(お知らせ)


平成12年6月22日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団  
電話(048)-226-5606(総務部広報担当)

「染色体を均等に分配するために働く蛋白質の分子機能を解明」

 科学技術振興事業団(理事長 川崎雅弘)の戦略的基礎研究推進事業における研究領域「生命活動のプログラム」の研究代表者である柳田充弘教授(京都大学大学院生命科学研究科)の研究グループは、分裂酵母を用いて、進化的に保存されたヒストン様セントロメア蛋白質CENP-Aの染色体分配における必須機能を解明し、その局在化にかかわる分子をはじめて同定した。この研究成果は、同研究室の高橋考太助手らによって得られたもので、6月23日付の米国科学雑誌「サイエンス」に掲載される。

 遺伝情報の運び屋である染色体は、細胞の分裂にともない娘細胞に驚くべき正確さで「均等」にわけ与えられる。それは細胞が「生命」として自己複製しながら存続していることを実感させる現象として、古くから多くの生物学者達の関心を惹いてきた。
 染色体が均等に分配されないと染色体の数が通常と異なる異数体が生成する。医学的には、染色体の異数化により、ダウン症候群、ターナー症候群、クラインフェルター症候群、18トリソミー、13トリソミーなどの重篤な疾患が起こることが知られている。また様々な癌の悪性化にともない染色体の異数化が起こっていることも報告されている。
 今回、染色体がいかにして二つの娘細胞に均等に分配されるのかという、この古典的な問題の理解に大きく貢献する研究成果が得られた。すなわち、最も基本的な染色体の構成要素であるヌクレオソーム(注1)の一部として、染色体のセントロメア(注2)とよばれるある一領域に局在しているCENP-A蛋白質が、染色体を均等に分配するために働いていることを明らかにした。さらにCENP-Aをセントロメアに局在化させている分子Mis6が存在することもわかった。

 ヒトのセントロメアでは、CENP-Aと呼ばれる進化上非常に良く保存されたヒストンH3様蛋白質が、コアヒストン(注3)の八量体を構成していることが知られている。しかし、セントロメアにヒストンH3のかわりに存在するCENP-Aの役割についてはよくわかっていなかった。今回、CENP-Aの分裂酵母ホモログ(SpCENP-A)をクローニングし、その染色体の分配過程における必須機能を遺伝子破壊株や温度感受性変異株を作成し厳密に解析した。SpCENP-Aが欠損した株では、セントロメア領域に通常のヒストンH3が取り込まれセントロメア特異的なクロマチン構造が形成されないこと、その結果、続く分裂期に染色体の均等な分配が起こらず、各染色体がランダムに分配されて様々な異数体(注4)を生成し致死となることを示した。さらにMis6というヒトでも類似のものの存在が確認されているセントロメア蛋白質が、SpCENP-Aをセントロメア領域に局在化させるのに必要であることを明らかにすることができた。

 この研究成果は、細胞がどのような仕組みで染色体を平等に娘細胞に分配するのかという問題を解き明かす重要な糸口になると思われる。第一にこれまでその役割が不明瞭であったCENP-Aが、分裂期に染色体を均等に分配するために働いていることを示したことによる。第二に、未知であったCENP-Aの局在化因子Mis6をはじめて発見したことによるものである。本研究結果が公表されるまでは、CENP-Aをセントロメアに局在化させるための何らかの蛋白因子が存在するかどうかすら明らかではなく、学会での論議の的となっていた。

 染色体の均等分配機構の分子的解明は、単なる細胞生物学上の一問題にとどまらず、前述のダウン症候群等の疾患の発生原因を理解する上でも欠くことのできないアプローチである。また、人為的に改変可能な人工染色体を作成しその挙動を制御する技術を開発することは、遺伝子治療等への画期的な応用が期待されるため、染色体工学の分野では中心的課題の1つである。今回の染色体の動態を制御するセントロメアの機能解明は、染色体の改変技術の鍵となるポイントのひとつであり、その開発にも道を開くものである。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。

研究領域 生命活動のプログラム(研究統括:村松正實埼玉医科大学特任教授)
研究期間 平成8年度-平成13年度
(注1) 真核生物の染色体にあるビーズ状の構造単位。短いDNA部分がタンパク質の一種ヒストンのコアのまわりに巻いたものからなる。 クロマチンの最も基本的なサブユニット。図1
(注2) 染色体分配に中心的役割を持つ染色体の一領域。DNAのこの部分にキネトコアが形成され、有糸分裂紡錘体からのびるキネトコア微小管をとらえる。図2
(注3) ヒストンH2A、H2B、H3、H4の4種類からなり、それぞれ2量体をつくって8量体のコアヒストンとなる。コアヒストンにDNAが2回巻き付いたものがヌクレオソーム。 ヒストンは進化上最もよく保存されたタンパク質のひとつ。
(注4) 染色体の数が通常とは異なる細胞のこと。 ヒトのダウン症の90%以上が21番染色体が通常2本ではなく3本に増えた異数体細胞になっていることが知られている。図3

補足説明

本件問い合わせ先:
(研究内容について)
柳田充弘(やなぎだみつひろ)/ 高橋考太(たかはしこうた)
京都大学大学院生命科学研究科
〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
TEL: 075-753-4205 FAX:075-753-4208
(事業について)
石田 秋生(いしだ あきお)
科学技術振興事業団 基礎研究推進部 
〒332-0012 川口市本町4-1-8
TEL:048-226-5635 FAX:048-226-1164

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