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平成17年12月27日

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1ナノメートル以下の分解能で金属の電位分布を精密測定

− ナノテク新素材などの物性を探る強力な解析手法 −

 JST(理事長:沖村憲樹)と東京大学(学長:小宮山宏)は、金属表面で原子や電子がつくる電気的なエネルギー分布(電位分布)をナノメートルの空間分解能で測定する技術を開発し、金属中において、原子や電子がつくる電気的な力が多数の電子の存在により弱められるという原子スケールでの現象を直接観察することに成功しました。次世代の超高速トランジスタなどに適用が期待されているカーボンナノチューブ中を非常に高速に電子が移動する現象などの解析に役立つものと期待されます。
 金属に電気が流れるのは、自由電子と呼ばれる多数の電子が移動することによるものです。電子と電子の間にはクーロン力と呼ばれる電気的な反発力が働きますが、自由電子はそうした力が働かないかのごとく金属中を自由に動き回ります。これは、電子の電位がその周囲の多数の電子によって打ち消される現象(遮蔽効果)により、クーロン力の及ぶ領域が非常に狭くなるためです。この現象は、超伝導状態などの物質の電気的・磁気的性質に影響を与える重要なものですが、ナノメートルという微細な領域での電位分布や微弱な電位の変化量を検出することは非常に困難であるために、これまで直接、実際のスケールで観察された例はありませんでした。
 本研究では、走査トンネル顕微鏡を使って物質表面での電位分布をナノメートルスケールで測定する技術を開発し、原子1個程度の厚さの金属の層の上に載せた銀原子の周りの電位分布を精密に測定しました。その結果、遮蔽効果によりクーロン力がうち消されている様子や、遮蔽効果による電位の振動を実際のスケールで捉えることに成功しました。遮蔽効果は、特に線状の構造(一次元構造)において強く現れることから、今回開発した観察手法をナノチューブやナノワイヤーといったナノテク新素材に適用すれば、それらの特異な電気的振る舞いを解析することが可能となり、また、その他金属の電気的な物性の解析など広い範囲で基礎的な研究・開発に貢献することが期待されます。
 本研究の成果は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)における研究テーマ「ナノサイズ一次元構造の電子物性評価(研究者:長谷川幸雄)」において得られたもので、平成18年1月4日(米国東部時間、日本時間1月5日)Physical Review Letters誌のオンライン版で公開されます。

<研究の背景と経緯>

 金属中には自由電子と呼ばれる多数の電子が動き回っており、それらの存在が良好な電気伝導・熱伝導や金属光沢に寄与しています。電子は電荷を持っていることから電子間にはクーロン力と呼ばれる力が働くはずですが、自由電子はそうした力が働かないかのように金属内では自由に振る舞います。これは電子による電位がその周囲の多数の電子によって大幅に打ち消される現象、遮蔽(スクリーニング)効果によるものとして説明されます。遮蔽効果により、本来は無限遠にまで及ぶクーロン力が1ナノメートル以内にしか及ぼされなくなり、電子同士の相互作用が打ち消され金属内の電子は自由に動き回れることになります。この現象は、物質内での電子の振る舞いやそれにかかわる様々な性質に影響を与える基本的な現象ですが、電位の及ぶ範囲がナノメートルスケールで、しかも電位の変化量も極めて小さいことから、直接、実際の空間で観察することは困難とされてきました。
 これまでにも走査トンネル顕微鏡(STM)*1をベースとしたいくつかの電位分布測定手法が開発されてきましたが、これまでの方法では電位測定精度が不十分でした。本研究では、STMの分光手法である走査トンネル分光(STS)*2の技術を用いて表面の電位分布を高精度かつ高空間分解能で測定する方法を開発し、それを用いて遮蔽効果により変化した微細な領域における電位分布の測定に成功しました。

<研究成果(今回の論文の概要)>

 本研究では、金属的な表面層を持つシリコン基板上*3で、イオン化したAg原子の集まっているステップ(段差構造)の周囲での電位分布を測定しています。なお測定は、超高真空下、極低温(零下268度C)で行います。この金属的な層の表面にはいくつかの表面電子状態がありますが、それら電子状態のエネルギー準位は、イオン化したAg原子(イオン化しているためプラス電荷を持つ)のつくる電位によってその分だけ減少します。STSを用いることにより、STMと同様の高い空間分解能で表面電子状態のエネルギー準位を測定することができますので、STS測定を表面上の各点で行うことにより表面での電位分布を観測することができます。
 図1は、ステップ近傍での電位測定結果を示しています。図1(b)の拡大図に示された位置(点A〜G)で測定したトンネル分光スペクトル(図1(c))を見ますと、-0.9eV付近のエネルギー値で基板表面の電子状態によるピークが観察されています。ステップにより近い位置でスペクトルを測定すると(図1(b)の点FあるいはG)、ピークのエネルギー値が-1.0eV側に少し変化しているのがわかります。これがこの場所でのイオン化したAg原子による電位変化です。
 そこで、観測したい領域の各点でこのようなスペクトル測定を行い、電子状態のエネルギー値の変化量を表示すると図2(a)のような電位分布図となり、さらにステップから等距離にある点でのエネルギー値を平均化すると図2(b)のような電位分布のプロファイルが得られます。この図から、電位がステップに近づくにつれて減少しているのがわかります。イオン化したAg原子が周囲の電子から影響を受けない状態におかれた場合に比べて、図2(b)の電位が減少している領域はかなり狭く、Ag原子による電位が基板表面の金属的な層の電子により遮蔽されていることがわかります。
 さらに図2(b)ではごくわずかですが電位が振動しているのが観察され、その周期は基板表面の持つ金属的な表面層内の電子系のフェルミ波長*4の半分に一致していることがわかります。電子系の特徴的な長さが電位の振動周期に対応していることは、Ag原子による電位が基板表面の持つ金属的な電子により遮蔽されていることの証拠と言えます。従来の理論から遮蔽された電位を求めてみますと図2(b)の赤線のようになり、実験から求められた電位分布とほぼ一致しており、解釈が正しいことを示しています。電位分布の振動構造は電位分布像にも明確に現れており、図3に示す電位分布像では、ステップに沿った形で波のようなパターン(矢印に着目)が観察されています。
 遮蔽による電位の振動構造は1958年にフリーデルによって予測されたことからフリーデル振動と呼ばれています。実は、ステップなどに反射・干渉されることによって生成される波(電子定在波)も同様の振動パターンとして電子状態分布像において観察されており、しばしばこの電子定在波が誤ってフリーデル振動と呼ばれてきた経緯があります。今回の研究では、両方の振動パターンを比較観察しており、両者が明らかに異なっていることも指摘しています。

<今後の展開(今後期待できる展開)>

 本手法を用いることにより、従来法に比べて格段に高い精度・高い分解能で物質の電位測定が可能となります。ナノチューブやナノワイヤーといった一次元構造を持つナノ新素材では電子どうしの影響が強くなり遮蔽効果が顕著に表れることが予想されています。本手法をこれらの電位測定に応用することにより、遮蔽効果に関連した一次元物質の特異な振る舞いを探索する手法としての展開が期待されます。例として、次世代の超高速トランジスタなどに適用が期待されているカーボンナノチューブの電気的特性の解析などにも繋がるものと期待されます。またナノテク研究の共通基盤となる計測技術のひとつとして、金属の電気的な物性の解析など広い範囲で基礎的な研究・開発に貢献することが期待されます。

論文名:

“Electrostatic Potential Screened by a Two-Dimensional Electron System: A Real-Space Observation by Scanning-Tunneling Spectroscopy”
(二次元電子系により遮蔽された静電ポテンシャルの走査トンネル分光による実空間観察)
doi :10.1103/PhysRevLett.96.016801

このテーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りです。
JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
研究領域:「情報、バイオ、環境とナノテクノロジーの融合による革新的技術の創製」 (研究総括;潮田 資勝 北陸先端科学技術大学院大学 学長)
研究期間:平成14年度〜平成17年度

用語解説 図1 図2 図3

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本件お問合せ先:

長谷川 幸雄(はせがわ ゆきお)
 東京大学 物性研究所 ナノスケール物性研究部門
 助教授
 E-mail:
 Tel: 04-7136-3325 / Fax: 04-7136-3326

金子 博之(かねこ ひろゆき)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
 E-mail:
 Tel: 048-226-5623 / Fax: 048-226-5703

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