補足説明


 細胞は、自らの遺伝情報がコードされたDNAを正確に複製し、娘細胞に誤りなく伝達することによって、増殖している。ヒトの細胞を例にとると、細胞核1個に含まれるDNAの全長は約2メートルにも達する。このDNAは、4種類のコアヒストン分子(H2A, H2B, H3, H4)で構成される八量体に巻き付いて規則的なヌクレオソーム構造をとり、それらがさらに多数のクロマチン蛋白質と結合して染色体を形成、直径10ミクロン(十万分の一メートル)程度の大きさの細胞核に詰め込まれている(図1)。染色体は単なるDNAを効率よく詰め込むための構造体ではなく、細胞周期の間期には遺伝情報の発現制御の場として機能している。複製期には倍化し姉妹染色分体を形成、分裂期にはいると、ダイナミックな形態変化(染色体凝縮)をおこし、倍化した姉妹染色分体はスピンドル(紡錘体)と呼ばれる細胞骨格と相互作用して左右の娘細胞に均等に分離分配される(染色体分配)(図2)。染色体はこれら一連の複雑かつ精妙な細胞内運動を遂行するために、3つの機能領域(セントロメア、テロメア、複製起点)を有している。このうちセントロメア(図2)は、分裂期にスピンドルと直接結合する領域であることから、染色体の分配過程に中心的役割を果たす機能領域と考えられてきたが、その分子基盤はいまだに明確ではない。

 複製期に倍化した姉妹染色分体は、分裂中期に左右の極から来たスピンドルと正確に結合し、分裂後期に娘細胞に均等に分配される。この過程を保障するために、分裂期に紡錘体と相互作用する姉妹セントロメアは、複製後に左右の方向性を持った二方向性(biorientation)という性質を獲得していると考えられる。

 これまでに染色体の均等分配過程に異常を示す2つの分裂酵母の温度感受性変異株mis6-302、mis12-537が、当研究グループにより分離され報告されている。これらの変異株は制限温度下で培養すると、分裂期に染色体が左右の極にランダムに分配され、その結果、染色体数が増減した様々な異数体(図3)が生成し致死となる。Mis6およびMis12蛋白質はセントロメアの中央領域に結合する姉妹セントロメア間のコネクター分子で、セントロメア特異的なクロマチン構造の形成に必須であることが明らかとなっていた。驚いたことに、Mis6蛋白質は複製期のごく初期に働いていたが、なぜ複製期に次の分裂期の染色体分配に影響する機能を持つのか、全くわかっていなかった。

 今回、分裂酵母から進化的に保存されたセントロメア特異的なヒストンH3バリアントであるSpCENP-Aをクローン化し、そのセントロメア領域へのローディングがMis6蛋白質依存的に起こることを示した。このことからMis6蛋白質の複製期の初期における必須機能は、この時期に新たに供給されるSpCENP-Aを複製後のセントロメアへ局在化させることにあると考えられた。ヒトホモログであるCENP-Aをはじめとして、非常に単純なセントロメアを有する出芽酵母から、染色体全域にセントロメアの広がる線虫まで、知られている限りあらゆる生物種で、このヒストンH3バリアントはセントロメアに局在している。一方、セントロメアのDNA配列自体は種間で保存されていないので、このヒストンH3バリアントが局在する場所が、セントロメアとしてのidentityを獲得するという考えも提唱されている。

本論文の主要な結論は以下の3点である。

(1) SpCENP-Aのセントロメアへの局在を示した。高等な生物のセントロメアに共通にみられる反復配列領域ではなく、さらに内側の非反復領域に結合していた。
(2) SpCENP-A遺伝子破壊株および温度感受性変異株SpCENP-Atsでは、染色体の不均等分配が観察される。姉妹セントロメアの分離や、両極への移動は正常に起こっているようにみえる。このときSpCENP-Aのかわりに、ヒストンH3を含むと思われるヌクレオソームがセントロメア領域に形成され、セントロメア特異的なクロマチン構造が崩壊していた。染色体の不均等分配が観察され始める前に、このクロマチン構造が崩壊していることもわかった。以上のことから、間期におけるSpCENP-Aのセントロメアへの局在化が、次の分裂期の染色体の均等分配を保障する、二方向性を持った姉妹セントロメアクロマチン構造の確立に必須であることがわかった。
(3) 分裂酵母SpCENP-Aのセントロメアへの局在化に、姉妹セントロメア結合に必須なMis6タンパク質が必要であることを明らかにした。Mis6タンパク質は、SpCENP-Aが新規合成されると思われる複製初期に機能している。SpCENP-AがMis6の活性によって複製後の姉妹セントロメアへローディングされることによって、次の分裂期におこる均等な染色体分配に必須な二方向性を持った姉妹セントロメアの結合が確立されるというモデルを提出した。

This page updated on June 23, 2000

Copyright(C) 2000 Japan Science and Technology Corporation.

www-pr@jst.go.jp