研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
環境低負荷型の高分子物質生産システムの開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 土肥 義治 理化学研究所 主任研究員
3.研究内容及び成果
 地球環境と調和する持続可能な社会実現の科学技術の一つとして、微生物の物質生産機能を利用して、再生可能な植物系資源(糖、植物油)から有用な高分子物質を生産する基盤技術を開発した。本研究では、核酸、タンパク質、多糖、ポリイソプレノイドにつづく第5の生体高分子として注目され始めたバイオポリエステルについて、重点的に研究を実施した。
 バイオポリエステルの生合成では、ポリエステル生合成系酵素の構造と機能を分子レベルで明らかにし、共重合ポリエステルの自在合成を可能にした。さらに、生合成酵素の高次構造解析を進め、糖から共重合ポリエステルを高生産する遺伝子組み替え微生物の分子育種に成功した。また効率的生産法の開発では、二酸化炭素からのバイオポリエステルの生物生産を目指して、植物体あるいは藍藻へのポリエステル生合成系遺伝子の導入を試みた。
 バイオポリエステルの高性能材料化を目指し、生分解性脂肪族ポリエステルの単結晶の表面構造と物性及び酵素分解性との相関関係を分子・原子レベルで解明した。また、結晶成長と結晶分解との2つの過程を、同一サンプルで原子間力顕微鏡及び透過型電子顕微鏡を用いて解析することにより、結晶構造と表面構造を細部にわたり明らかにした。
 生分解速度の制御技術開発では、高分子材料の微生物分解における微生物酵素の作用機構を分子レベルで明らかにし、加水分解酵素の構造と機能を研究した。
 バイオポリエステル分解微生物の単離と解析では、30種類以上のバイオポリエステル分解微生物をさまざまな自然環境中から単離、同定した。
 これら一連の研究を生物科学と高分子科学との異分野の研究者の共同作業で行った。
 以下にサブテーマ毎の成果について述べる。
(1)新規ポリエステルの生合成と高生産生物の育種
 優れた物性と生分解性をもつバイオポリエステルを生産する3種の微生物(Aeromonas caviae、Pseudomonas sp. 61-3、Comamonas acidovovans)のポリエステル生合成系酵素遺伝子を取得し、機能を解析した。さらに、ポリエステル合成酵素(PhaC)とモノマー供給系酵素(PhaJ)の大量生産方法を確立し、PhaJ酵素の結晶構造の解明に成功した。
 フィルム成形用の低密度ポリエチレン(LDPE)と類似な物性をもつ共重合ポリエステル(ポリ[(R)-3-ヒドロキシブタン酸-co-(R)-3-ヒドロキシへキサン酸]:P(3HB-co-3HHx))を、植物油から高効率(80 wt%)で生産する遺伝子組換え微生物(Ralstonia eutropha )の分子育種に成功した。遺伝子組換えR. eutropha は極めて高効率でP(3HB-co-3HHx)を合成し、乾燥菌体重量あたり80 wt%という大量の共重合ポリエステルを体内に蓄積することを見いだした。安価な植物油から高性能バイオプラスチックを生産する実用化プロセスの基盤技術を開発した。
 超高分子量(300万〜2000万)のポリ[(R)-3-ヒドロキシブタン酸](P(3HB))を合成する遺伝子組換え大腸菌(E. coli )の分子育種に成功した。ポリエステル合成酵素遺伝子(PhaC )とモノマー供給系酵素遺伝子(PhaA、PhaB )を導入した遺伝子組換えE. coli は、糖から超高分子量のP(3HB)を生合成し、乾燥菌体重量あたり75 wt%蓄積した。
(2)生分解性ポリエステルの材料設計と機能開発
 バイオ(共重合)ポリエステルの分子構造及び固体構造と物性との相関関係を明らかにし、バイオポリエステルをベースとした生分解性ポリマーアロイの高性能化及び相構造制御について検討した。各種の脂肪族ポリエステルの単結晶を作製して、それらの結晶構造を解析し、その単結晶を用いて酵素分解反応を行い、結晶表面への酵素吸着及び酵素分解反応過程を含むポリエステルの酵素分解機構を明らかにした。
(3)ポリエステル加水分解酵素の構造解析と機能解明
 溶融−等温結晶化法で調整したP(3HB)及びその共重合体のフィルムを用いて、ポリエステル分解酵素による酵素分解反応を行い、酵素分解速度と固体構造との相関を調べた。酵素分解反応はフィルム表面の非晶部から選択的に進行し、P(3HB)非晶部の酵素分解速度は結晶部に比べて30倍程度速いこと、及び結晶部の酵素分解速度はラメラ結晶厚さの増加とともに急激に低下することを見いだした。得られた知見から、高分子材料の生分解速度を制御する方法を考案した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 有用な物性と生分解性のバイオプラスチックを生産する微生物(Aeromonas caviae及びPseudomonas sp.)のポリエステル生合成系酵素遺伝子を取得し、機能を明らかにした。
 遺伝子組換え微生物(Ralstonia eutropha )を用いて、共重合ポリエステル(P(3HB-co-3HHx))を植物油から高効率(80 wt%)で生産する高性能ポリエステルの生産プロセスを開発し、実用化プロセスへの可能性を切り開いた。
 遺伝子組換えE.coli を用いて、糖から超高分子量ポリエステル(分子量3〜12x106)を生産するプロセスを開発した。超高分子量ポリエステルのフィルムあるいは繊維の延伸処理による物性の改善を実証し、生合成過程の解明と生物工学的改良にとどまらず、後処理等による物性向上への技術展開も可能にした。
 これらの研究成果は、論文発表として英文81件、和文15件、学会発表として国内学会55件、国際学会95件で報告された。また、特許も国内4件、海外2件出願された。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 有用な高分子物質の基礎素材(ポリエステル)の生合成過程を生物化学的に解明し、生物工学的に改良して得られた成果は、科学的及び技術的な両面において相当なインパクトを与えるものと評価できる。実用化への見通しもある程度得られており、更なる研究発展が期待される。勿論、実用に至るには原料となる澱粉質の調達を始めとして、乗り越えるべき課題は多いが、実用段階における使用素材の代替を通じて波及効果も大いに期待されるところである。研究期間の途上において、研究成果に対する海外各社の引き合いを受け、米国企業とライセンス使用契約に至った経緯は、本研究の基礎的成果に対する各界の多大の関心と実用への展開のポテンシャルを示していると言えよう。
4−3.その他の特記事項
 本研究課題は上記の成果に基づき、「高性能バイオプラスチック生産システムの確立」として、平成12年度の基礎的研究発展推進事業に採択された。

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