研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
都市ヒートアイランドの計測制御システム
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者 久保 幸夫 慶応義塾大学環境情報学部 教授(〜平成12年6月)
主たる研究参加者 三上 岳彦 * 東京都立大学大学院理学研究科 教授
柴崎 亮介 東京大学空間情報科学研究センター 教授
一之瀬 俊明 国立環境研究所 主任研究員
岡部 篤行 東京大学空間情報科学研究センター 教授
福井 弘道 慶応義塾大学総合政策学部 助教授
(*:研究成果のとりまとめについては三上岳彦が行い、事後評価を受けた。)
3.研究内容及び成果
 本研究は、都市における熱汚染の緩和を目的とし、都市熱環境、特に都市ヒートアイランド(UHI)の計測と制御に関するシステムの開発を目指したものである。
 ヒートアイランドの原因としては、人工排熱の増加と地表面被覆の人工化に加えて、緑地や水面の減少による蒸発散量の減少や、沿岸地帯の埋め立てによる海風侵入効果の低下など、いくつかの要因が複合している。しかも、こうしたヒートアイランド現象は、中高緯度に位置する欧米よりも、比較的低緯度に多くの都市があるアジアにおいて深刻な問題を生じている。しかし、アジアの諸都市におけるヒートアイランドの実態については不明な点が多く、その緩和策に関してもほとんど研究がなされていない。
 ヒートアイランドを緩和することは、温暖化の防止、エネルギー利用の削減、生活環境の改善などの意味からも有意義であるが、その実現は容易でない。具体的な方策としては、生活レベルでのエネルギー消費量抑制、都市構造の改良、産業の低エネルギー消費化と分散などが考えられるが、本研究では、土地利用を中心とする都市構造の改良によるヒートアイランドの緩和を目指した。
 研究のプロセスとしては、ヒートアイランドを中心とする都市熱環境の計測を行うとともに、それに大きく影響を与えている人工排熱と土地利用に関して計測・調査を行い、モデルを作成した。そして、都市計画的立場から、人工排熱源の移転再配置や気候緩和策(緑化など)について数値シミュレーションを行い、熱環境において負荷の低い構造をもつ都市へと誘導する方策の検討を行った。
 本研究を遂行するに当たり、下記の4つのテーマを設定し、4つのサブグループに分かれて研究を進めた。
テーマ1: グラウンドモニタリング(高密度地上観測網)によるUHI実態解明
テーマ2: 高精度衛星画像リモートセンシングによるUHI実態解明
テーマ3: モデル作成とUHI数値シミュレーション
テーマ4: 都市的土地利用制御によるUHI緩和計画
 その成果については、以下のようにまとめられる。
 東京首都圏に設置した120カ所の高密度気温観測データ(空間平均偏差)の補正値に主成分分析を適用して、上位2成分の固有ベクトル分布と成分スコアの日変化パターンを季節別に解析した結果、第1成分は寒候期(10〜3月)の夜間から早朝に最大となり、空間パターンから、人工排熱による典型的な都心部中心のヒートアイランドを示すのに対して、第2成分は暖候期(4〜9月)の午後から夕方に最大となり、空間パターンから明らかなように、海風の侵入にともなう高温域の内陸部への移動(移流効果)を示すことが明らかになった。すなわち、観測によって、このような詳細なヒートアイランドパターンの日変化が明らかになった。
 また、東京首都圏を対象に、夏季と冬季の典型日を選び、局地気象モデルを用いて、気温や風の場の再現と熱環境緩和効果を定量的に評価する数値シミュレーションを行った。その結果、夏季の場合、人工排熱の20%削減では、早朝の都心部で−0.22℃の気温低下が認められたが、日中はほとんど効果がないこと、そして都市部における緑地の10%増加で、日中の都心北部で−0.3℃以上の効果が認められた。さらに、都市部の建物屋上を緑化することで、都心北部では−1℃以上の気温低下が認められた。一方、東京湾の約半分を埋め立てて市街地化すると、海風の移流効果が減じて、都心部では日中の気温が2℃以上上昇する結果となった。埋め立て地をすべて緑化したとしても、1℃以上の気温上昇が認められた。
 上記のシミュレーションでは、緑化シナリオや屋上緑化シナリオにおいて、地表面パラメータの設定で土地利用データを用いたが、土地被覆別のパラメータを用いる方がより現実的である。そこで本研究では、試験的に衛星データから緑被率を算出して設定した地表面パラメータを用いて、夏季典型日の東京圏における気温と風の場を数値シミュレーションによって再現した。その結果、緑化によって都の北部で1〜2℃程度の気温低下効果が現れているが、都心から湾岸部ではほとんど変化のないことが明らかになった。
 都市内土地利用については、望ましい配置をエネルギー消費という観点から検討を行った。これまでの議論では現実の都市を対象にしたが、結果の一般化と言う点で仮想都市を想定し、その内部の土地利用配置から、一心型都市、四心型都市、十六心型都市、及び一心型空地混在都市の4つに、都市内の全メッシュですべての土地利用が均一に混在する「用途混在型都市」を加えた5つの土地利用配置に対して、局地気象モデルによる数値シミュレーションを行った。その結果、都市内エネルギー消費の観点からは用途混在型都市が最も望ましく、一心型空地混在都市、十六心型都市、四心型都市、一心型都市の順でエネルギー消費が増大することが明らかになった。また、都市内エネルギー消費と言う観点に立つと、都心の数だけでなく、公園緑地や運動場といった空地系土地利用の都市内配置も重要な要素であること、特に空地を都市内全域に均等に配置する方が、都市縁辺部に配置するよりも望ましいことが示された。
 街区スケールに関しては、熱帯地域のバンコクの中心地に対して、建物配置の効果を定量的に評価するシミュレーションを行った。得られる情報が限られているため、街区形状については現地の建物の形状を写真から判定して、一辺6 mの立方体のメッシュとして入力した。場の気象条件については、チュラロンコン大学における観測結果を用いた。バンコクの乾期には風向が一定しており、この風向に対する建物配置を仮想的に90度回転させた場合についてもシミュレーションを行った。その結果、現状ではこの街区では南南東の季節風が建物によって遮られて不快な環境が形成されているが、仮に建物の配置が90度回転していれば、街路上を風が吹き抜けることができて快適性が向上することが示された。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 本研究は、巨大都市である東京のヒートアイランドを対象とした現象論的な研究である。これらの首都圏の観測、分析は規模的に適切であった。
 同じく巨大都市である上海、バンコクなどについても観測を試みているが、これらの海外の大都市については、大きな空間的な広がりに対して観測がやや散漫となった。従って、これらの都市のヒートアイランド現象への詳細な取り組みは別の機会に委ねることとなった。
 観測に当って分散観測システムを作り上げた点、及び計測面において計測精度の向上が計られた点について、研究の成果が認められる。
 今後、数多く行なわれていると思われるヒートアイランド研究との比較検討が必要である。ローカル気候モデルの開発、使用についても、今後専門グループの協力を必要とするものと思われる。
 これらの研究成果は、論文発表として英文15件、和文18件、学会発表として国内学会30件、国際学会7件で報告された。ヒートアイランド現象は身近な問題だけに、新聞報道20件をみている。この面での実証ベースの知見の提供による貢献について社会貢献を認めることができる。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 1500万人近い人口を有する巨大都市のヒートアイランド現象について、データベースの研究を展開した点が評価できる。技術的なモデルとしては水準以上と評価できる。
 本研究は、東京においては皇居、新宿御苑、荒川などが、ヒートアイランド現象に対して大きな緩和の役割を果たしていることを明らかにした。また、仮に東京湾埋立を行った場合の冷却効果試算、水域の効果試算などの研究結果から、理工学的な観点からの提案がなされた。
 本研究で提案されたいくつかの緩和策は、新しい都市に対しては効果的であると思われるが、既存の都市に対してその緩和策のすべてを実行することには困難が伴うと思われる。ヒートアイランド現象が既存の都市集中の結果から生じたものであることから、それと逆行させることに等しい緩和策の実現には困難さを直感させる。
 したがって、ヒートアイランドに関する研究をいかに科学的並びに技術的なインパクトある結果に発展させ得るかという点について、今後のさらに総合的な検討を進める必要があると云える。
4−3.その他の特記事項
 国内と海外(バンコク)で各1回の国際研究集会を開催し、研究成果の中間報告とアジアの諸都市に共通するヒートアイランド緩和策に関する意見交換を行った。特にバンコクにおいては、チュラロンコン大学の全面的協力を得ている。

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