取材レポート

文部科学省 研究公正推進事業 研究公正シンポジウム「責任ある研究・イノベーションの展開に向けて」 報告


AMEDフライヤー
文部科学省 研究公正推進事業 研究公正シンポジウム「責任ある研究・イノベーションの展開に向けて」が日本医療研究開発機構(AMED)の主催、科学技術振興機構(JST)など4法人の共催にて、11月17日(金)にオンラインにて開催され、社会との対話を通じた「責任ある研究活動」の推進や最先端の研究開発を支える研究公正・研究倫理教育のありかたについて話し合われました。

この取材レポートでは基調講演とパネルディスカッション2「最先端の研究開発を支える研究公正・研究倫理教育のありかた」から一部を取り上げます。




 
基調講演 「新しく出現する科学技術にどう取り組むべきか? -ライフサイエンスを題材にして考える-」 
徳島大学 副学長 菱山 豊氏
菱山 豊氏
菱山 豊氏
 菱山氏は、まず近年の査読不正への対応に触れつつ、新しい領域全てにルールを作ることは難しいと述べられました。グレーな研究不正領域に対処するために、文部科学省や内閣府のルールそのままではなく、研究者同士の意見交換などのコミュニティでルールを検討していくべきとのお話がありました。また、「研究不正は社会への影響があり、責任ある研究・イノベーション(Responsible Research and Innovation, RRI)から逸脱するものであろう」とも話されました。

 RRIの定義(https://rri-practice.eu/about-rri-practice/what-is-rri/)を説明された上で、「制度の再策定が必要で、倫理的で持続可能なイノベーションを責任者に関与してもらう必要がある」と見解を述べられました。そして、JST研究開発戦略センター報告書「ELSIからRRIへの展開から考える科学技術・イノベーションの変革」を紹介し、ミッション・オリエンティッド・イノベーション・ポリシー(MOIP)だけではなく、様々な学問における過去の歴史や経緯を評価していくことも大事ではないかと問いかけられました。

 最後に総括して、合成生物学、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)、量子技術、AI、自動運転などの新しい科学技術が出現する中で、これらとどのようにつきあい、社会の中でどのように有効に活用していくかが先進各国の課題となっていることを述べられました。あらかじめルールを設けることは難しいが、AIやゲノム編集などにおいてルールをどの段階で設定するかを検討することが重要であり、経験を生かし様々な知恵をまとめた総合知を活かすことが科学技術のガバナンスに求められている、と話されました。
 
パネルディスカッション2 最先端の研究開発を支える研究公正・研究倫理教育のあり方
  ―「責任ある研究・イノベーション(RRI)」による研究推進に向けて―
座長:千葉大学 国際学術研究院 准教授 東島 仁氏
東島 仁氏
東島 仁氏
 東島氏は、責任ある研究・イノベーション(RRI)は研究公正・研究倫理だけでなく、ジェンダー平等やオープンアクセス、科学教育などの包括的なアプローチが求められ、その定義は立場によって異なると話されました。また、研究公正はRRIの一部であり、不正対策もその一環と位置付けられるとして、研究倫理を実際の場面に落とし込むには、対話ベースの手法を導入するのがよい方法である、とされました。

 RRIを進める上で、不正を疑われないように適切なデータ管理を行うことは面倒と思われがちであるが、社会や次の研究の発展を意識しつつ、将来の利用のために適切なフォーマットで保存すれば、自分自身のためにもなり、さらに有効な研究ができると述べられました。

 そして、現在最先端の研究開発をしている大学や研究機関は知の拠点であり、超学際的なアプローチが求められていることが語られ、AMEDなどの健康・保健分野の超学際研究や、研究分野の枠を超えた融合的なアプローチが必要であるとされました。また社会的な問題意識を持ち、開発に関する適切な知識を持つ様々と方と連携することで、現実社会に生じている課題や未来社会をよりよいものに変えてくことに取り組める知見を得られる、とされました。

藤垣 裕子氏
藤垣 裕子氏
「総合大学におけるRRIとELSI の取り組み~実践例より~」
東京大学 理事・副学長 藤垣 裕子氏
 藤垣氏は、研究倫理と研究不正に焦点を当てる際、「べからず集」にとどまらず、研究成果が社会にどう影響するかを考えることの重要性を述べられました。これを促進するものがRRIおよび倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Imprecations, ELSI)の概念であり、東京大学では総長の指針に基づき、「RRIおよびELSIを組み込んだ研究倫理セミナーを年40回」を指標としており、各部局での取組を推進していることを話されました。

 1980年代から科学と社会の接点に関する議論からELSIの重要性が高まり、2000年代には研究プロセスでの上流(Upstream)からのステークホルダーの参画の概念が加わり、2010年代よりRRIの考え方が浸透してきました。さらに、欧州の科学技術政策(フレームワーク)Horizon2020において、研究およびイノベーションプロセスで社会のアクターが協働することの重要性が強調されています。RRIの3つのエッセンスとして、議論を多くの利害関係者に開き、相互議論を展開し、新しい制度化を考えることが求められていることを藤垣氏は紹介されました。

 東京大学では、こうしたRRIの考え方を各部局の取組にいかに組み込んでもらうか工夫がされてきました。全学でのセミナー開催を行ったのち、各部局に説明を行い、45部局が参加する成果発表会においてGood Practice(好事例)の共有が行われました。例えば、新領域創成科学研究科では、研究科の構成員が自身の研究にRRIを組み込むとどうなるのかを考え・対話する場を設けており、学生の履修科目としても根付きつつある事例が紹介されました。藤垣氏は、「RRIはセミナーなどで聞くのみではなく、当事者として自身の研究にどのように組み込むのか考えてもらうことが大切です。」と指摘されました。

・Utokyo Compass
・令和4年度研究倫理セミナー 責任ある研究とイノベーションを考える

横野 恵氏
横野 恵氏

「人文・社会科学系の研究者の立場から」
早稲田大学 社会科学部 准教授 横野 恵氏

 横野氏は、これまで社会科学系の研究者として医学系研究の倫理審査や倫理指針の見直しに携わった経験や倫理審査専門職(CReP:シーレップ)認定制度(https://crep-edu.jp/top/)の現状について話されました。

 医学系研究を取り巻く環境が大きく変わってきたことを踏まえ、横野氏は「倫理審査等の取組は、責任ある研究・イノベーション(RRI)の基盤として重要なものではあるが、研究機関や研究者の負担となり、経験や専門性を備えた支える仕組みが必要である」と述べられました。最近の話題として、倫理審査の承認を受けることにより倫理性が確保されたように見せかけるEthics-washingや、都合の良い審査委員会を意図的に選ぶIRB-shoppingと呼ばれるような問題も起こりうることを指摘されました。

 CReP認定制度は、AMED研究公正高度化モデル開発支援事業として実施され確立した倫理審査専門職認定制度です。横野氏の現在のプロジェクトでは、CReP同士のネットワーキングの場の提供や教材の作成等を推進しており、各機関の課題や指針改定などの関連動向などに関する意見交換を通じて、ベストプラクティスを構築する取組としていると紹介されました。
 横野氏は「研究者が規制環境の変化を経験することで、倫理規範を含むルールの更新プロセスに、研究者自身が参画する意義について理解を深めることは、RRIの展開にとって重要です。実務レベルでは多様な機関が議論することで、研究の信頼性確保に資すると思われます。」とまとめられました。

パネルディスカッションまとめ

 パネルディスカッションでは、藤垣氏、横野氏に加え、三島 良直氏(AMED理事長)、吉田雅幸氏(東京医科歯科大学教授)より、本セッションが総括されました。
 藤垣氏は、「本シンポジウムでは様々な取組が紹介され、若手研究者からエスタブリッシュされた研究者までの軸と、研究分野の軸を組み合わせながら、組織の中でRRIをどのように考えられるようにするか、多様な視点が与えられた」と話されました。
 三島氏は、「AMEDの活動として、患者・市民参画(PPI)関係の方が入ったチームで進めることを条件とする公募事業も始めており、これからも様々な分野で増えていくのではないか」と話されました。
 横野氏は、「責任ある研究イコール失敗が許されないというわけではないと思われます。研究において何を考慮すべきなのか、(ステークホルダーと)一緒に考えながら透明性を高めていくことが必要です」と話されました。
 吉田氏は、「RRI・PPIの重要さを伝えるとともに、それらの取組がある社会がどのように良くなるのかを見せていくことが必要と思われる。」と話されました。
パネルディスカッション
左から藤垣氏、三島氏、横野氏、吉田氏
当日のシンポジウム開催情報・講義資料はこちら(AMEDのサイト)
2022度文部科学省 研究公正推進事業 研究公正シンポジウムの取材レポート