研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
自己組織性分子を用いた新規発光機能材料の設計
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 筒井 哲夫 九州大学総合理工学研究院 教授
主たる研究参加者 多賀 康訓 (株)豊田中央研究所 理事
3.研究内容及び成果
 研究提案時には有機ELディスプレイが実用化直前の情勢であり、有機ELに直接関係する開発研究は企業の研究者が主体となる技術開発であり、大学等の研究者が主体的に取り組む戦略的基礎研究ではもはやあり得ないとの立場から、本研究の目標は、単なる高性能の発光ディスプレイ開発を指向するのではなく、分子性材料の発光機能を全面的に開花させ、新しいエレクトロニクス・フォトニクス材料としての体系を構築することであると考えた。しかし、この5年間で有機ELと有機エレクトロニクスを取り巻く情勢は激変した。今や、13インチのフルカラーディスプレイの試作が報告され、数年以内にフルカラーの小型有機ELディスプレイを誰もが手にしていることは間違いない情勢である。このように激変する研究開発環境の中で、本基礎研究がこの有機ELの急展開自体にどのような影響を及ぼし得たのかと言う観点で成果を総括する。
(1) 当初の研究目標の観点からみた研究成果
 液晶材料を自己組織系発光材料に利用して新しい分野を切り拓く仕事は、有機ELデバイスに直線偏光発光性を取り入れることの可能性を示した。また、カイラルネマチック液晶構造を利用して円偏光発光を取り出す可能性も示した。
 発光材料の研究としては、金属キレート化合物について系統的な探索研究を実施した。一方フルオレン構造を持つオリゴマー及びポリマーを系統的に合成し、発光材料としての可能性を検討した。
 従来原理的確認はできても、デバイスの性能や安定性が不足することが問題であった1次元微小共振器構造型発光デバイスにおいて、共振器構造の新しい設計指針を提示し、極めて高性能で安定な発光デバイスを実証した((株)豊田中央研究所との共同研究)。
 有機アミン成分に発色団を組み込んだ層状ペロブスカイトの合成に成功し、無機ペロブスカイト半導体層の励起子から有機発色団の三重項状態への効率的なエネルギー移動の発現を見いだした。一方、PbI2と有機アミン類の共蒸着でペロブスカイト薄膜を真空下で調製する手法(乾式法)を確立し、高品質の層状ペロブスカイト薄膜が調製できるようになった。共蒸着法を発展させ、 NaCl基板などの結晶基板上にエピタキシャル成長できることも実証した。
 ポリスチレンやシリカの微小球を2次元的及び3次元的に配列する手法を開拓し、それを用いて、2次元配列体について可視光領域の光学的バンド図を描いた。発光中心を微小球中に埋め込んだ構造体を用いて、発光特性に及ぼすストップバンドの影響を実験的に明らかにした。
 シリカ微小球配列体(シリカオパール)の空隙に発光性物質を埋め込んだ系や、微小球配列体のレプリカを用いる、いわゆる逆オパールの調製の研究へ展開した。シリカオパールの空隙に層状ペロブスカイト化合物を埋め込み、シリカオパールが持つストップバンド(フォトンモード)とペロブスカイト化合物のエキシトンモードの強結合系を室温でスペクトルの分裂として確認できた。シリカオパールの空隙にモノマーを充填して光重合させた後、シリカ球を除去する方法でポリマー逆オパールを作製した。このポリマー逆オパールは変形可能であり、フォトニック結晶としてのポリマー逆オパールの光学特性を力学変形により変更できることを示唆した。
(2) 有機EL研究開発への直接貢献としての研究成果
 有機金属化合物を発光中心に用いる、いわゆる三重項発光材料を用いて、有機ELの発光効率を従来より3〜4倍に向上できることを実証した。様々の有機金属錯体、有機金属化合物を発光材料として探索する中で、イリジウム錯体を用いることで三重項励起状態を極めて高効率に発光させる系が存在することを確認することができた。一重項励起状態からの発光を利用する場合の外部発光量子効率の上限が概ね5%であるのに対して、13%以上の外部量子効率が得られることを実証した。また、イリジウム錯体の分子構造を変え、加えて薄膜デバイスの構造を最適化することで、更に20%以上にまで外部量子効率は向上することを示した。
 有機ELデバイスは波長のオーダーの共振器構造を本質的に備えているので、面発光成分、導波光成分、吸収損失成分の割合はデバイス構成を工夫することで変更可能であるという発想から、屈折率が空気に近い(1.1以下)固体としてシリカエアロゲルが利用可能であることを見いだした。現在のところ、1.5〜2.0倍に光取り出し効率を向上できることを実験的に示すことができており、実用化を念頭においた実証研究を展開しつつある。これまで有機ELにおいて、光取り出し効率は20%程度であり、これを変更できる手段はないと見られていたが、光取り出し効率向上の例が提示されたことで、様々な方法が探求され始めた。
 以上の二つの成果から、将来有機ELは外部量子効率として40%程度、視感度効率としては80〜100 lm/Wの高い効率を利用できるという、従来に例がない高効率面状光源に成長する道筋が見えてきた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 当初の構想としては、有機材料の高度な自己組織性と分子配向性を活用した発光機能材料の開発及び量子構造機能として新しい発光機能を発現させ、革新的な発光デバイスの突破口を切り開くのを目標としていた。この目標に沿った成果として、カイラルネマチック液晶構造を利用した円偏光発光、有機・無機ペロブスカイトの有機アミンへの発色団の組込みよる無機ペロブスカイト励起子からの発色団三重項状態のエネルギー移動に伴う燐光発光を確認したこと、シリカ微小球体配列(シリカオパール)及びその空隙にポリマーなどを充填してシリカを除去した逆オパールによるフォトニック結晶の作成などは、独創性のある成果として評価できる。偏光発光、燐光発光についてはいずれもホトルミネッセンス発光のレベルであり、電界発光への具体的な進展を期待したい。微小共振器を用いた発光機能の探索は加工プロセスと自己組織性を利用する3次元微小共振器と1次元共振器を用いた研究がなされたが、1次元共振器による指向性発光については、(株)豊田中央研究所との共同研究により、デバイスとしてのかなりの技術的進展が見られた。指向性の強い発光素子として利用法があれば、使える技術にまでになっている。
 当初、革新的発光デバイスの突破口を求めるということで、多くの新規テーマが探索されたが、それらからは突破口が何なのか必ずしも明確にはならなかった。研究の後半になって、有機EL発光素子の商用化の予想を越えた急展開に呼応する形で、EL発光素子の発光の高効率化というところに研究の重心を移し、三重項発光による量子収率の向上、及び屈折率が空気に近い(1.1以下)固体としてシリカエアロゲルを発光取りだし面に用いることによる発光取りだし効率の向上などで、EL発光素子の発光収率の向上を示したことは、応用上重要な技術で、この分野をリードしている意義は高く、評価出来る成果である。
 上記の成果は、論文発表として英文65件、和文4件なされた。また、学会発表も国内学会81件、国際学会25件行われた。特許は3件であった。特許は有機ELと結びつくとものとして今後に期待したい。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 EL発光素子の研究成果として、三重項発光、取出し効率の向上など発光効率を上げる研究は、EL発光素子の実用化の範囲を著しく増大させるもので、先進的研究としてインパクトは大きい。 有機EL素子はディスプレイ分野でカラー液晶に変わるものとしてその期待が大きく、高効率の発光材料、発光方式が発見されれば可能性は益々大きくなる。また、有機EL発光素子は低電力長寿命照明装置など、ディスプレイ以外の発光素子としての実用上の利用価値も大きいことが予想される。本研究の成果がさらに具体的に発展すれば、有機EL発光素子として新産業創出に貢献することが期待される。
 受賞:山口淑久(CREST研究員)The Fifth International Display Workshop (IDW'98) でOutstanding Poster Paper Award を受賞(平成10年10月)

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