行ってきました(2009年8月17日プレス発表 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20090817/index.html)。一方、Argonauteが4種類存在するヒトでの解析はあまり進んでおらず、どのようなメカニズムで複合体が形成されるかは不明でした。

本研究ではヒト細胞の抽出液を用いて、ショウジョウバエでの実験をもとにアガロースネイティブゲル注5)と呼ばれる生化学的な手法によって、この複合体形成過程における2つの段階を直接検出することに初めて成功しました。その結果、miRNAが複合体を形成するためには、特定の領域にミスマッチが必要であることが分かりました。この性質はヒトの4種類すべてに共通のものであり、さらにショウジョウバエの2種類のArgonauteの片方(Argonaute1)と同じ性質でした。また、ミスマッチを持たないsiRNAの場合には、ヒトの4種類のArgonauteのうちRNAを切断する活性を持つもの(Argonaute2)のみでしか効率よく複合体が形成されないことが明らかになりました(図1参照)。

これらの知見によって、miRNA遺伝子が持つミスマッチが果たす役割が、ショウジョウバエからヒトまで広く保存されていることが明らかになったと同時に、ヒトにおいて有用に働く小さなRNAの新設計手法につながるものと期待されます。

近年、癌など様々な疾患とmiRNAとの関連性が強く指摘されており、またsiRNAをはじめとする小さなRNAを医薬として応用するための研究が世界中で進められています。今回、ヒトにおいて小さなRNAが働く仕組みの一端が明らかになり、小さなRNAの新設計手法につながる手がかりが得られたことにより、そのような医薬応用に向けた研究がさらに進展することが期待されます。

<参考図>

図1

図1 ヒトにおける小さなRNAの複合体形成

<用語解説>

注1) RNA
日本語ではリボ核酸。4種類の塩基からなり、特定の2種類ずつペアを組むことができる。通常はDNA(デオキシリボ核酸)が持つ遺伝情報のコピーとしてタンパク質の設計図に使われる。しかし、小さなRNAはタンパク質の設計図にはならない。
注2) ミスマッチ
塩基のペアが作られないこと。
注3) 発生
受精卵から成体ができる過程のこと。
注4) 形態形成
羽や手足、臓器などの器官が形作られること。
注5) アガロースネイティブゲル
寒天から作られる「アガロース」というゼリー状の物質を使ってタンパク質やRNAの複合体が壊れないように分離すること。

<論文名>

“ATP-dependent human RISC assembly pathways”
(ATP依存的なヒトRISC形成過程)
doi: 10.1038/nsmb.1733

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

泊 幸秀(トマリ ユキヒデ)
東京大学分子細胞生物学研究所 RNA機能研究分野 准教授
〒113-0032 東京都文京区弥生1-1-1
Tel:03-5841-7839 Fax:03-5841-8485
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:

<報道担当>

東京大学分子細胞生物学研究所 事務部 総務チーム
〒113-0032 東京都文京区弥生1-1-1
Tel:03-5841-7803 Fax:03-5841-8465
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科学技術振興機構 広報ポータル部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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