研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
線虫全発生過程の遺伝子発現プログラム
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 小原 雄治 国立遺伝学研究所生物遺伝資源情報総合センター センター長・教授
主たる研究参加者 五條堀 孝 国立遺伝学研究所 教授
舘野 義男 国立遺伝学研究所 教授
菅原 秀明 国立遺伝学研究所 教授
西川 建 国立遺伝学研究所 教授
3.研究内容及び成果
 線虫C. elegansの初期発生に焦点をあて、ゲノムの構造、発現、機能、進化研究をいわば四位一体で進め、これらの結果を統合して発生の遺伝子システムの解明をめざすとともに、初期発生過程について計算機モデル化を試みてきた。
(1)構造
 EST/完全長cDNAプロジェクトを進め、83,000クローンの解析から総数約2万遺伝子のうち10,126遺伝子の構造を確定するとともに、遺伝子あたり平均2弱 のalternative splicingパターンを検出した。この結果、ゲノムの配列からのコンピューター予測に基づく線虫タンパクデータベース(WormPep)は、その半数に修正が必要となった。また、完全長cDNAライブラリーの解析から新たなトランススプライスリーダーを8種見いだし、発生時期での使い分けの傾向を明らかにした。
(2)発現
 whole mount in situハイブリダイゼーションにより、7,700遺伝子の全発生ステージにおけるmRNAの挙動を明らかにした。in situシグナルのアノテーションとして、胚発生で10ステージ、後胚発生で4ステージを選び、それぞれについて10種程度の発現部位(細胞、組織、領域など)における3段階の相対的なシグナル強度を設定し、入力した。結果的に(10+4)×10×3=420次元の情報となった。この情報をもとに発現パターンのクラスタリング解析をおこない、各細胞系譜の発生時系列における転写開始時期で分類した。同一クラスタ遺伝子の転写調節領域の検討を進めている。
(3)機能
 in situパターンにもとづいて分類した母性発現遺伝子のサブクラスタ(411遺伝子)について、RNAiをおこない、うち強い胚致死表現型が出た61遺伝子について、4D顕微鏡で詳細な解析をおこなった。その結果、受精/減数分裂過程の最も早い時期に働くものとして、プロテオソームの関与が明らかになった。また、分類済みのcDNAを用いるrandom RNAiを2,600遺伝子おこなった。
(4)進化
 近縁種のゲノム比較が上記の表現調節領域の推定に有用であることがわかった。さらに、計算機モデル化との関連で、発生パターン、細胞分裂パターン、細胞接触パターンが様々に違っている近縁種についての比較ゲノム解析の計画を進めている。
(5)計算機モデル化
 初期卵割の力学モデルを構築した。卵殻と細胞をそれぞれの強度をもった質点のメッシュで表現し、細胞内部に質点をつめた。卵割の時期だけを与え、あとは分裂の様々な力のパラメータを変えることにより卵割のシミュレーションをおこなった。このモデルでは、内部の化学反応、遺伝子機能は考慮していないが、これとは別に野生型の卵割を前提に細胞内、細胞間の遺伝子カスケードのシミュレーションを進めており、これらを将来合体することで意味のあるシミュレーションに持ち込む計画である。これらのためには細胞配置情報が重要である。このため、膜を蛍光標識したデータから細胞形状を自動的に取得するシステムを構築した。
(6)データベース
 ここでの全データはNEXTDB(Nematode Expression Pattern Database)に統合化されており、http://helix.genes.nig.ac.jp/db/で公開している。この段階で五條堀グループの全面的な支援を受けた。AceDB、WormBaseとのリンクも進めた。
(7)初期胚に関する研究
 初期胚においては母性mRNAの翻訳制御が重要であり、glp-1 mRNA の翻訳制御にpos-1/pip-1遺伝子が3'-UTRの特定配列を介して働いていることを明らかにし、複数因子の組み合わせによる翻訳制御のfine tuningの可能性を示した。mRNAのpolyAの長さを測定する方法を開発し、glp-1 mRNAのpolyAが翻訳される前側のみ長い成分があることを見出した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 前述の研究成果は、英文論文16件として発表された。うち1999年 Impact Factor Ranking のOriginal Journal 35位、Review Journal 30位までの雑誌に掲載された論文は以下の通り。
Nature Genetics 1報
Science 1報
Neuron 1報
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 3報
Development 4報
 特に、線虫ゲノムからコンピュータ予測された遺伝子をPCRで増幅可能かどうか確認すると共に、ESTプロジェクトから分類されたcDNAを組み合わせて、線虫には17,300の発現遺伝子があることを示したNature Geneticsの論文は代表的な成果である。また、学会発表も国内学会80件、国際学会40件行われた。
 このようなデータ収集を主とする研究ではオリジナルペーパーは出にくいので、数は若干少なめであるが、上記の通り発表された論文の多数が高いレベルの雑誌に掲載されるなど、それぞれはインパクトが高く、世界的に注目されるものが多かったので、十分な成果発表があったと見做される。今後も世界の中心的役割を果し続ける事が期待される。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 1個体を構成する約1,000個の体細胞の全ての系譜が判っており、且つ全ゲノム配列が明らかにされた多細胞生物C. elegansを用いて、その発生のプログラムと全過程を明らかにしようとする壮大な計画であり、特にcDNA(mRNA)とin situによる遺伝子発現の解析においては、世界のトップを行くグループである。データの公表による国際的評価が特に高い。その解析のデータを単にdescriptiveなものに終らせず、時間軸を加えた4次元的解析とmRNAのクラスタリングによって発生プログラムの原理に迫ろうとしており、数学的或いは計算機モデルをも目指している。今後の発展が期待されよう。

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