研究への情熱映像と取材記事

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解剖・作業情報の計測・分析・提示技術に基づく外科医療の最適化

  • 外科医療
  • 手術支援
  • 画像処理
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  • 工程解析

中村 亮一

(千葉大学 フロンティア医工学センター 准教授)

少子高齢化社会での医療技術の将来を見据え、さきがけ研究者の中村さんは工学者の立場から、より安全で正確、そして痛みの少ない手術の実現を目指して、外科手術支援システムの研究を行っている。手術をデジタルに記録・分析することにより医師の技能レベルを客観的に見極める外科手術の技能分析システムをはじめとして、医療現場との積極的な連携により新たな医療技術の開発が進められている。

安全で確実な手術の実現に向けて
デジタル技術で外科手術をサポート

外科手術は、手術のやり方、医師の技能、そして機器や装置の改善により年々進歩してきた。腹部の手術では、かつてはお腹を大きく切り開き、患部を直接目で見て処置を行っていた。これは患者にとっては痛みが大きく、回復に時間のかかる負担の大きい方法だ。最近は、症状や状態に応じて、腹部に小さな穴をあけ、そこから内視鏡や器具を差し入れて手術が行われる。これは内視鏡下手術と呼ばれ、患者の負担は大幅に軽減したが、外科医の負担は、実は大きくなっている。画像を見ながら狭い視野のなかで器具を扱い、周囲の血管やほかの臓器を傷つけないよう注意を払いながら、的確に病巣を切除し、縫合しなくてはならない。手術の難易度は上がり、相当なトレーニングも必要になる。

中村さんは、工学者の立場から、より安全で正確、そして痛みの少ない手術の実現を目指して、外科手術の支援システムの研究を進めている。腹部の手術であれば、あらかじめ患者の臓器や病巣の範囲、肉眼では見えにくい神経や血管の位置について、画像情報から地図を作っておく。さらに、医師が操作する器具がどこにあるかもリアルタイムで見えるようにする。医師は器具を操作しながら、患部を正しく処置しているかどうかを画像のガイドにしたがって確認しながら、手術を進める。これが中村さんが研究を進める手術支援システムである。

脳神経外科、耳鼻咽喉科、整形外科などの領域では、すでにこうした画像を用いた手術支援システムである「手術ナビゲーションシステム」が使われている。しかし、「腹部の手術は、骨に囲まれた部位とは違う難しさがあります。患者が呼吸をしたり術者が処置を行うと臓器の位置が変わるので、まさにリアルタイムの画像情報が必要です」。中村さんのもとには、肝臓手術などにこの支援システムを使えないかと、医師からの要望が多く寄せられる。腹部の手術に独特の難点を克服するためには、3次元の超音波画像を高速処理して臓器や病巣の位置を表示するシステムの開発が必要だ。手術数の多い腹部手術においても、確かな支援システムを実現させたいと開発を進めている。

患者は誰でも「手術を受けるのなら上手な医師に」と願う。だが、どんな医師にも初めての機会があり、未経験の手術もある。「神の手」をもつと言われる手術の上手な医師と、経験の浅い医師の技量はどこが違うのだろう。「手術をデジタルに記録し、コンピュータで分析することによって、医師の技能レベルを客観的に見極められないか」。中村さんはそう考えて、内視鏡による外科手術の技能分析システムの開発にも取り組んできた。外科手術という失敗が許されない世界では、トレーニングとともに技術の客観的な評価が必要だ。このシステムがあれば、医師は自分の技能レベルを確かめ、評価することができる。手術時に記録された情報とコンピュータによる分析から、作業時間、作業の進み具合、器具の先端の動く速度、器具の位置のブレなどを知り、手術の工程を解析する。手術が適切に行われたか、問題があった場合にはどんな点が問題だったかを自動的に把握して表示するシステムである。

医療の現場との緊密なコミュニケーションを保ちながら、医工連携の成果をあげてきた中村さんの視線の先にあるのは、手術の一部の自動化だ。開発してきたナビゲーションシステムとコンピュータ制御のレーザー装置を組み合わせて、半自動的に手術を行うレーザー手術システムなどの研究開発が進んでいる。「少数の卓越した外科医に頼るのではなく、誰でもどこでも、等しく優れた医療が受けられるのが望ましい」。それが手術の自動化を目指す中村さんの信念でもある。少子高齢化が加速する日本においては、手術などの医療を必要とする高齢者が増加する一方で、リスクの高い外科を担当する医師の数は減少傾向にある。そんな背景も後押しして、手術の一部自動化は現実味を帯びてきた。車の自動運転が少しずつ実用に近付き始めたように、次第にそのメリットが医師にも患者にも理解され、根付く日が来ることを中村さんは心待ちにしている。

だが、苦労して開発した装置や機器も、製品化しなければ生かされない。「製品化の橋渡しまでは研究者の仕事。ベンチャー企業などをベースにした医療機器開発の産業化に取り組んでいきたい」と語る中村さんは、実現への壁の高さも実感してきた。医療技術には何より安定性と確実さが必要だが、一方で技術の革新も欠かせない。医師のニーズを汲み取ることによって生まれる解決型の技術に加え、将来の技術発展の可能性から長いスパンを見て、新たな手法を積極的に提案し、イノベーションを生み出したい。それが中村さんの志である。

*取材した研究者の所属・役職の表記は取材当時のものです。

研究者インタビュー

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より深く知りたい方へ

研究について

この研究は、さきがけ研究領域「社会と調和した情報基盤技術の構築(安浦寛人 研究総括)」の一環として進められています。また、さきがけ制度の詳細はこちらをご参照ください。

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