現在、高品質単層カーボンナノチューブ（SWCNT）が比較的安価に市場に出回る状況が整いつつある。そのような状況下において、分子や原子をドープすることによりCNTの電子状態を制御することは、SWCNT研究の次なるターゲットであり、基礎的にも応用的にもきわめて重要である。精密な電子構造制御を達成するには、分子などのドーピングによる影響を詳細に調べることが必須となる。本研究を遂行するにあたり、我々はまずC₆₀フラーレンを内包することによるSWCNTバンドギャップ変化の詳細を、発光法などの分光法を用いて明らかにした。

直径約1.2 nm〜1.4 nmのレーザー蒸発法で合成したSWCNTから得られた2次元発光励起スペクトルを図左に示す。図中に示した整数の組はそれぞれ同定されたSWCNTの構造を特定するカイラル指数である。これに対し、C₆₀を内包したナノピーポッドの発光マップは図2右のようになる。明らかにこの中の発光ピークは2グループに分けることができる。ひとつは元のSWCNTと同じ励起・発光波長にピークを持つもので、右図中の黒字で書き表されたカイラル指数をもつSWCNTに同定される。これらのSWCNTの特徴は、その直径はすべて1.25 nm以下であることである。逆に直径が1.25 nmを超えるSWCNTのピークは右図上から消失し、代わりにたくさんの新たな発光ピークが観測できる。この1.25nmという直径は理論的にC60を内包すると予測された直径（1.28 nm）とほぼ等しい。このことから、右図中の新しいピークはC₆₀を内包したことによって発光ピーク位置がシフトしたと考えられる。10種類以上の異なった試料を測定し、慎重に吟味した結果、図中の白矢印のようにシフトすることが明らかとなった。これらのスペクトルシフトは一様に長波長シフトあるいは短波長シフトするといった単純なものではなく、SWCNTのカイラリティによって変化の仕方が様々に異なっていることがわかる。チューブ直径やカイラル角依存性を詳細に調べた結果、「C₆₀を内包することによるSWCNTの局所的格子ひずみ」と「C₆₀の軌道とCNTの電子軌道の混合」によりバンドギャップ変調が引き起こされていることがわかった。興味深いことに、ここで観測されたC₆₀内包によるバンドギャップ変化の値は、これまでに報告されている走査型トンネル分光測定で得られたものと半定量的に一致しており、上記変調メカニズムは、まさにC₆₀内包によるCNTバンドギャップ変化の指導原理であることがわかった。