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平成18年12月18日

科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報室)

東京大学医科学研究所

赤痢菌感染における宿主への侵入のメカニズムを解明

(新たな抗菌薬やワクチンの開発に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)と東京大学医科学研究所は、赤痢菌が分泌するIpgB1タンパク質(注1)は、宿主細胞の細胞運動を司る低分子量Gタンパク質(注2)の一つであるRhoGタンパク質(注2)の機能を模倣することにより、腸管上皮細胞へ貪食(菌や物質を細胞内部に取り込むこと)を誘導して、効率よく細胞へ侵入する感染システムをもつことを発見しました。
 赤痢菌は発展途上国の乳幼児を中心に年間1億人が感染し、数十万人の命が失われています。さらに多剤耐性赤痢菌も出現し、いまだに有効なワクチンが開発されておらず、効果的な治療薬が望まれています。赤痢菌は大腸へ到達して腸管の粘膜を構成する上皮細胞へ侵入します。上皮細胞は異物や細菌を貪食する機能は通常ありませんが、赤痢菌は腸管の上皮細胞の貪食を誘導することにより、積極的に細胞へ侵入することが知られています。
 本研究チームはIpgB1タンパク質が菌の細胞侵入に中心的な役割を果たす病原因子であり、本タンパク質が宿主細胞のRhoGタンパク質に代って貪食を誘導することを発見しました。これは、病原細菌が感染において、貪食に必要な宿主細胞内のタンパク質の高次機能を模倣するという新規の概念を提示しています。本研究の成果は、赤痢菌の新たな抗菌薬の開発やワクチンの開発につながります。さらに、IpgB1に類似しているタンパク質はO-157やサルモネラなど幅広い病原細菌にも存在していることから、それらの病原細菌に対する治療薬の開発に重要な手掛かりを与えるものと考えられます。
 本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域(研究総括:山西弘一)の研究テーマ「病原細菌の粘膜感染と宿主免疫抑制機構の解明とその応用」の研究代表者・笹川千尋(東京大学医科学研究所 教授)と半田浩 (同 大学院生)らによって得られたもので、英国の科学雑誌「Nature Cell Biology」電子版に2006年12月17日(英国時間)に掲載されます。


<研究の背景>

 赤痢菌は依然として人類にとって深刻な病原性細菌です。発展途上国では乳幼児を中心に年間一億人が細菌性赤痢に感染し、死者は数十万人にのぼっています。この赤痢菌の感染過程を分子レベルで明らかにすることは、ワクチンを含めた細菌性赤痢の予防法および治療法を開発する上で非常に重要です。
 赤痢菌の感染は、菌が飲料水や食物により口から我々の体内に侵入することから始まります。菌が大腸に到達した後は、巧妙な感染機構により腸管の粘膜を構成する上皮細胞内に侵入し、さらには細胞内を無秩序に動き回り、隣接細胞に次々に移動していくことにより感染が成立することが知られています(図1)。その結果、激しい粘血性の下痢が起こります。
 通常、上皮細胞には異物や細菌を貪食する機能はありませんが、赤痢菌は、上皮細胞に突き刺したIII型分泌装置(注3)から様々なエフェクター(注4)を分泌し、上皮細胞が赤痢菌を貪食するよう誘導します。しかし、赤痢菌がどのようにして上皮細胞の貪食を引き起こし、細胞内に侵入して感染を成立させるのか、そのメカニズムは解明されていませんでした。

<研究成果の概要>

 本研究チームは、赤痢菌によって分泌されるエフェクターの1つであるIpgB1タンパク質が、上皮細胞の貪食を誘導する鍵を握っていることを発見しました。IpgB1タンパク質が宿主細胞内のELMOタンパク質(注5)と結合し、さらにDock180タンパク質(注6)を活性化することによって、最終的に貪食を誘導することを明らかにしました(図2)。
 通常の細胞内では、低分子量Gタンパク質の1つであるRhoGタンパク質は、細胞内のシグナル伝達物質として、アクチン(注7)細胞骨格系を再構成し、細胞の形態維持や運動を制御しています。活性化しているRhoGタンパク質は、ELMOタンパク質と結合し、ELMOタンパク質と複合体を形成するDock180タンパク質を活性化することが判明しています。
 しかし、赤痢菌からエフェクターとしてIpgB1タンパク質が分泌されると、RhoGタンパク質に代ってIpgB1タンパク質が宿主細胞内のELMOタンパク質と結合し、ELMOタンパク質とDock180タンパク質の複合体(ELMO/Dock180)を細胞内部の細胞質から細胞の外縁の細胞膜へと移行させます。これに従って、RhoGと同じ低分子量Gタンパク質のRac1(注2)を活性化させて、赤痢菌の周囲にアクチン骨格による波状の突起(ラッフル膜(注8))を形成し、宿主細胞が自ら赤痢菌に被さるように変化させて細胞内に侵入していることを突き止めました(図3図4)。すなわち、IpgB1タンパク質はRhoGタンパク質と同じ方法を用いて、上皮細胞への侵入に不可欠なラッフル膜を形成していると言えます。
 これは、赤痢菌が細胞内に侵入するために、宿主細胞の中にあるタンパク質の高次機能を模倣していることを示しています。

<今後の展開>

 本研究は、赤痢菌が細胞内侵入を行なうためにRhoGタンパク質の機能を模倣するという新たなメカニズムを解明しました。これは、病原細菌が感染を成立させるために、貪食されるのに必要な宿主細胞内のタンパク質の高次機能を模倣するという新規の概念を提示するものです。
 本成果は、赤痢菌のIpgB1タンパク質とELMOタンパク質の結合を対象とした阻害剤の開発のみならず、IpgB1に類似したタンパク質を持つO-157やサルモネラなど、非常に多くの病原性細菌に対しても有効な抗菌薬やワクチンの開発に役立つことが期待されます。

図1 赤痢菌の感染過程
図2 IpgB1タンパク質とELMOタンパク質との結合
図3 IpgB1タンパク質によるELMO/Dock180複合体の細胞内移行
図4 IpgB1タンパク質によるRhoGタンパク質の模倣
<用語解説>

<論文名>

"Shigella IpgB1 promotes bacterial entry through the ELMO-Dock180 machinery"
(赤痢菌のIpgB1タンパク質はELMO-Dock180を介して細胞内侵入を促進する)
doi: 10.1038/ncb1526

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

○戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域: 「免疫難病・感染症等の先進医療技術」
(研究総括:山西 弘一 独立行政法人医薬基盤研究所 理事長)
研究課題名: 「病原細菌の粘膜感染と宿主免疫抑制機構の解明とその応用」
研究代表者: 笹川 千尋 東京大学医科学研究所 教授
研究期間: 平成15年度〜平成20年度

<お問い合わせ先>

笹川 千尋 (ささかわ ちひろ)
東京大学医科学研究所 細菌感染分野
〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
TEL: 03-5449-5252
E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164
E-mail: