欧州研究者インタビュー

フランス エコール・ノルマル・シューペリウール(高等師範)カシャン校 副学長 中谷 圭太郎 教授
2015年9月15日


中谷 圭太郎 教授
- 中谷先生の研究分野について、概要とその魅力をご紹介いただけますか?

私の専門は光化学という研究分野で、その中でも光応答材料、特にフォトクロミズムをやっています。具体的にお話しすると、AとBという形の分子があり、最初はAという形の分子が光を当てることでBという形に変換され、色や電気化学系・光学系といったその他の物性が変わります。フォトクロムの特徴は、さらに物性がBからAに可逆的に戻ることができるということです。紫外線があたるとサングラスになるメガネはこの反応が基本原理になっています。この分野の基礎研究では、今までにない新しい分子をつくったり、新しい特性を持つ分子、新しい現象などを見つけたりしてその測定を行い、基礎的なことや反応原理を追求します。私たちの場合はその中でも特に、光・時間に対するAやBの物性の変化(例えば溶解度、色、発光)を研究しています。応用研究ではさらに、光変換による物性の恒常性や耐用性といったことなどが検討課題になります。

子供の頃から理系科目、中でも物理と化学が好きでした。私がやっている光化学はまさにその境目にあって、物理、化学両方のバックグラウンドから研究できる面白さがあります。新しい分子を作り、その特徴を測って、両方組み合わせて考えてまた新しいものを作るというやり方です。もう1つは、実験で予想される結果が出ないとき、なぜそうなったか、どうしたらうまくいくか、という発想の仕方があり、追求してそれがわかれば次のバージョンの予測ができる。そんなプロセスに魅力を感じます。

- これまで携わってこられた国際共同研究にはどのようなものがありますか?

光化学は日本が強い研究分野でもあり、昔のフランス人の上司や研究室の先輩なども皆、日本の研究者との長い研究交流がありました。フランスでは2000年頃から、フォトクロミズムの国内研究者ネットワークが出来ており、合成化学、物理化学、理論化学、分光など異なる分野の専門家が参加して定期会合や共同研究を行っていましたが、こうした長年にわたる日本との研究者交流が結実し、2006年に日仏の研究者で共同セミナーを行いました。2008年にはフランス国立科学研究センター(Centre national de la recherche scientifique:CNRS)の助成を受けてPhenics(PHoto-switchablE orgaNIC molecular systems & deviceS)という正式な国際ネットワークとなり、現在はロシアや中国、ドイツのグループが参加する国際研究者ネットワークに発展しています。多くの日本の研究者と、こうしたネットワークでの議論の機会を通じて交流が続いています。

- 長年フランスで研究されてきたご経験から、フランスにおける研究環境の特徴や日本との違いについてどう感じていますか?

私が博士号を取った1990年頃は、卒業してすぐにパーマネントポジションが取れるような時代で、その一昔前は 博士課程在学中から大学の助手(Assistant)やCNRSの研究アソシエーツ(Chargés de recherché)になる人もいました。しかし、その5年後にはポスドク経験がないとこうしたポジションに就くことが難しくなり、若手研究者を取り巻く状況は日本と似ているような気がします。

フランスの研究環境として特徴的なのは、研究機関(CNRSなど)と大学がタイアップし、UMR(Unité mixte de recherche)というユニット型の研究室で共同研究が行われていることです。場合によっては複数の大学と研究機関がタイアップし、研究予算、研究者や技官、アドミニストレーションといった人事を双方から出し合い研究を行うというシステムです。1990年代のUMR発足以前から、その前身にあたるURAとしてこのような共同研究システムが存在しており、長い歴史があります。エコール・ノルマル・シューペリウール カシャン校(ENS Cachan)には現在、13の研究室がありますが、このうち11がCNRS とのUMRです。フランスでは、CNRSが担当する研究ユニットの多くはUMRとして高等教育機関との共同研究を行っています。

通常、一つのUMRには何人かの教授がおり、日本の講座制とは違いますね。また、フランスでは修士課程2年の後期、本格的には博士課程になってから研究室で研究を開始します。日本の場合は修士学生になれば研究室の一員として朝から夜まで研究に取り組んでいるのではと思います。フランス人に聞くと、日本のように修士学生を早い時期から研究室に入れたいという声も聞かれます。

一方、フランスの修士課程1年生には、多くの場合、研究室で3~4ヶ月間、研究を行う研修が義務付けられています。必ずしも所属大学の研究室で研修を行うわけではなく、最近は外国の大学に行く学生が増えています。自分の所属大学ではない大学や研究機関で研究できる点は一つの良い点で、研修で刺激を受けて帰ってくる学生もいます。ENS Cachanでは、多くの学科で外国の大学や研究機関での研究をカリキュラムに入れており、学科によって違いはありますが修士学生の約7割がその後、博士課程に進みます。

- 大学など高等教育機関における研究体制について、ENS Cachanの取組みからお気付きの点をお聞かせください。

ENS Cachan校は、パリサクレー大学連盟(Université Paris-Saclay)のメンバーとして、2018年に校舎をサクレー地域に移転させる計画を目下進めています。2015年1月にはパリ第11大学(Université de Paris-Sud)、エコールポリテクニーク(École Polytechnique)などあわせて19の大学、エコール、研究機関と共に、連盟を正式に発足させ、修士課程の相互乗り入れや連盟としての博士号授与といった制度ができました。連盟を作る前から前身にあたる連携母体がありましたが、パリサクレーという考え方でIDEX(イニシアチブエクセレンス)やLABEX(優れた研究室)という大型の研究費も獲得しました。フランスでは政策的背景や、大学間・研究機関間の関係を深めようという動きもあり、こうした連盟が全国様々なところに出来ています。

また、2005年にフランス国立研究機構(Agence Nationale de la Recherche:ANR)が設置され、競争的資金の割合が急激に増え、予算の獲得や運営に関わる大学に求められる今までのニーズ、将来のニーズが変わってきています。研究者からは反対、賛成両方の意見がありますが、ANR内のバランスが重要ではと思います。 こうした状況に対応できるよう研究支援側の体制を変えようとしています。日本との間で、研究者だけでなく事務方との交流や意見交換の機会があると良いと思います。