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平成15年度採択課題 研究終了にあたって

「免疫難病・感染症等の先進医療技術」 研究総括 岸本 忠三

 免疫学は、20世紀後半の生命科学分野で最も進展した領域の一つであり、今世紀においても自然免疫などの分野で着実に発展を遂げています。その成果が真髄をついたとき、おのずから病気の成り立ちやそれに基づいた質の高い画期的な治療法や医療の創製につながることが期待されます。研究領域「免疫難病・感染症等の先進医療技術」は、その画期的な先進医療の実現を目指して、設定されたものです。本研究領域は、平成13年度から開始され、初年度5課題、次年度5課題、第3年度4課題の合計14課題を採択し、それぞれ5年の研究期間で進められてきました。本年度は本研究領域の最終年であり、第3年度の4課題の成果がここに収められています。

 菊谷チームの課題は、「セマフォリンによる免疫調節機構の解明と免疫制御への応用」であります。セマフォリン分子は免疫系においても免疫反応の成立や調節に重要な役割を果たしています。本研究では、セマフォリン分子による免疫制御機構の解明とそれを基盤にした免疫病治療法開発の可能性を探ることを目指しました。その結果、セマフォリン分子が免疫反応の制御において必須の働きをしていること示し、セマフォリン分子による新たな免疫制御機構の存在を明らかにしました。これらの分子をターゲットとすることで人工的な免疫操作が可能になり、免疫学分野の研究進展に大きく寄与すると思われます。

 坂口チームの課題は、「制御性T細胞による新しい免疫制御法の開発」であります。制御性T細胞は、自己に対する免疫不応答の成立・維持に積極的に関与しています。本研究では、制御性T細胞の産生機構、抑制機能を、分子、細胞、個体レベルで解明しました。その結果、転写因子Foxp3が、ヒトでも制御性T細胞のマスター制御遺伝子であることを証明し、Foxp3遺伝子の導入により正常T細胞を制御性T細胞に転換できることを示しました。また、IL-2は、内在性制御性T細胞の維持に不可欠なサイトカインであり、CD25 (IL-2受容体α鎖)はその機能に不可欠の分子であることを示しました。今後、自己免疫疾患、慢性感染症、アレルギー、腫瘍免疫、移植免疫への応用に発展することが期待されています。

 笹川チームの課題は、「病原細菌の粘膜感染と宿主免疫反応抑制機構の解明とその応用」であります。赤痢菌を初めとする粘膜病原細菌は下痢疾患を引き起こし、毎年多くの人命が失われています。本研究では、赤痢菌をモデルとして、菌の細胞侵入、細胞内増殖、細胞間拡散機構、およびその間に発動される自然免疫の回避機構の解明を目指しました。その結果、赤痢菌の細胞侵入に中心的な役割を果たすエフェクターを同定し菌の侵入機構を明らかにしました。また、細胞質内で赤痢菌はオートファジーを回避するとともに、その間誘導される炎症反応を抑制する能力を備えていることを示しました。これらの知見を利用して、マクロファージへ効率よく侵入するが細胞質へ移行不能な赤痢ワクチン株を作成しました。今後、その弱毒化と感染防御免疫誘導能を明らかにすることにより、安全な赤痢ワクチンへ発展することが期待されます。

 山中チームの課題は、「真に臨床応用できる多能性幹細胞の樹立」であります。ES細胞は分化多能性と高い増殖能を有し細胞移植療法の資源として期待されています。しかし、倫理的問題や拒絶反応の問題があります。本研究では、体細胞からES細胞に類似した多能性幹細胞を樹立し、拒絶反応や倫理的問題のない、理想的な細胞移植療法の実現を目指しました。先ず、2006年のマウスついで2007年のヒト線維芽細胞に、4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)をレトロウイルスで導入することで人工多能性幹(iPS)細胞の樹立に成功しました。次いで、ヒト皮膚細胞から、Mycを用いずにiPS細胞を樹立することにも成功しました。今後、ヒトiPS細胞に由来する各種細胞が難治性疾患の病態の解明、新薬候補物質の探索、薬物毒性の解析に、広く利用されるものと期待されます。さらに、患者自身の体細胞から多能性幹細胞を樹立し、脊髄損傷や若年型糖尿病等の難病に対する拒絶反応の無い細胞移植療法の実現に向けての進展が大いに期待されます。

 これら4課題の成果は、昨年12月15日の公開シンポジウムで報告頂きました。多くの方々の参加のもと、活発な議論が展開されました。これら4課題の成果は、いずれも真髄に迫る素晴らしいものであります。国際的に評価の高い学会誌や国際会議で発表され、国内外のメディアにも広く取り上げられました。詳細な研究内容は、個々の報告書をご一読いただき、皆様のご批判を賜れば幸いです。

 本年度は、本研究領域の最終年であり、上述の4課題以外にも、終了課題を含む全研究チームから最新の研究成果を報告頂きました。多くの真髄に迫る素晴らしい研究成果が報告されました。自然の真理に近づく研究は、それを期待しないでも、大きな応用性を生み出します。しかし、研究には「なぜ?」という素朴な疑問がまだまだ多く存在します。それにチャレンジすることから結果として人の幸福につながる“役に立つ研究”が生まれます。本研究領域で得られた成果が、それらの疑問にチャレンジすることから、結果として、将来、免疫難病や感染症等に対する画期的な治療法の創製に直接つながっていくことを期待しています。

 本研究領域が多くの成果を上げ終了を迎えられたことは、評価者の研究課題採択における先見性と、研究者の努力と、CRESTの支援によるものであります。ここに、研究課題の採択に始まって、毎年開催した報告会などで随時適切なアドバイスを頂いた評価委員の山西弘一、審良静男、内山卓、笹月健彦、高津聖志、野本明男の諸先生方には、心から感謝いたします。同時に研究遂行にご尽力頂いた関係各位に深く感謝いたします。

 

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