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平成18年10月3日

科学技術振興機構(JST)
URL http://www.jst.go.jp

国立大学法人筑波大学
URL http://www.tsukuba.ac.jp

ミトコンドリアゲノム変異が男性不妊の原因に

(男性不妊の効果的な治療法や新薬開発に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)と国立大学法人筑波大学(学長:岩崎洋一、以下「筑波大学」という)は、細胞内小器官の1種であるミトコンドリアゲノム変異が男性不妊の原因になることを明らかにしました。
 不妊症は健康な夫婦の15%に見られるきわめて身近な病気で、その半数は精子数の減少や運動能の低下が原因であると言われています(男性不妊症)。本研究では、1 男性不妊の症例において、運動能の低下した精子からミトコンドリアゲノム注1)の突然変異が検出されていること、2 ミトコンドリアは細胞の運動に必要なエネルギーの大部分を生産していること、に着目して、ミトコンドリアゲノムに突然変異を導入したマウスの男性機能を解析しました。その結果、突然変異が導入されたマウスでは、精子数の減少と精子運動能の低下が起り、重度の男性不妊に陥ってしまうことが分かりました。そして、ミトコンドリアゲノムの突然変異によるエネルギー欠乏が精細胞の減数分裂注2)の停止を誘発し、これが精子数の低下の原因となっていることを突き止めました。本研究は、ミトコンドリアからのエネルギー供給が精細胞の分化に必要不可欠で、その異常が男性不妊の直接的な原因になることを世界に先駆けて証明しました。 今後、このマウスを用いることで、ミトコンドリア異常に起因する男性不妊の詳細な発症メカニズムの解明はもとより、効果的な治療法の開発や低下した精子の運動能を改善するための新規薬剤の検索が可能になると期待されます。
 本研究の成果は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究「情報と細胞機能」研究領域(研究総括:関谷剛男)の研究テーマ「ミトコンドリア病の病態発現機構の解明と遺伝子治療法の探索」における、研究者:中田和人(筑波大学大学院 生命環境科学研究科 助教授)が、佐藤晃嗣(同上講師)、林純一(同上教授)、米川博通(東京都医学研究機構 副所長)、田中宏光(大阪大学 助手)、森田隆(大阪市立大学 教授)らのグループとの共同研究によって得たもので、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America」オンライン版に2006年10月2日(米国東部時間)に公開されます。

<研究の背景と経緯>

 これまで健康に生活してきた男女であっても、夫婦となった場合、その15%程度が不妊症で悩んでいると言われています。先進国が直面する少子高齢化社会からの脱却には、子どもを持った夫婦が安心して働けるための社会的政策はもちろんのことですが、不妊症の発症原因の究明や発症メカニズムの解明、さらにはその効果的な治療法の開発といった科学・医療政策も重要課題と言えます。
 不妊症のうち、男性側に問題がある男性不妊症の場合では、ホルモンの異常、過度のストレス、精子鞭毛運動の異常などが原因として挙げられています。一方で、幾つかの男性不妊の症例において運動能の低下した精子が確認され、その精子には突然変異を起こしたミトコンドリアゲノムが存在していることが報告されています。ミトコンドリアは細胞の運動に必要なエネルギーの大部分を供給しています。そのため、ミトコンドリアゲノムの突然変異により、エネルギー供給の低下が起り、精子運動能の低下、ひいては男性不妊を引き起こす可能性があるのです。
 このような可能性を検証するためには、ミトコンドリアゲノムに突然変異を導入したマウスを用いて、男性不妊が引き起こされるか否かを解析することが最も有効な科学的手法と言えます。しかし、ミトコンドリアゲノムは細胞あたり数百から数千コピーも存在し、しかも生体膜に閉ざされたミトコンドリア内に存在しています。そのため、ミトコンドリアゲノムに人為的な突然変異を導入することは、極めて困難だったのです。このような状況の中で、筑波大学林純一グループが電気融合法(図1)を駆使して、病原性の突然変異を有したミトコンドリアゲノムを導入したマウスの作製に世界に先駆けて成功しました。このようなマウスの登場によって、ミトコンドリアゲノム変異と男性不妊の因果関係、さらにはその発症機構の解析ができる環境がようやく整ったのです。

<研究の内容>

 本研究では、世界で唯一のミトコンドリアゲノム変異導入モデルマウス(ミトマウス)を材料として用いました(図1)。まず、マウスの培養細胞にごく微量、含まれていた欠失変異型ミトコンドリアゲノムを濃縮させます。次に、このような細胞を脱核し(遠心分離によって核を飛ばしてしまう)、細胞質体を得ます。このような細胞質体をマウス初期胚に入れ、その後、電気刺激を与えて細胞質体の細胞膜と初期胚の細胞膜を融合させると、欠失変異型ミトコンドリアゲノムを有したミトコンドリアがマウス初期胚に導入されます。
 この病原性の突然変異を有するミトコンドリアゲノムを導入したモデルマウスを駆使して、ミトコンドリアゲノム変異が男性不妊症の直接的な原因となることを世界に先駆けて証明しました。すなわち、欠失変異型ミトコンドリアゲノムの含有率をもとに、オスのミトマウスを3つのグループに分けて、それぞれメスマウスと交尾させ、産仔数を比較し、欠失変異型ミトコンドリアゲノムの蓄積が男性不妊症に関与していることを直接的に証明しました(図2)。このような男性不妊を「ミトコンドリア男性不妊(mitochondria-related male infertility)」と命名しました。そして、どのような原因で男性不妊症を発症するのかを調べ、ミトコンドリア男性不妊の主症状は精子数の減少と運動能の低下であることを明らかにしました(図3)。 また、ミトマウスの精子数や運動能の減少の原因を探るため、ミトマウスの精子分化過程を観察したところ、ミトコンドリアゲノム変異によるエネルギー不足が精子分化過程における減数分裂を停止させ、さらに、このような精細胞は細胞死によって排除されることを突き止めました(図4)。これらのことが精子数減少の原因となります。このように、ミトコンドリアゲノム変異によるエネルギー不足が、精子の形態異常や精子の運動能の低下も引き起こすことを証明しました。
 以上の結果は、ミトコンドリアのエネルギー産生機能が精細胞の減数分裂や分化に必要不可欠であることを直接的に示しています。酵母を用いた増殖(減数分裂)の研究においても同様の結果は得られていましたが、哺乳類を用いた本研究成果は世界初になります。さらに、これらの結果から、現状、原因不明の男性不妊の一部はミトコンドリアの機能低下である可能性を示唆することができました(図5)。

<今後の展開>

以上の事実を解明したことから、それらによる以下の展開が期待されます。

1 本研究で用いたモデルマウスを利用することで、ミトコンドリア異常に起因する男性不妊の詳細な発症機構が解明できます。
2 ミトコンドリア男性不妊の人工受精や核移植法を駆使した治療法の検討・開発が可能となります。
3 本マウスから採取した精子を用いて、低下した運動能を改善することのできる新規薬剤の検索が可能となります。
4 低下した精子運動能を改善できる薬剤はミトコンドリアの機能を増強する可能性があります。そのため、このような薬剤はミトコンドリアの機能低下に起因する多様な病気の治療に応用できる可能性があります。
5 男性不妊におけるミトコンドリア男性不妊の患者数を把握するための広範囲な疫学調査が必要になります。
6 男性不妊症以外にも、ミトコンドリアの機能低下に起因する病気は多数あります。ミトコンドリア病と総称される複合疾患(罹患率数万から数千万人に一人)、パーキンソン病、糖尿病がこのカテゴリーに入っています。本研究成果は、これらの病気の治療や薬剤開発に対しても何らかの知見を与えるものと期待されます。

<用語解説>
図1 変異型ミトコンドリアゲノムを含有するマウス(ミトマウス)の作製手順と導入されている欠失変異型ミトコンドリアゲノムの遺伝子地図
図2 欠失変異型ミトコンドリアゲノム導入マウスは男性不妊症であった
図3 欠失変異型ミトコンドリアゲノム導入マウスの精子の生物学的特性
図4 変異型ミトコンドリアゲノムの蓄積によるミトコンドリア呼吸機能異常が精子形成に及ぼす悪影響
図5 ミトコンドリア男性不妊症の発症メカニズム

<掲載論文名>

Mitochondria-related male infertility
(ミトコンドリア男性不妊症)
doi :10.1073/pnas.0604641103


<研究領域等>

この研究テーマを実施した研究領域、研究機関は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域「情報と細胞機能」(研究総括:関谷 剛男)
研究課題名ミトコンドリア病の病態発現機構の解明と遺伝子治療法の探索
研究者中田 和人(筑波大学 大学院生命環境科学研究科 助教授)
研究実施場所:筑波大学 大学院生命環境科学科
研究実施期間:平成13年12月〜平成17年3月

<お問い合わせ先>

中田 和人(ナカダ カズト)
 筑波大学 大学院生命環境科学研究科 助教授
 〒305-3572 茨城県つくば市天王台 1-1-1
 TEL:029-853-6694 FAX:029-853-6614(共通)
 E-mail:
 URL: http://www.geocities.jp/ji_hayashi_lab/

林 純一(ハヤシ ジュンイチ)
 筑波大学 大学院生命環境科学研究科 教授
 〒305-3572 茨城県つくば市天王台 1-1-1
 TEL:029-853-6650 FAX:029-853-6614(共通)
 E-mail:
 URL: http://www.geocities.jp/ji_hayashi_lab/

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5641 FAX:048-226-2144
 E-mail:

<プレス発表取材等に関する窓口>

福島 三喜子 (フクシマ ミキコ)
 独立行政法人科学技術振興機構 総務部 広報室
 〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3
 TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432

和田 雅裕 (ワダ マサヒロ)
 筑波大学 総務・企画部 広報課
 〒305-3572 茨城県つくば市天王台1−1−1
 TEL:029-853-2040 Fax:029-853-2014
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