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「ビッグデータ同化」の技術革新の創出によるゲリラ豪雨予測の実証

  • ゲリラ豪雨
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三好 建正

(理化学研究所 計算科学研究機構 チームリーダー)

三好さんが代表を務めるCREST研究では、フェーズドアレイ気象レーダーによる詳細な観測ビッグデータを用いたデータ同化の研究が進められ、30分後のゲリラ豪雨を予測する手法の開発に成功した。研究チームはこの成果をもとに、さらに簡便な降雨予測手法のリアルタイム実証にも取り組んでいる。

桁外れの計算量によるデータ同化で
ゲリラ豪雨の予測に成功

現在の天気予報には、スーパーコンピュータ(スパコン)によるシミュレーションが利用されている。シミュレーションでは、大気を格子状に区切り、各点の温度、風向、風速などがどのように変わるかを、数理モデルに基づいた計算で予測する。しかし、モデルは現実の状態を完全に再現できるわけではないので、シミュレーションの結果は、時間が経つにつれ、現実の大気の状態と合わなくなっていく。そこで、一定時間ごとに実際の観測データと見比べて修正し、現実に近づける処理が行われる。これを「データ同化」という。

三好さんは気象学者で、データ同化の専門家でもある。その立場から、「気象学的に興味深い現象であり、社会的な影響も大きいゲリラ豪雨の予測に取り組みたいと考えました」という。ゲリラ豪雨をもたらす積乱雲1つの大きさはせいぜい数kmほど、発生から消滅まではわずか30分程度だ。現在の天気予報では格子の間隔が2kmでデータ同化が1時間に1回というシミュレーションを行っており、ゲリラ豪雨の正確な予測は困難だ。そこで、「格子間隔100mで30秒ごとにデータ同化を行って30分後のゲリラ豪雨を予測する」という桁外れの目標を立てた。

その背景には、最新鋭のフェーズドアレイ気象レーダーと、日本有数のスパコン「京」の存在があった。30秒ごとにデータ同化を行うには30秒ごとの観測データが必要だが、フェーズドアレイ気象レーダーは、半径60kmの範囲の詳細な降水分布を30秒で観測できる。一方、シミュレーションの格子が細かくなる上に、データ同化に用いるデータ量も膨大になるため大幅に計算量が増えるが、「京」を使えば処理可能だ。しかし、それだけではなかった。「無謀ともいえる目標を立てたのは、データ同化の豊富な経験から、達成できるはずだと直感したからです」と、三好さんは、プロジェクト立ち上げ前の気持ちを振り返る。

三好さんは2013年5月の気象学会の会場で、気象庁気象衛星センターの別所康太郎課長(現 気象庁予報部予報課予報官)とフェーズドアレイ気象レーダーの観測データの処理の専門家である情報通信研究機構(NICT)の佐藤晋介主任研究員(現 研究マネージャー)にこの目標を熱く語り、意気投合した。その後研究計画を練る過程で、フェーズドアレイ気象レーダーを開発した牛尾知雄・大阪大学准教授(現 首都大学東京教授)、シミュレーションモデル開発に関して、三好さんと同じ計算科学研究機構(AICS)の富田浩文チームリーダー、「京」をより効率的に使う方法について、AICSでソフトウェア研究を行う石川裕チームリーダー(現 プロジェクトリーダー)、気象庁のモデルを使ったデータ同化研究に関して、気象研究所の瀬古弘室長のグループの協力も得られることになった。こうして、研究体制が整い、2013年に三好さんを研究代表者とするCRESTのプロジェクト『「ビッグデータ同化」の技術革新の創出によるゲリラ豪雨予測の実証』がスタートした。

三好さんたちは、まず新しいシステムを開発し、いくつかの予備的な検討を経て、2013年7月13日に京都で発生したゲリラ豪雨について、シミュレーションと当時の観測データを用いたデータ同化によって予測する実験に挑んだ。結果は大成功。三好さんたちが予測した雨雲の分布は、実際に観測されたものとよく一致した。「格子間隔100mで30秒ごとにデータ同化」という世界初の試みが、気象学に貢献することが証明されたのだ。三好さんの「できるはず」という直感は正しかった。

この成果は2016年8月に論文として発表され、その後も計算スピードの向上が図られている。しかし、「京」をもってしても、計算には100秒近くかかる。実際の予報に使うには、30秒ごとに送られてくるデータを30秒以内に処理する必要がある。しかも、「京」は日本に1台しかなく、さまざまな研究に使われているので、ゲリラ豪雨の予測だけに独占するわけにはいかない。そこで、三好さんたちは、もっと簡易だが実用的な予測手法を開発した。

この手法は「3D降水ナウキャスト」と呼ばれ、フェーズドアレイ気象レーダーでとらえた雨粒の3次元的な動きが、観測後も続くと仮定し、データ同化を行って降水を予測する。「この方法は、『京』よりはるかに能力の低いコンピュータで計算でき、30秒以内に計算が完了します。10分後の予測ですが、ゲリラ豪雨に備えるには役立つこともあると思います」と三好さん。実際に、大阪大学のフェーズドアレイ気象レーダーのデータを用いた降水予報を2017年7月から開始し、モバイルコンテンツを提供する企業との共同研究によるリアルタイム配信を始めた。

三好さんは、ゲリラ豪雨の予測で最先端の成果をあげたが、「私1人ではできなかったことです。目標に向かって多くの人が集まり、その思いが1つとなって成果につながったと思います」と謙虚だ。しかし、将来の目標を尋ねると、「データ同化は、天気予報だけでなく、薬の効き方の予測や、人口や資源の予測といった社会問題にも役立つ可能性があります。その普及と発展に尽くしたいと思っています」と力強い答えが返ってきた。

*取材した研究者の所属・役職の表記は取材当時のものです。

研究者インタビュー

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研究について

この研究は、CREST研究領域「科学的発見・社会的課題解決に向けた各分野のビッグデータ利活用推進のための次世代アプリケーション技術の創出・高度化(田中譲 研究総括)」の一環として進められています。また、CREST制度の詳細はこちらをご参照ください。

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