「生物の発生・分化・再生」の研究分野は、現在の生命科学において急速な進歩を遂げつつある最も重要な領域であると言っても過言ではない。とくに分子生物学の技術が高等動物にも応用されるようになり、遺伝子機能の細胞生物学的研究が個体レベルで詳細に行われるようになった過去十数年は、基礎的な研究の延長上に治療・診断・創薬など人類の福祉への応用の可能性が現実のものとなりつつある。また21世紀初頭に完了したヒトゲノムの完全解読、それと前後して進んだ線虫・ショウジョウバエ・ホヤ・マウス・ゼブラフィッシュやメダカなどのモデル実験生物のゲノム解読により、生物の発生・分化・再生に関与する個別の遺伝子研究に加えて、これまでは不可能だった網羅的な研究も行われるようになった。このような学問的背景と期待を背に平成12年度にスタートした戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「生物の発生・分化・再生」では、予想されたようにきわめてレベルの高い応募が多数寄せられた。その中を見ると、（1）近未来に臨床応用や創薬に貢献し得るような臨床医学に密着した問題意識から出発したテーマ、（2）再生医療などの重要な研究開発に迫るために必要な基礎的研究、（3）モデル実験生物を用いた発生生物学の最先端に迫る研究課題、などが多数あった。これらの分類は必ずしも固定したものではなく、モデル生物の研究ではあるが、その先にはヒトへの応用の可能性がみられる物も多いし、反対に臨床研究から出発しながらもその応用に必要な基礎研究を行う提案も多かった。実際、この分野は基礎研究と応用研究の間が極めて近いと言える。したがって、「発生・分化・再生」というキーワードを掲げて本領域を構成することは、必然的に基礎生物学から基礎医学・臨床医学の研究をつなぐものとなる。大学等の研究機関では医学部・薬学部・理学部・工学部・農学部などの壁で交流が必ずしも十分でない関連する研究者間の相互批判と相互学習の機会を与えることともなり、領域の直接的な学術的および科学技術開発的な成果が十分に期待されるとともに、それ以上に広範な効果も期待できる。

　このような考えのもと、当研究領域の研究テーマの採用にあたっては、第一に研究代表者の提案の新しさ、研究代表者のこれまでの業績から予想されるフィージビリティの高さ、今後10年程度を目途に予期しうる社会貢献の可能性、などを中心に選考を行った。社会貢献には医療や創薬への応用の可能性と共に、この研究領域の大きな発展に結びつく新しい分野開拓につながる可能性も考慮に入れた。また上記の基礎から応用までの大まかな分類から見て採用テーマがあまり偏らないように配慮した。これは、基礎から応用までの研究者がこのグループに参加して討論することが双方のためにも重要であると考えたからである。

　上述のような観点に基づいて、初年度である平成12年度には116件の応募申請の中から7課題を採択した。これらの研究課題は順調に発展し多大な成果を収めて、一昨年に当領域での研究を終了した。続く第２期募集にあたる平成13年度においては74件の応募から4件を採択し、昨年度に研究を終了した。

　最後の募集となる平成14年度においても、上述のような観点を念頭におき、55件の応募の中から3課題を採択したが、それぞれ順調に研究を発展させこの度5年間の当領域での研究は終了の運びとなった。本冊子は平成14年度に採択された3課題の研究報告書である。成果の詳しい内容は研究報告をお読みいただくとして、いずれの研究においても、課題採択時に計画した段階に比べて、研究内容が量的にだけでなく、質的にも飛躍し新しい段階に到達しているように見受けられることは、総括としても望外の喜びである。

　本年度をもって、研究領域「生物の発生・分化・再生」は終了するが、この間に、採択課題の研究者が、当研究領域で得られた成果を踏まえて、あるいはJST・CRESTの発展継続テーマとしてJST・SORSTでの支援を受けたり、JST・CRESTの別の研究領域で採択されたり、またあるいは、別の競争的資金を獲得したりして、研究のさらなる発展に努めていただいている。本研究領域をたてて研究活動を行ったことが、次の時代の「発生」「分化」「再生」科学の大きな幹に育つことを心から期待したい。

　研究を終るにあたり、課題の選定、研究計画の高度化、シンポジウム等における建設的な批判と助言、評価などのすべての過程で献身的な貢献をしてくださったアドバイザーの岡田益吉、帯刀益夫、須田年生、竹市雅俊、長濱嘉孝、藤澤　肇、矢崎義雄の諸先生方に心から感謝したい。

　なお、平成12年度採択の7課題、平成13年度採択の4課題の研究終了報告書は科学技術振興機構(JST)のホームページに掲載されているのでこれをご覧いただければ幸いである。