本研究課題では、三回もしくは五回対称性のペプチドコンジュゲートの自己集合により、�@ 数十〜百nmサイズのペプチドナノカプセル構築のための分子設計の確立、�A ペプチドナノカプセルを利用した遺伝子デリバリー技術の開拓、�B ペプチドナノカプセルによるタンパク質保護(protein armor)技術の開拓を目標としている。

【三回対称DNAおよびβシート形成ペプチドの自己集合】
自然界では、球状ウイルスやクラスリンの例で知られるように、三回対称性のタンパク質の自己集合によりナノサイズの分子カプセルが自発的に構築されている。我々はその原理を模倣して、自己相補性sticky-endを有する三叉路DNAの自己集合により、DNA球状集合体を構築し、その興味深い特性について報告してきた¹⁾。最近、このDNA球状集合体にカチオン性界面活性剤であるCTABを添加すると、中身の詰まった中実構造から中空構造に構造転移することも見出している²⁾。

Figure 1. Structure of Trigonal-Glutathiones.

【三回対称グルタチオンの自己集合】

Figure 2. SEM image of 2 (10 mM) in water.

より単純な天然トリペプチドであるグルタチオンの三回対称性コンジュゲート(Trigonal-glutathione, 1) を設計・合成した(Fig. 1)。1は水中で、100-250 nm程度の球状集合体を自発的に形成することが、DLS測定, TEMおよびSEM観察から明らかになっている⁵⁾。また、Trigonal-Glutathione の自己集合挙動に対するコア部分のコンホメーションの規則性の効果を調べるために、ベンゼン環の置換基が交互となったTrigonal-Glutathione 2を新たに設計・合成した。DLS測定およびSEM観察(Fig. 2) から、2 (10 mM) は固い球状構造を形成することがわかった。この粒径分布は、312 ± 36 nmであり、同条件下1が形成する集合体よりも狭い分布であった。

【β-Annulusペプチドの自己集合によるナノカプセルの構築】
最近我々は、球状ウイルスであるトマトブッシースタントウイルス（TBSV, 388 残基の等価なタンパク質が自己集合することにより、34 nmのナノカプセルを形成する）の内部骨格を形成している三回対称ペプチドモチーフであるβ-Annulus 構造に着目し、これを構成している24 残基ペプチド INHVGGTGGAI MAPVAVTRQLVGS（3）が水中で自己集合することにより、30-50 nmのウイルス様のナノカプセルを形成することを初めて見出した（Fig. 3）。

Figure 3. Schematic illustration of self-assembly ofβ-annulus peptides into peptide nanocapsules (synthetic capsids).

3の水溶液のCD スペクトル測定から、3はβ-構造42 %、ランダム構造58 %の二次構造をとっていることがわかった。これはTBSVのX線結晶構造解析から予測されるβ-Annulus 構造の二次構造の割合（β-構造: 52 %、ランダム構造: 48 %）に近い。1は等電点pI が 11 であるが、pH 4 -13の範囲で、二次構造、集合体の粒径や形態に殆ど変化が見られなかった。これは、3の 24 残基中で電荷を有しうるのが 4 残基であり、静電反発が構造体形成にあまり影響を及ぼさないためと考えられる。また、3 の水溶液の光散乱の濃度依存性から、臨界会合濃度は 0.025 mM 付近であることが示唆された。
これらの結果は、ペプチド3 が水中で、β-構造形成を経て、TBSV と同程度の粒径の球状集合体を安定に形成していることを示唆している。このように TBSV を構成しているタンパク質(388残基)のわずか 24 残基のペプチド3が、一分子折り畳み構造や繊維構造を形成せず、球状集合体のみを形成することは大変興味深いと思われる。

1. K. Matsuura, K. Masumoto, Y. Igami, T. Fujioka and N. Kimizuka, Biomacromolecules, 8, 2726 (2007)
2. K. Matsuura, K. Masumoto, Y. Igami, K. Kim and N. Kimizuka , Molecular BioSystems, 5, 921 (2009)
3. K. Matsuura, K. Murasato, and N. Kimizuka, J. Am. Chem. Soc., 127, 10148 (2005).
4. K. Murasato, K. Matsuura, and N. Kimizuka, Biomacromolecules, 9, 913 (2008).
5. K. Matsuura, H. Matsuyama, T. Fukuda, T. Teramoto, K. Watanabe, K. Murasato and N. Kimizuka, Soft Matter, 5, 2463 (2009).