本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「RNAと生体機能」研究領域(研究総括:東京大学 大学院医学系研究科 野本 明男 教授)における研究課題「RNAi複合体形成の生化学的解析」(研究代表者:泊 幸秀)の一環として行われました。
<研究の内容>
小さなRNAに属するmicroRNA (miRNA)は、自分自身の塩基配列注3)と対合注4)できる標的部位を持つ様々な遺伝子の翻訳注5)を抑制する働きがあり、これによって、生物の発生注6)のタイミングや形態形成注7)、細胞増殖など、非常に重要な生物学的機能を緻密に制御しています。これまでに、動物、植物、ウィルス等において10,000個近くのmiRNAが報告されていますが、ヒトだけでも2,000個程度は存在し、遺伝子全体の1/3以上の働きを調節していると予測されています。
miRNAが働くためには、多くのタンパク質と複合体を作る必要があります。本研究では、ショウジョウバエをモデルとして、そのような複合体や前駆体をアガロースネイティブゲル注8)と呼ばれる生化学的手法によって、世界で初めて直接検出することに成功しました。そして、複合体が作られる多段階の複雑な過程を明らかにしました。その結果、複合体形成過程の各ステップにおいて、miRNA遺伝子が特定の領域に持つミスマッチが重要な役割を果たしていることを見いだしました。
この知見によって、なぜmiRNA遺伝子が進化の過程においてそれらの領域に多くのミスマッチを持ち続けているのかということが、生化学的に説明できるようになりました。同時に、これを応用することで人工的なmiRNAを設計することも可能になると考えられます。
近年、癌をはじめとする様々な疾患とmiRNAとの関連性が強く指摘されています。これまで疾患の原因の主役であると考えられてきたタンパク質ではなく、それらタンパク質の発現を緻密にコントロールするmiRNAこそが、疾患の「真の支配者」であるという新概念も生まれています。
今回の研究で、miRNAが働く仕組みの一端が明らかになり、また人工miRNAのデザインが可能になったことにより、miRNAが関与する疾患の機構解明やその治療に向けた研究がさらに進展することが期待されます。
本研究成果は、2009年8月16日(英国時間)に「Nature Structural & Molecular Biology」のオンライン速報版で公開されます。
※研究の詳細については、別紙を参照してください。
<用語解説>
注1)RNA
日本語ではリボ核酸。通常はDNA(デオキシリボ核酸)が持つ遺伝情報のコピーとしてタンパク質の設計図に使われる。しかし、小さなRNAはタンパク質の設計図にはならない。
注2)ミスマッチ
塩基のペアが作られないこと。
注3)塩基配列
遺伝情報の構成要素である塩基の並び方のこと。塩基は4種類存在し、2種類ずつペアを組む。
注4)対合
塩基がペアを組むこと。
注5)翻訳
遺伝情報を設計図としてタンパク質が作られること。
注6)発生
受精卵から成体ができる過程のこと。
注7)形態形成
羽や手足、臓器などの器官が形作られること。
注8)アガロースネイティブゲル
寒天から作られる「アガロース」というゼリー状の物質を使ってタンパク質やRNAの複合体が壊れないように分離すること。
<論文名>
“Structural determinants of miRNAs for RISC loading and slicer-independent unwinding”
(RISCへの積み込み及びスライサー活性非依存的な巻き戻しに必要なmiRNAの構造的特徴)
doi: 10.1038/nsmb.1630
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
泊 幸秀(トマリ ヒデユキ)
東京大学分子細胞生物学研究所 准教授
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