本研究は、体細胞分裂と減数分裂の過程でゲノムの安定保持に寄与する染色体と細胞核の機能構造を解明することを目的とする。この研究のための実験系として、体細胞分裂の研究には、主にヒト細胞を用いた。遺伝子破壊にはトリ培養細胞DT40を用いた。減数分裂の染色体構造の研究は、主に分裂酵母を用いて行ってきた。分裂酵母では、体細胞分裂から減数分裂に移行する過程で、染色体構造が劇的に変化することが知られており、分子遺伝学が容易であることから生殖分裂でのゲノム保持機構のモデル系として有用である。これらの細胞に対して、生細胞蛍光イメージング技術を用いて、セントロメアやテロメア、ヘテロクロマチン領域などの染色体構造の解析を行い、核膜や核内構造体などの他の細胞核構造との機能的連関を解析した。また、細胞核構造と遺伝子発現との連関を調べるためにGFP融合ゲノムライブラリーやDNAマイクロアレイを作製した。 |
平岡グループの研究は、やや多岐にわたっているが基本的には細胞分裂の過程におけるゲノムの安定に寄与する染色体と細胞核の機能構造の解明を目的としている。まず、染色体と細胞核構造の様々な条件における挙動を解析する為の技術的手段として、これらの機能に関係する蛋白質を蛍光標識し細胞内での局在を確認し解析を進めてきている。この方法を使うことにより、4種類の生体分子を蛍光で染め分け、その挙動を数日間に渡って追跡することが可能となった。また、タンパク質の細胞内での移動速度を計測する方法やタンパク質間の相互作用を画像化する方法も開発した。これらの細胞内でのタンパク質のダイナミックな相互作用を解析する手法と分子生物学的手法との併用により、ヒトおよび分裂酵母において細胞内核構造における様々なタンパク質の動態の解析を行ってきている。 |
平岡グループは、マルチカラー蛍光顕微鏡を用いてヒト細胞の細胞内周期における核構造のダイナミクスを解析した。この研究において核タンパク質染色体、核膜を各々の蛍光色素で染色し、マルチカラーによる連続観察を行い、さらに抗体染色による解析を行った。この結果、核膜孔複合体が段階的に再構成されていく過程が明らかになった。 そして、分裂酵母では体細胞分裂から減数分裂に移行する核内の染色体配置が劇的に変異することが見出された。この移行期において染色体はテロメアで束ねられ、テロメアが紡錘極体の近くに集合する。更にこのような構造変化は、分裂酵母のみならずヒトに共通する反応であることがわかった。また、減数分裂期におけるテロメアが束ねられる為に必要なタンパク質も同定された。様々の減数分裂突然変異株を用いてテロメアとセントロメアの配置も解析され、MAP kinaseの関与なども明らかになった。 一方、最初の提案にあった分裂酵母GFP融合ゲノムライブラリーの作製については、作られたライブラリーで分裂酵母細胞を形質転換し、得られた転換体を蛍光顕微鏡で観察し、各々のGFP融合体の細胞内局在を調べた。このうち 約800個の細胞内の特異的な構造を染色するクローンが見つかり、そのうち250個の遺伝子を同定した。 |
このように平岡グループは、ヒト・トリおよび分裂酵母において様々なゲノムの安定に寄与する細胞核構造の研究を行ってきたが、今後の研究はその成果を基に分裂酵母において体細胞分裂から減数分裂に移行する過程の染色体構造の変化のメカニズム及びそれに関する遺伝子を追求していくことが考えられる。これらの研究は、既に確立した生細胞蛍光イメージング技術を用いてセントロメア、テロメアの構造解析を行い、核構造とこれらの核膜や核内構造体などとの機能的連関を更に詳しく解析することが予想される。 |
平岡グループの戦略目標については次に述べるように当初の提案から大幅なテーマの変更があった為にその展望をいかにするのか議論すべきであろう。 |
平岡グループのゲノムの安定保持を保証する細胞核構造は、評価委員会においてかなりの議論を巻き起こした。その理由は、平岡グループが当初、申請時において提案した主プロジェクトから逸脱したともいえるプロジェクトを先行させ、本来のプロジェクトに関する成果の報告がほとんどみられなかったことによる。本CRESTの領域は「ゲノムの構造と機能」であり、当初の応募の際の要項にもあるようにゲノムの構造と機能を包括的に研究するか、或いは密接に関係した研究ということであり、平岡グループの申請時の酵母、ヒトなど幾つかのモデル生物におけるGFP融合遺伝子ライブラリーを用いた蛋白質の系統的、包括的細胞内3次元マッピングを行うことにより染色体構築に関与する遺伝子群を同定するという課題についての成果については殆んど報告されなかった。特に、当初の提案にかなりの部分を占めていたヒトのライブラリーについては今までそれについて報告すらない。これは一部の評価者が厳しく指摘したように「一旦採用されれば、あとはどのような研究であれ質の高いものを遂行すればいいのだ。」という研究代表者の姿勢に強い違和感を覚えたという意見に代表されよう。実際、プロジェクトの採択時には本プロジェクトの当初の申請時の計画に沿った論文が発表されてはいるが、その後は当初のプロジェクトに関する論文がほとんどみられない。このようなことから本研究テーマを誠実に実行されているとは思えないという批判が相次いだ。
一方、中間評価の段階における成果は、上述の点を除いてはかなりのレベルの高いものであり、それに限ればかなりの評価ができる。特に、減数分裂に係わる遺伝子の同定、変異株を用いて行われたセントロメア・テロメアの核内配置に関わる知見は興味深い内容である。 |