研究代表者 | 辻本 賀英 | 大阪大学大学院医学系研究科 教授 |
主たる研究参加者 | 恵口 豊 | 大阪大学大学院医学系研究科 助教授 |
清水 重臣 | 大阪大学大学院医学系研究科 助教授 |
脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy: SMA)は運動神経細胞の脱落に起因する筋萎縮で特徴づけられる常染色体劣性疾患であり、その原因遺伝子としてsmn(survival
motor neuron)が同定されている。研究課題発足以前にSmnたんぱくがBcl-2(アポトーシス抑制というユニークな生理活性を有するがん遺伝子産物)に結合し、そのアポトーシス抑制活性を増大させることを見出している。このCREST研究はこの成果を基礎としており、これら遺伝子産物の解析を通しSMAの発症メカニズムを解明するとともに、神経変性疾患の治療応用への可能性をさぐることを目的とした。 本研究では、上記の目的達成のため、特に以下の2つのspecific aimsを設定し、研究を遂行した。 (1)SmnによるBcl-2機能増強の生化学的基盤の解明 (2)Bcl-2およびそのファミリー因子によるアポトーシス制御の生化学的基盤の解明 である。 SmnによるBcl-2機能増強の分子機構を明らかにするために、種々の欠失変異遺伝子を作成し、それらを用いてBcl-2/Smnの結合に必要な領域の割り出しを行った。その結果、細胞死抑制に必須のドメインであるBH4を含むBcl-2のN末領域とSmnのエキソン6領域(多くの疾患変異が見出されている)が相互作用に必須であることを明らかにした。BH4ドメインは以下に述べるようにBcl-2機能の重要なパーツであり、疾患治療薬の開発の観点からも興味深い機能ドメインである。また、免疫染色によりBcl-2遺伝子発現が生後、運動神経において特異的に低下することを見出し、それがSMA における運動神経細胞の特異的脱落のメカニズムであることを示唆した。 Bcl-2およびそのファミリーメンバー(細胞死抑制機能を有するものと促進機能を有するメンバーからなる)は、ミトコンドリア膜上で機能し、ミトコンドリア外膜の透過性を調節することで細胞死を制御していることを示した。アポトーシスシグナルが発生するとシグナルは最終的にミトコンドリアに集約され、ミトコンドリア外膜の透過性が増大し、外膜/内膜間隙に存在するたんぱくが細胞質に漏出する。この中に複数のアポトーシスシグナル伝達物質(たとえばシトクロムc)が含まれており、これらが細胞質で下流の破壊的なプログラム、たとえばカスペース(アポトーシス特異的なたんぱく分解酵素)の活性化を誘起する。細胞死抑制メンバーであるBcl-2やBcl-xLと促進メンバーであるBaxやBakの機能ターゲットの一つとしてミトコンドリア外膜のチャネルであるVDAC (voltage-dependent anion channel)を同定し、生化学的手法および電気生理学的手法により、Bcl-2/Bcl-xLはチャネルを閉孔し、一方、Bax/Bakはチャネルの構造変化を誘導し、たんぱく通過孔を形成させることを示した。さらに、酵母を用いた遺伝学的な解析、および特異的な抗体を用いた細胞生物学的手法により、VDAC活性が哺乳動物細胞のアポトーシスに必須であることの確証を得た。 VDAC抑制を指標にして、Bcl-2機能の最小ドメインがBH4領域にあることを示し、このドメインのみで細胞死を抑制しうること示した。またtetrocarcin A(微生物代謝物)はVDACをターゲットとしてBcl-2機能を抑制することを明らかにした。これらの結果は、「Bcl-2ファミリーたんぱくはVDAC制御を介して細胞死調節を行う」という研究者らのモデルを強くサポートするものである。また、BH4ペプチドに膜透過性を付与したtat-BH4ペプチドはマウスやラットにおいて細胞死抑制機能を発揮することを示し、疾患治療のための薬剤の開発に対する重要な方向性を示した。 Bcl-2およびBcl-xLの結合パートナーとして、多くの細胞で発現する小胞体たんぱくの一つであるReticulon-xS(Reticulon-xの一つのスプライシングバリアント)を同定した。このたんぱくは、結合依存的にBcl-2およびBcl-xLの機能を抑制することを見出した。さらに、RTN-xSは数種類のカスペース(caspase-8, -9と-12)に結合すること、さらに興味深いことに小胞体ストレス特異的にダイマー形成を行うこと、RTN-xSのダイマー形成の誘導によりアポトーシスを誘導することなどを明らかにした。これらの結果は、RTN-xSが、種々の神経変性疾患に関わることが示唆されている小胞体ストレス誘導性細胞死のシグナル伝達因子(caspase活性化のためのアダプター分子)の候補であることを示唆している。 当CREST研究の主目的のサポートとして、幾つかの異なった観点から細胞死(アポトーシスならびにネクローシス)の分子機構の解析を行ってきたが、以下のような成果を得た。 アポトーシスの実行過程の解析のために、独自のin vitroアッセイ系を確立し、アポトーシスに特徴的でありその定義の一つになっている核クロマチン凝縮に関わる新規の因子(Acinusと命名)を単離同定した。この分子のアポトーシスにおける関与を解析するため、Acinus結合たんぱくを探索し、幾つかの分子を同定した。これらの中にRNAプロセッシングに関わる因子が含まれている。またAcinusの正常機能を明らかにする目的でAcinus欠損マウスの作成を行い、Acinus欠損マウスは胚発生遅延を呈し(E7.5)、致死となることを見出した。より詳細な解析のためコンディショナルノックアウトマウスの系統も作成した。 脳梗塞などの虚血性変性疾患における細胞死の分子メカニズムを明らかにする目的で、低酸素・低グルコース誘導性の細胞死の解析を行った。この細胞死はアポトーシスをドライブするカスペースに依存しない系であることを示し、その解析の糸口として顕著にまた再現性良く現れる核の収縮を取り上げ、核収縮に必須の因子の探索を行った。permeabilized細胞を用いたin vitroアッセイ系を確立し、核収縮誘導因子の精製を行いphospholipase A2 (PLA2)活性を持つ新規分子を同定した。siRNAを用いた機能的ノックアウト法を利用することにより、特にiPLA2分子が低酸素・低グルコース誘導性の細胞死と核収縮に必須であることを示した。 アポトーシスの特徴の一つであるアクティブブレビングの生理的意義とその分子メカニズムの解明を目指し、ブレビングに関わる因子の単離同定を試みた。この目的のために、まず、アクティブブレビングという動的なイベントを再現できるin vitroアッセイ系を確立する必要があると考え、種々のpermeabilized細胞法を検討し、細胞抽出液によりアクティブブレビングを誘導できるin vitro系の確立に成功した。 ここで得られた成果は、細胞死プロセスの幾つかの重要なステップの解明につながるものであり、脊髄性筋萎縮症を含む神経変性疾患の発症メカニズムの理解に有用であると同時に、疾患治療という観点からも重要な情報を提供している。 |
論文発表は海外で62件掲載された。特にnature に2報掲載されたことは注目すべき事である。1報はアポトーシスがミトコンドリア膜のVDACの開閉によりシトクロムcの放出をコントロールすることによって行われるという、全く新しい概念を発表したものである。このVDACの開閉はこのチームが発見したBcl-2ファミリーによってコントロールされることを示し、これらの因子の分子機能的な意義をより強力なものにした。もう1報はアポトーシスの特徴(定義)の一つである核クロマチン凝集が起こるメカニズムを解明する中でAcinusという新規因子を発見したものである。いづれも画期的な発見としてインパクトの高い発表であった。このチームの特徴として得られた成果に満足せず、次々とステップアップする姿勢が強いことであろう。Bcl-2のアポトーシス抑制機能がBH4ドメインにあり、そこにSMNとの結合点があることを見出した。アポトーシスに関連して3件の重要な出願を行い、うち1件は外国出願された。 |
極めて信頼性の高い研究を次々に発表した。Bcl-2及びそのファミリー因子によるアポトーシス制御の機構をかなりの程度明らかにした成果は大きい。また、Smnとの相互作用も明らかにした。本研究ではAcinus の同定や新規の核収縮誘導因子の同定など、今後の研究発展に寄与すると思われる副産物も得られており、高い評価が与えられた。また、アポトーシスのメカニズムを解明していく中で、Bcl-2の作用点が明らかになり、それに特殊な蛋白を付与することによって薬剤となりうることを動物モデルで示した。更に研究を進めることによって現在治療法のないSMAの治療薬だけでなく、アポトーシス関連の治療薬(例えばがんの治療薬)の開発が期待される。 |
研究代表者は1999年CRESTの成果を含めた「細胞死抑制遺伝子bcl-2の発見と細胞死の分子機構の解析」によって第17回大阪科学賞を受賞した。 |