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平成15年度採択課題 研究終了にあたって

「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」研究総括 津本 忠治

 近年の脳研究によって、初期の遺伝情報により形成された神経回路網は環境からの入力や脳自身の活動によって精緻化や改変を受けること及びこの活動依存的変化には学習と共通のメカニズムがあることが明らかになってきました。このような知見は従来、主に実験動物で得られてきましたが、最近、ヒト脳機能の非侵襲的計測技術の発展によって、ヒトにおいても脳機能発達や学習のメカニズムを解明する道が開けてきました。その結果、脳を育み、学習を促進するという視点から、健康で活力にあふれた脳を発達、成長させ、さらに維持するメカニズムの解明をめざす研究、及びそのような研究成果の社会への還元が期待されるようになりました。
 本研究領域はこのような脳研究の進展状況及び社会的要請に合わせて平成15 年に設定され、研究提案の公募が行われましたが、我が国において脳研究者が激増しているという状況を反映し、平成15年度は78 件に達する多数の提案がありました。その中から領域アドバイザーによる書類審査、さらに長時間に及ぶ面接審査を行い、6 件を厳選のうえ採択しました。
 採択後は、毎年の研究報告会や報告書に加えて必要に応じて研究室訪問などを行い、研究がスムースに進行するよう助言、指導を行いました。その結果、これらの研究は、期待通り、学術的に世界をリードする成果をあげ、脳科学に画期的な進歩をもたらしたのみならず、教育や育児を考えるうえで示唆となる貴重な知見や高齢脳の能力を示す知見を得るなど一般社会にとっても極めて有意義であると思われる研究成果をあげました。以下にその成果をチームごとに簡単に紹介します。
 酒井邦嘉チームは脳における言語機能獲得メカニズムを解明するため、fMRI(機能的磁気共鳴映像法)やMEG(脳磁計測法)などの非侵襲的脳機能計測の手法を駆使して研究を行い、文法処理に特化した「文法中枢」が前頭葉のブローカ野に存在することを証明し、ブローカ野が文法判断を普遍的に司っていることを日本語、英語、日本手話と異なる言語間で確認しました。さらに、第二言語である英語の熟達度が文法中枢の機能変化によって担われていることを示し、英語習得の初期の過程で文法中枢の活動が高まり、その活動が維持され、文法知識の定着過程では活動を節約できるように変化することをも見出しました。これらの知見は、英語学習の達成度を客観的に計測できる可能性を示すとともに英語学習の時期に関して貴重な示唆を与えるものと思われます。
 櫻井芳雄チームは、運動出力系の劣化という制約を取り除くことができれば、高齢者でもその脳が本来持つ学習能力と神経回路網の可塑性を発揮することが出来るという独創的な発想のもとに研究を展開しました。具体的には、脳の神経活動で機械を直接操作するブレイン-マシン・インタフェース(Brain-Machine Interface,BMI)を構築し、高齢動物の運動出力系を機械出力系に置き換えることで、高齢脳が本来備えていると思われる学習能力と可塑性を、神経活動の変化という機能面と、シナプスの変化という構造面から明らかにすることを目指しました。その結果、BMIにつながった高齢ラットの脳が機能的な可塑性を示すことを明らかにするとともに、サルのBMI システムを完成させました。
 杉田陽一チームは、サルを使って、脳機能が最も劇的に変化する生後発達初期に特殊な視覚体験をさせて、「色」、「動き」および「顔などの複雑図形」といった視知覚の発達に対する初期視覚体験の影響を調べました。この研究は新生児期から1年以上幼若なサルを特殊環境で飼育するという困難なものですが、この研究の結果、「色彩感覚」、「動きの知覚」、「視覚-運動協応」、「顔などの複雑図形」の視知覚発達のどれに対しても明瞭な感受性期が存在していることが明らかになりました。これは高次脳機能の発達に感受性期が存在することを世界に先駆けて明らかにしたものです。
 多賀厳太郎チームは、新生児から1歳児までの乳児の脳機能発達を客観的に調べるため、1,000 名を越える乳児及びその保護者の協力を得て、近赤外光トポグラフィーによる乳児の脳機能計測法を確立し、視覚、聴覚、音声言語刺激、さらには馴化・脱馴化等に関わる大脳皮質活動の時空間パターンを計測しました。その結果、生後3ヶ月ごろには、知覚、言語、記憶など様々な機能に関連して、大脳皮質の機能分化が起きることを世界で初めて実証的に示しました。
 中村克樹チームは、コミュニケーション機能の発達における「身体性」の役割に焦点を当て、脳機能画像、神経生理学、発達心理学、認知心理学、行動学といった方法を組み合わせ、多面的に発達メカニズムを探ることを目指しました。その結果、子どものコミュニケーション障害に関して動作理解の障害が深く関わっていることやこの障害は動作模倣の訓練などにより改善されることを明らかにしました。また、この動作模倣の役割を考え、自他の区別、自己認識といった機能がコミュニケーション機能の発達に重要であることを示唆する知見を得ました。
 平野丈夫チームは分子、細胞、組織、個体の各レベルの研究を関連付け、小脳による学習機構の仕組みを包括的に解明することを目指しました。そのため、学習の基盤と考えられるシナプス可塑性の発現、維持、制御の分子機構と、シナプス可塑性が小脳神経回路における情報処理および個体の運動制御、学習においていかなる役割を果たしているかを明らかにすることを目標とし、電気生理学、分子生物学、細胞生物学、生細胞イメージング、行動解析、コンピューターシミュレーションなど多くの研究手法を組み合わせて研究を実施しました。
 その結果、小脳プルキンエ細胞シナプスの可塑性の精緻な制御機構を明らかにしました。
 平成15 年度採択課題の研究終了にあたり、適切な助言をいただいた領域アドバイザーの渥美義賢、乾 敏郎(~平成17 年3 月)、岡野栄之、川人光男、小泉英明、田中啓治、丹治順、塚田稔、村上富士夫(~平成17 年3 月)、宮下保司、山鳥 重の諸先生、また研究の遂行に助力いただいた坂巻泰尚技術参事、霜野壽弘事務参事をはじめ「脳学習」事務所の皆様に厚くお礼を申し上げます。


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