研究課題別中間評価結果

 
1. 研究課題名
アルツハイマー病における神経細胞死の解明
2. 研究代表者
井原 康夫 (東京大学 大学院医学系研究科 教授)
3. 研究の概要
 アルツハイマー病(AD)の病理学的特徴は、老人斑と神経原線維変化(PHF)である。老人斑は、アミロイド線維から成り、その主要成分は分子量約 4,000 のβ 蛋白質(Aβ)で、 PHFの主要成分は微小管結合 蛋白質の 1 つ、 τ、である。以上の二つの病変の時系列を決めるために、各年齢のダウン症候群患者の脳が分析され、現在β→・・→τ→神経細胞死という病理カスケードが信じられている。本研究の目的は、カスケードの最初期に位置する細胞外のAβ沈着の機序および カスケードの終わりに位置する細胞内 τ 沈着と神経細胞死の関係を解明することである。
4.中間評価結果
4−1. 研究の進捗状況と今後の見込み
 ADの病理カスケードの仮説に基づいて、AD 脳においてAβ40 が脳の髄膜および脳実質で増加していること、プレセニリン (PS) 2変異遺伝子トランスジェニック (TG) マウスにおける Aβ42の増加と低密度膜ドメインにおける濃縮、τ の遺伝子変異および post translational modification が 燐酸化や重合を促進して PHF 形成を増加させる機構などを解明しつつある。また、Aβとコレステロールの関連、さらにApo E4 機能障害の関与などAD 関連因子の詳細な検討が着実に進められている 。しかし Aβ40 の増加からτ蛋白の蓄積へのつながりや PS 遺伝子と神経原繊維変化と細胞死の関係はまだほとんど分っていない。
 研究の方向性は極めて明解であり、病理カスケードの仮説が支持されるデータを精力的に発表している。AD における PS 研究のブームが去って、τ蛋白について、重要性が再認識されるようになった。多数の剖検脳の検討から、遺伝子変異マウス脳の検討にいたるまで組織的に研究が進められている。これが手強い AD の病因解明の進め方であろう 。AD の分子機構は、国際的に極めて競争の激しい領域であり、PS TG マウスの作製とその解析データは高く評価できる。PS に相当する重要性のある新しい AD 関連遺伝子/蛋白質が発見できればさらに素晴らしいと思う。また、ApoE4 、動脈硬化などの危険因子、Aβ42 の蓄積などからAD 発症をある程度予測できる可能性がでてきたので、このような状況下で発症を遅らせることができれば、例え病気の本質が解決しなくても、実質的解決の一歩になるのではないか。
 研究代表者を中心グループとして、マウス遺伝子工学、PSや Aβの化学解析、モノクローナル抗体調製、ブレインバンクなど適切で必須の研究グループから構成されており、各グループの役割分担がうまく機能している 。また、高いレベルの論文が数多く発表されており、優れた研究協力者をまとめて日本のアルツハイマー研究の中心となっている。
4−2. 研究成果の現状と今後の見込み
 Aβ40 と Aβ42 の出現と年齢差、AD との関連に関する研究はユニークである。欲をいえば、PS やγセクレターゼのような AD の原因に直接につながる分子の発見が本研究ででてこないかと願う。剖検脳の検討をベースにした生化学的解析と動物モデル(PS TG マウス)による分子遺伝学的解析手法を組み合わせた信頼度の高い研究であり、科学的・技術的インパクトは高い。AD の病態は多くの因子(遺伝因子と環境因子)が関与しているが、中心となる分子病態を解明して予防・治療への手掛かりを得られないか。また、リスクファクターを詳細に検討することによって着実に病因に迫ることができると期待している。最も本質的な神経細胞死の原因を追及しているので最終的な成果に期待がかけられる。τの knock in マウスの研究にも期待する。
4−3.総合的評価
 ADのような国際的に競争の激しい分野で、trend に流されずに研究の第一線を確保するのは容易ではないが、日本を代表する研究チームとして期待したい。Aβ40 とAβ42 の比較は地味であるが着実な仕事である。またτ蛋白と AD の関連を見直す報告が出てきており、研究代表者のかつての研究の再評価として追い風を与えるものである。in vitro やモデル動物でのデータが、ヒトの AD 脳での病態と結びついて、分子病態のコンセプトが確立されることが期待される。

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