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ヘルスセキュリティ

ヘルスケア×ビッグデータの最新動向のアップデート

小谷:皆さま、こんにちは。『日経デジタルヘルス』の小谷と申します。
今回のテーマは超ビッグデータということですので、われわれメディアのほうで追い掛けている「ヘルスケア×ビッグデータの最新動向のアップデート」という話を、10分ほどさせていただきたいと思っています。
まず、そもそも医療ビッグデータというキーワードのかいわいで、今何が起きているかということです。

医療ビッグデータと人工知能、ゲノム情報、公的データ

小谷:一つは人工知能の話です。1カ月前ぐらいに、60代女性の白血病のタイプを人工知能が見抜いたというニュースがNHKをはじめとしていろいろなメディアで流されたことを、恐らく聞かれたのではないかと思います。東大医科研とIBMのWatsonのプロジェクトによってこういった成果が出てきたわけです。この記事のタイトルにもあるように、「積み上げれば成層圏超えの医学論文」というのはイメージが付かないですけれども、膨大なデータをWatsonに勉強させて、その結果こういったアウトプットが出てきたという話があったわけです。
他にもその背景として、一つ大きいのがゲノム情報です。これが非常に膨大な数を習得できるようになってきたという話です。2003年、全ゲノム解析プロジェクトが13年30億ドルという、非常に膨大な時間とお金が掛かったわけですけれども、それが今や1,000ドルで、さらには100ドル、数時間での解析というところを目指すような技術も出てきているわけです。こういった、ごく短時間、かつ低コストで、膨大なデータを習得できるようなテクノロジーがどんどん出てきています。かつ、それを日常診療に提供しようという形のクリニカルシーケンスといわれているような動きがあります。記事では国がんを例に書いていますけれども、こういった動きがあり、われわれにとって非常に身近な所でデータを使った医療というものが来ているわけです。
先ほどからいろいろと話にも出ているNDB・ナショナルデータベース、あとはDPC、こういったデータが医療ビッグデータの本丸、一つの公的データの本丸かもしれません。こういったデータの活用も進んでいて、ついに先週末、横浜市がこのナショナルデータベースを政策に活用するというようなニュースも出てきたわけです。このナショナルデータベースも適用範囲がこれまで非常に限られていたのですけれども、その範囲が広がる中でいろいろと活用の幅が広がってきているというのが現状です。
さらには、これは先週のニュースですけれども、医療ビッグデータがそれ以外の業種に活用されてきました。第一生命と日立が生保に医療ビッグデータを活用したプランを提供するというニュースが出てきました。あとは企業経営です。健康経営やデータヘルスという文脈の中で、このビッグデータというものを活用して企業の経営に生かそうというような動きが出てきているわけです。
こういった中で、今はマクロな視点で医療・ヘルスケアというところのパラダイムシフトのお話をしたいです。大きく分けると、先ほど来、出てきているある種の社会課題を解決しないといけないということが、きっかけになっていると思います。その社会課題を解決するために、新しい医療というものをつくらないといけないということです。そこに何らかのテクノロジーで下支えしていきながら、新しい医療システムを作るというところが、今求められていることです。
では、このテクノロジーの下支えによってできる新しい医療システムは何かというと、いろいろな見方があるかと思うのですが、一つ端的に言ってしまうと、時間と空間の分解能を高めるということなのではないかと思っています。これまでの医療というと、非日常で画一的であったものを、より時間的にも細かく、空間的にも細かくしていくということが、今日の超ビッグデータもそうですけれども、いろいろなテクノロジーの下支えによって起きてくるというのが大きなトレンドの変化かなと思っています。
一方で、先ほど永井先生から、電子カルテがばらばらであるという話がありました。例えば、電子カルテが情報のごみ箱だというような発言も結構いろいろあります。言葉としては、レセプトを請求するためのレセプト病名のようなものが書かれているということもあります。あるいは、そもそも記入するフォーマットが医師・看護師でばらばらだということも含めて、情報のごみ箱といわれることもあります。もう一つ重要なことは、この電子カルテという情報が、先ほど来キーワードとして出ている連続データになっていないということなのではないかと思っています。
例えば信号です。ある信号をある時間分解能で見たときに、赤しか見えていないという信号になったときに、これは赤しか出ない信号だとなってしまいます。しかしこの信号は、実際には間に青が出ているわけです。それと同じこと医療の世界でも言えて、赤に相当する病気のときに、病院のデータがたまっていっているという状態です。この人のデータは、病気のデータしか持っていないというのが、今のデータの正体だと思っています。この隙間をどんどん埋めていくという作業が必要です。それが、われわれがソーシャルホスピタルという文脈で提唱しているもので、社会全体を病院にしてしまおうというような話なのかなと思っています。

ポケットドクターとヘルスセキュリティ

小谷:これまでの病院を中心とした医療から、どんどんソーシャルホスピタルの世界に移行し、社会全体の中でいかにいろいろなデータを取って処理をしていくかということを、やっていくことが必要です。実際にソーシャルホスピタルの世界の中で、個別の場面を見ていって、何が起きているかということです。これは私が2010年ぐらいからずっと言ってきているポケットドクターという概念です。ソーシャルホスピタルのそれぞれの場面をクローズアップすると、要はあたかもポケットドクターという小さいお医者さんが、それぞれの生活の場面に寄り添って、リアルタイムにアドバイスをくれて、適切な処置をしてくれるという世界が、今日のキーワードのヘルスセキュリティというところの一つの姿なのではないかなと、私なりの解釈ですが思っているわけです。
では、このポケットドクターというものは、本当に実現するのかという話になるわけです。医学界のオリンピックといわれ、4年に1回開催される医学会総会が、去年京都で開催されました。実はこの医学会総会の中で、われわれ『日経デジタルヘルス』と京都大学病院の先生とコラボをしまして、こういった未来像というものをパネル展示しました。加えて冊子を作って、予測をしてみようという企画をやりました。この中で示したのが、情報化医療の未来ということで、2030年へのシナリオです。要は、ポケットドクターというものは本当に実現するかという話です。
個別に見ていきます。2020年は目の前に見えている近未来ということです。例えば、いながら医療ということで、いわゆる遠隔診療的な話は、ここ数年でかなり出てきています。特に去年、厚生労働省の遠隔診療に関するガイドラインが、要件の見直しということを受けて、いろいろなベンチャー企業が遠隔診療サービスというものを提供し始めています。単にスマホを使って簡単なデータを見るだけではなくて、一方では多くの記事にあるように、循環器の先生もかなりクリティカルな情報に対する遠隔モニタリングのようなものも始めているわけです。
守護霊サービス、少し言葉が悪いですけれども、守護霊のように見守ってくれるテクノロジーです。ここに挙げているものは一例ですけれども、例えばNTTが東レと組んでやっているhitoe(生体情報検知機能素材)を用いたサービスです。服でいろいろな生体情報を図るというものです。もともとはフィットネス的なものに生かそうという話で進んでいましたけれども、つい先日開催されたホスピタルショウでは、これを心疾患にも生かそうという形になっていました。先ほど永井先生の話にもありましたような心疾患系です。少しクリティカルなほうにも守護霊サービスを生かそうというテクノロジーの動きが出てきています。一方で車です。虚血性心疾患による車の事故が、この1~2年何回かありましたけれども、こういったものを予見して回避しようというようなテクノロジーも出てきているわけです。
もう一つが医師の知恵袋という形です。これは冒頭でご紹介したWatsonも、その一つなのかもしれません。要はいろいろなデータを解析して、医師の診断を支援するというサービスです。永井先生の自治医大さんがやられているプロジェクトでも、ホワイト・ジャックという人工知能診断支援システムがあります。こういったテクノロジーが、この1~2年、すごい勢いで出てきたのです。

「不都合な未来」

小谷:こういった3つのテクノロジーは、2020年、もう目の前に見えている世界だということかと思います。では、この2020年の目の前に見えている世界が、このまま順調にポケットドクターという形で社会実装されていくのかというと、それではないという議論を、この医学会総会でしたのです。2025年、不都合な未来が起きてしまうという話なのです。これは京都大学の黒田先生と一緒に、YouTubeの企画協力をしました。ご興味がある方はYouTubeで「不都合な未来」と検索していただけると、この映像が見られます。何を言っているかというと、医師は怒られる、読まされる、という映像になっているわけです。要は情報爆発の世界になるわけです。
先ほどのような、いながらサービス、医師の知恵袋、守護霊サービス、ゲノムもそうですが、とにかく情報の大洪水なのです。その中で医師は仕事をしなければいけなくなります。医療を提供しなければいけなくなります。医師が常にそのデータを本当に読めるのか、あるいは、それで患者に対応できるのかという話が課題としてあるということを医学会総会で展示したのです。その一つの背景として、医師法17条というものがあります。「医師でなければ、医業をなしてはならない」という話があります。要は、そのデータを見て何かのアクションするのは、医師でなければいけないとすると、医師はもうブラック仕様となっていくわけです。情報の洪水の中に、あらゆるデータが集まってくる世界で、それに対応するのは医師だけということにはなれません。こういった世界はテクノロジー的には見えていますが、実装する上で本当に大丈夫なのかということを提示したわけです。
2030年のシナリオとして「不都合な未来」が起きるということで、実際に法規制の問題も含めて、他にも医師とテクノロジーの役割分担を明確することや、あるいは慢性疾患と急性疾患のディジーズマイレージ(Disease Mileage)という言葉を使ったのですが、距離の最適化はどうするかという議論です。こういったことをきちっと乗り越えていった先に、恐らく2030年、情報化医療の未来、ポケットドクターの世界が来るのではないかという議論をさせていただきました。
2030年の世界の概念図を、この絵で示しました。先ほどのソーシャルホスピタルという世界の上に、ポケットドクターとともにいろいろな医療従事者、あるいはその他の関係者を巻き込んだサービスが提供されているわけです。今日のプロジェクトで議論されているのは、恐らくポケットドクターの裏にあるデータベースのところです。このデータベースというものをいかに高速化して、連携させて、より社会に還元させていくかということをやっているのだと思います。重要なことは、そのさらに上のアプリケーションというところに立ちはだかっている課題や連携です。そういったところを含めて、この表裏というところを実現すると、恐らく2030年、このプロジェクトの一つのゴールでもあるヘルスセキュリティというものに近づくのではないかと思っています。
これはあくまでも、メディア側の私の視点でプレゼンさせていただきました。この話が皮切りにはならないかもしれませんけれども、望月さん、その後の議論を進めていただけばと思っています。よろしくお願いします。
望月:小谷さん、ありがとうございました。今、『日経デジタルヘルス』の小谷のほうから、簡単なプレゼンテーションをさせていただきました。ビッグデータに対する期待はあるものの、課題もきちんと明確にしていかないと、社会課題の解決と言いながら、それ自体が大きな課題にぶち当たってしまうというような話であります。
永井先生、実際に今の話を受けて、公的データをしっかりと社会課題の解決に使っていこうとしたときに、どのようなことが考えられますか。

公的データをしっかりと社会課題の解決に使っていくには

永井 良三 学長(自治医科大学)写真 永井:データの活用には、少なくとも2通りあります。
一つは、ご紹介があったように、よりきめ細かいサービスやケアに活用することです。家庭にいらっしゃる患者さんについて、病院や診療所では目が届いていないところを、どのようにカバーしていくかという場合です。症例数(N)は少なくても、一人一人がビッグデータを抱えており、医療に活用することができます。
もう一つ、私の講演の中で強調しましたように、長期の経過から判断する場合です。患者さんを長期の経過の中で見る場合は、意外とどうしてよいか分からないことが多いのです。実感では分からない世界だからです。例えば、コレステロールに関してはスタチンという薬があります。スタチンを内服していると心臓の発作、心筋梗塞が減ったという統計はありますけれども、実感では分かりません。それは、年間1,000人中(心臓の発作、心筋梗塞が起きる)30人が25人になる程度だからです。そういう重大な病気ですが、頻度が低い場合にどうするかという判断です。その根拠を得るには、一人一人のデータは少なくても、時系列化されたNがたくさん必要です。この2つの面から、このデータが活用されると思います。
医療が最終的に目指すのは、単に検査値が良くなったとか、悪くなったというだけではなくて、今日お話ししたような人間を待ち受ける重大な病気の予防や救命です。生命やQOLに関わる問題をどうやって防ぐかということです。そのためにICTが活用されると思います。いずれは今日少し触れたAIも活用されると思います。そのためにも、大量の時系列化された精緻なデータベースが必要となります。そういう時代が必ずやってきますので、医療データのあり方も今から考えておく必要があります。
望月:ありがとうございます。小谷のほうからは、ソーシャルホスピタルという形で、町全体で患者もしくは人を見ていこうというような形で、病院のデータだけではなくて、さらに普段のデータも集めてということでお話をさせていただきました。永井先生の方から、谷に1回落ちても、その後次の谷に落ちないようにするためというような考え方、時系列のデータとしてという流れの中で、先ほどの小谷の話などは位置付けられるでしょうか。
永井:頻度の低い重大な病気への取り組みとして重要です。ただ、1つの町では重大な病気はそれほど頻度が高くありません。複数の町、隣の県、全国ということになると、データをどう活用するのか、2次利用をどうするのかということが、個人情報の観点から重要な問題になります。そこをどう乗り越えるかを、社会と一緒に考える必要があります。
望月:なるほど。分かりました。ありがとうございます。1つの町だけでも結構なデータになると思いますけれども、それだけでは足りないということで、相当量の多いデータを扱っていくわけです。喜連川先生、今のように超巨大なビッグデータを扱っていくというお話になったときに、ヘルスセキュリティを実現するための具体的なビッグデータソリューションという考え方でお話しいただけますか。

ヘルスセキュリティを実現するための具体的なビッグデータソリューション

喜連川 優 教授(東京大学 生産技術研究所)写真 喜連川: とても長いスパンで物事を見るということそのものが、これまでそれほどなされていなかったのではないかというふうに感じます。そういう意味で、非常に大きなチャレンジを健康という切り口だけでもなく、いろいろな分野でこういうものが出てきていると思います。例えば、大きなプラントのようなものですと、やはり20年、30年ぐらい動かすということが当たり前です。皆さんは病気が一番大変だと思っておられるかもしれないですけれども、病気にならないということよりも、自分が何をするかということのほうがはるかに重要なのです。活き活きとした人生をどうやって過ごしていくのか。これは教育に関わることです。
例えば、東京大学で卒業した学生が何をしているのか、ほとんど何も補足されていないです。ですから、永井先生の医療をしてどう延命したかと同じぐらい、東大で教育してそれが役に立っているのかどうかということが、何も分かっていないのです。これは個人情報だからうんぬんという話ではありますけれども、国民からとってみるとそこが本質的に欲しくて、100年の歴史がある大学に入れたからといって価値があるわけではないのです。自分の子どもが一体どんなふうに活き活きと生活できるのかということを、過去研究できたかというと、そんなことはまずないのです。
そういう意味で、ITがうんぬんということに対しては、非常に大きなチャレンジです。長いスパンでビヘイビア(behavior:行動)を見られるようになってくる、あるいはビヘイビアを見ようという動機付けが出てきたのが非常に最近になってからで、それに必要となるテクノロジーをこれからどんどんつくり出していかなければいけません。これでお答えになっているかとうか分からないのですが、ポイントは、時代がすごく変化していくということなのです。
例えば30年の世界というのは、ITで言いますとあまりに長い世界になってまいります。30年間というのは、ITでは100万倍に変化する時間なのです。1年半で倍になりますから、1.5で割ると20です。2の20乗が100万です。30年前に何かしろと言われていても想像もつかない時代が、今のわれわれです。こういう劇的な変化を周りもしている中で、個がどう変化しているかということを見なければいけません。これはものすごく大きなチャレンジで、このImPACTとしては、そういうものに向かっていくという意味では、非常にエキサイティングではないかと思っております。
望月:なるほど。確かに30年が非常に長いということを実感するのは、10年前にスマホがこれだけというような話は、たかだか10年前ですけれども、なかなか分からなかったということがあります。おっしゃるように、長いスパンというのがものすごい大きなチャレンジということは分かります。ImPACTのプロジェクトの中で、今のような人生をきちんと時系列で見ていくということは、超巨大な、呆然とするようなチャレンジになってくるのかなというふうに思います。そうは言ってもテクノロジーは日々進化させなくてはいけなくて、超ビッグデータのプラットフォームとして、エンジンとしては、ここに対してどのように対応して行こうとされていますか。
喜連川: テクノロジーも多分、先ほど申し上げましたように、どんどん劇的に変化していきます。私どもが今このような形だろうなと思っていたものが、先ほどおっしゃられました10年スパンで見ますと、10年後そのままになっているかというと、多分全然違うものになってしまわざるを得ないと思います。
一つは、永井先生がおっしゃいましたように、いろいろな所のデータをどうフューズしていくか、どう統合していくかということです。例えば、企業と企業が合併しても、ITシステムのそりがよくならないというようなことと同じような問題が、この健康の分野でも出てくるわけです。健康の分野で一番重要なものは、データのクレディビリティー(credibility:信憑性)です。センサのデータの場合、少し間違っていても何とかなります。この後、早川さんの講演に対する質問があるので、弁当が違う物になると大変かもしれないですが、弁当と人間の命では、人間の命のほうがひょっとすると大切でしょう。そういう意味で言うと、そこに対して二重、三重のトリプルチェックといいますか、非常にガードの高いプロテクションを掛けながら、接続・結合していく必要があります。こういうところが、今後非常に重要なコアになる部分ではないかと思います。
冒頭申し上げましたように、エクサバイト(Exabyte:10の18乗)を超えるようなデータになってきたときに、われわれはやはりそこをハンドルするメカニズムがまだよく分からないのです。ITシステムの中で、今まではCPU・サーバーが全てだと思っていたわけですけれども、主体がデータに移るという時代の中のテクノロジーを、われわれとしては是非つくっていきたいと思っています。
望月:どうもありがとうございます。データをどう集めるか、長期スパンにわたってどういうふうに集めていくかというところも含めて、原田先生の方からお願いします。

長期にわたってのビッグデータ

原田 博司 教授(京都大学 工学部)写真 原田:先ほどのソーシャルホスピタルの理想はよく分かります。現実問題は、伝送の観点からなかなか難しいと思っています。われわれは一生懸命にシステムを作ります。データを送るためのシステムを作って、医療情報をお医者さんのデータベースに向かって送るということは、今までもやっているのです。2000年初頭に行ったプロジェクトでは救急車の中で測定された患者のエコーの情報と心電図の情報を、全部病院に送るというものをやりました。横須賀から横浜まで路側にいっぱい無線機を付けて、そこに救急車を走らせて、病院にデータを送付しながら患者様を病院まで送るということをやったのです。実際に伝送はできました。しかし、一番大きな問題は、お医者さんにそんな大量のデータを見る時間がないということです。結局、一生懸命送っても見ることができないのです。
もともと、このプロジェクトをスタートした一つのポイントもあるのですけれども、やはりデータを送るだけではなくて、加工もセットにして考えないと、多分、特に臨床をやられている先生はほとんど利活用する時間がないのではないかと思います。ソーシャルホスピタルなど、いろいろな絵は出てくるのですが、医療系の人の話の中には伝送系の話はないし、伝送系の話の中には医療系の話、現実問題としてのユーザーの気持ちが全然入っていません。技術的にはほとんどできると思いますが今後このあたりはしっかり検討すべきだと思います。
先ほどおっしゃられたデータの高速の認証が必要、三重のトリプルの認証が必要だということに関しては、伝送系では意外とやっています。どこかというとETCです。ETCでやっかいなのは、首都高に入るときには入り口で料金を収集するので、クレジットカードの認証情報も全部交わさないといけないのです。皆さんがご存じかどうか分かりませんが、高速の時速二百数十kmまで通信できるように当時は計算はしていました。しかし、絶対にそれで通ったらまずいです。ゲートをはねてしまいますので駄目なのですが、一応仕様上はそういうふうに作ってあるのです。つまり技術はあるけどれども、実際にシステムとして仕立て上げる側はちゃんと成熟しているかというところが重要だと、私は思っています。
望月:ありがとうございます。今、データは集まるし、解析も処理エンジンは高まっていくでしょうが、医者にそういうデータを見ている時間がないというようなお話でした。永井先生は、そこをどういうふうに感じられますか。
永井:研究者として見る場合と、現場で患者さんを前にして見る場合で、状況は違います。研究者であれば、データが多ければ多いように思うかもしれませんが、現場の感覚としては、多少は編集されていて、特徴的で有用な情報が必要です。また決定的でなくても可能性を示してくれる支援システムが求められています。恐らくそこに人工知能の出番があるように思います。
望月:なるほど。支援システムは、今回の中ではスコープに入っているのですか。
永井:そこまでは今回含めておりません。今は、ビッグデータをどう集めて、どう処理するかということが重要です。現在の電子カルテではとても使えません。それよりは、現在、すでに整理されている既存の情報、これから統一フォーマットで集めることのできる新しい情報をしっかりデータベース化・構造化し、分析するソフトを開発するのがよいと思います。そのうえでAIの開発に進むと思います。
望月:そういうことですね。なるほど、分かりました。今、医療系のお話をさせていただきましたけれども、早川さんはどういうふうに受け止めていらっしゃいますか。
早川 孝之 統轄(三菱電機 情報技術総合研究所) 早川:医療の話は長期的な視点に立っているのですが、われわれのものづくり、特にセキュリティは非常に短期なところがあります。短期というのは、怒りやすいということではないです。もちろん、時間が短いということです。そこが大きく違う点かなというふうに思いました。そういう意味では、長期的なところはなかなか結果・結論が見にくいです。それに挑むところが大きなチャレンジだと思います。われわれの短期的なところは、多分すぐ結果が見えるので、プロジェクトの性質が違うのかなというふうに考えています。
お弁当について、喜連川先生から少しご指摘がありました。確かにお弁当の中のかまぼこを他の物に替えられてしまって、それを配ったら重大事故が起こるかというと、多分ほとんど何も起こらない可能性はあります。しかし、中にはいわゆるアレルギーを持っておられる方もいます。最近は給食の現場でも非常に注意されています。特に子どもがアレルギーのある物を食べて重症な病気になったという話もあります。今後はそういうことも、お弁当の世界では注意しなければいけないことかなと思います。今はお弁当を受け取って、食べる人・ユーザーが全部はねていると思います。今後はそこまでサービスをしますと言ったときに、そういうことも非常に注意するべきことだというふうに思っております。
これはお弁当を例に取っておりますけれども、われわれはマスカスタム生産をやる、つながる工場の中で、特にセキュリティで非常に使っています。セキュリティを守る側も進化するのですけれども、攻撃する側も多分どんどん進化してくるだろうということです。今までとは少し違うやり方、巧妙な手口になるだろうと思います。特に、攻撃されていることが分からないように攻撃するということが、将来の攻撃の一つの手口であるというふうに思っております。ラインも普通に動いていて、何の異常もないのだけれども、実はどこかが違うことになっているということです。工場が止まってしまったりすると一目瞭然なのですが、何も知らず違う物をどんどん生産していくのではないかなというところを、非常に懸念しています。今回のImPACTのプロジェクトの中では、そこまで少し考慮したセキュリティ、攻撃の検知方式というものをやっていこうと思っています。
望月:分かりました。ファクトリー系の話は、またこの後やらせていただきます。すいません、よく分からなくなってしまいました。ヘルスケア系、医療系のほうで、プロジェクトとして非常に多くのデータを集めて、処理して、谷に落ちないようにしていこうというコンセプト自体は非常に分かりやすいのですけれども、他にいろいろなプロジェクトがありますよね。政府系もそうですし、海外もそうです。このImPACTのプロジェクトの一番のポイントは、どういうところになってくるのですか。

時系列を意識したビッグデータ

永井:今回のヘルスケアプロジェクトでは、時系列データを意識しています。ビッグデータの解析、例えばレセプトデータ、DPC(Diagnosis Procedure Combination:診断群分類別包括評価)データ、あるいは外科学会が行っているNational Clinical Database、は基本的には断面的なデータです。外科の場合には手術の結果が含まれていますが、あくまでも入院中に限られています。外科手術が長期的に成功したか、内科治療と比べてどうかということは、全くわかりません。これはNational Clinical Databaseだけでなく、DPCデータも同様です。
われわれは、今回の研究を一つのきっかけにして、時系列データの重要性にもっと目を向けていこうと思います。そういう中で、頻度の低い、重大な病気を、どの程度予測できるのかにチャレンジしようと思います。
望月:分かりました。
小谷:時系列について、National Clinical DatabaseやDPCといったデータも軸にビッグデータ解析をするという話がありました。やはり人の一生の時系列を作るときに、最近いろいろな方々もおっしゃっていますけれども、特に胎生期、幼少期のデータでも将来の病気との因果関係が見つかってきているそうです。母子手帳にあるデータ、学校のときに健診を受けたデータ、職場で健診を受けるデータが、そもそもつながっていません。そういったものを多分全て一元化していくようなプラットフォームというものも、求められていると思います。今回はそこまで踏み込むということになりますか。
永井:成人の多くの病気は環境要因、とくに生活習慣などが影響するわけですから、あまり前に戻ってしまうと、検証が難しくなります。ですから、まずはハイリスクで、数年内に重大な事象の起こりうる人を対象にしませんと、実は科学的評価ができないということもありえます。本日お話ししたように、ある年齢を過ぎると、いろいろな山あり谷ありなのです。そこに焦点を当てて分析したほうが賢明なのではないかと思います。
原田:今の議論で、最初に私がPMとして永井先生のお話に共感したところが一つあります。いつも同じ話をするので申し訳ないです。ちょうどこのプロジェクトをつくるときに、私の父親が亡くなってしまったのです。最初は脳梗塞で倒れて、その後1回治って、在宅になって、またもう一回脳梗塞になって、3回ぐらい谷があって、最後は亡くなったのです。約13年間寝たきりになりました。後々、医療費を見てみました。そうすると、それは3割負担だとすると、3分の10にすればいいのかなと思って計算すると、数千万円を1人で使ってしまっているのです。入院もかなり長い間でした。
結局、先ほど永井先生がおっしゃられたように、最初の健康な時期をいくら見ても、本当に医療費を沢山使っているのかなとも思ったのです。一番使っているのは、実は谷に落ちてからで、先ほどの谷・山・谷・山の所で、ものすごく使っているような気がしました。永井先生は、さすがにきっちりと病院をいろいろ見られていただけあって、マクロな視点が素晴らしいと思っていたのです。
永井:ご両親や祖父・祖母の方を見ておられれば、私の示したグラフの意味が身につまされると思います。一つの病気をすれば、次の何か基盤になります。救命率が改善したといっても、重大な病気は避けるに越したことはありません。そのためにどうするかということです。それが一つの視点です。
もう一つは、高齢社会で病気になるのは、人間だけではないということです。社会保障体制の継続という問題があります。統計的に有意差があれれば、医療現場で良かれと思うことをどんどん積み上げてよいわけではありません。医療資源に限りがあるからです。また、統計的に有意差があるということと、臨床的に意味があるということは、決してイコールではないわけです。そこをどういうふうに整理して日本の優れた医療体制を維持するかという問題です。しかも、市場原理でもなく社会主義でもない国で、もっともそこに日本独自の良さがあるのですけれども、複雑な問題を皆が納得するまで話し合うにはどうしてもデータが必要です。そこで今回ミクロからマクロまでということを全体のテーマにしました。
望月:どうもありがとうございます。またこの後、ファクトリー編のほうに入って、その後総括のところでヘルスケア系の話もさせていただきます。まずはいったんヘルスケア編のほうを、ここで仮締めとさせていただいて、次にファクトリー編のほうに入っていきたいというふうに思います。