特集集成と未來

良縁が紡ぎ出すネーミングライツのメリット
東京海洋大学×ワールドマリン株式会社

2023年3月15日

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2019年12月に東京海洋大学で導入した施設命名権(ネーミングライツ)制度。取材を重ねると見えてきた「狭く深いつながり」が、磨けば光る原石のように感じられる。普段何気なく利用している施設も良縁で様々なメリットを共有できそうな予感がする。

月島、築地、銀座方面を背景に国の重要文化財「明治丸」と海事史を展示する「百周年記念資料館」

国立大学、大学共同利用機関、国立高専などの「国立大学等」は、人材や資金、情報と同様に施設も研究活動に不可欠な経営資源の一つだ。余裕のない国の財政状況下で、質の高い教育研究活動の確保やアカデミックプランを実現する上で施設も戦略的マネジメントが求められる。施設側から見るとネーミングライツは、高額な投資が不要で比較的容易に取り組めることから大学でも普及してきた。

東京海洋大学でも、教育研究環境の向上や新たな財源の獲得を図るために、施設命名権(ネーミングライツ)制度を2019年12月に導入。その第一弾として、海洋工学部の学生や教職員など年間で延べ4万7000人ほどが利用する越中島キャンパスにある大学食堂「マリン・カフェ」のネーミングライツ公募を行った結果、外航船の船員配乗や船舶管理を行うワールドマリン株式会社(東京都品川区)が、2020年2月~2023年3月までネーミングライツ・パートナーとして決定し「WORLD MARINE café(ワールドマリン カフェ)」となった(2023年4月以降もネーミングライツ・パートナーの契約継続が決定)。

東京海洋大学は2003年に、東京商船大学と東京水産大学が統合し設立された国内唯一の海洋系大学で、海洋に特化した大学だ。一方、ワールドマリン社は、船舶の安全運航や船質の維持など、優秀な海技スペシャリストが必要とされる事業を主体とし、国内外を問わず海技人材の育成に注力する企業なので相性抜群の良縁のようだ。

ネーミングライツの中身は、食堂入口のドアや窓に「ワールドマリン カフェ」のサインを掲示し、食堂内には企業紹介ボードを設置しているが、単純なプロモーションだけでなく、業界特有の狭くて深い関係性で海運業界の課題解決の可能性も見えてくる。

そこで、庄司るり東京海洋大学理事・副学長と杉本和重ワールドマリン株式会社取締役に、ワールドマリン カフェにお越しいただき話を伺った。

編集長 産学連携と広報活動の関係性についてお聞かせください。

庄司 東京海洋大学では産学・地域連携と呼んでいまして、それぞれ本学の教員が個人的な研究内容に関連した企業とのつながりがあり、そこから広がっていくのがこれまでの産学連携のやり方でした。しかし企業の方も教員のことを知らない、教員も社会のニーズが分からないといったところも少なからず存在します。あるいは、自分のシーズが、ニーズに合うかどうかも分からないこともあります。その課題をマッチングする機会を作ることができるという意味で、大学として広報していきます。また外部に対し広報することはもちろんですが、学内で企業を学生に対し広報していくこともあります。

庄司るり 理事・東京海洋大学副学長

編集長 ワールドマリン株式会社はどんな企業ですか? 一般の方にも分かりやすく教えてください。

杉本 当社は外航貨物船に乗船する外国人船員の派遣と、条約に基づき船舶のハードとソフトをマネジメントする船舶管理業を生業としており、現在、国内外の船主向け約100隻の外航貨物船に約2,500名の外国人船員を派遣しています。私たちの仕事の市場規模は国内で約2,500隻、世界の市場規模は約三万隻程度になろうかと思います。海上で働く船員のうち、船長、機関長、航海士、機関士などの船舶職員や、陸上で船員の配乗管理を行う担当者、船舶管理業における海務監督、工務監督は基本的に、いわゆる海技者と呼ばれる海技士国家資格の所有者で、日本の場合にはそのほとんどが、東京海洋大学、神戸大学海事科学部や全国に五校ある商船高専の卒業生ですので海運業界と海洋大学は非常に密接な関係にありますし、このネーミングライツは非常に関係性の深い連携といえます。

編集長 ネーミングライツに応募した背景は?

杉本 東京海洋大学や神戸大学(海事科学研究科、海事科学部)と、当社の事業は関係性が強いことから何らかの形で、支援できないかと模索していたところ、今回のネーミングライツの形になりました。

庄司 切実な話で言うとご承知の通り、運営費交付金は年々減額されていきます。大学としてはいろんな形で外部資金を調達していかなくてはなりません。その中の一つの手段として、ネーミングライツが位置付けされています。ネーミングライツは、普段学生が目にする企業の情報とは異なり、学生に対して企業のことをピンポイントで知ってもらう広報活動の一環にもなります。そこで今回のネーミングライツは、この東京都江東区の越中島キャンパスで第一弾となりました。近いうちに、第二弾として、品川キャンパスで学生と企業をつなげることができればと考えています。


東京海洋大学は、旧東京水産大学系の品川キャンパスには海洋生命科学部・海洋資源環境学部が置かれ生物資源、食品生産、海洋政策文化、海洋環境、海洋資源エネルギー等に関する教育と研究を行い、旧東京商船大学系の越中島キャンパスには海洋工学部が置かれ、船舶職員の養成と海洋エンジニアリング、ロジスティクス分野等の教育と研究を進めている。

その2キャンパスに加えて、都内の両キャンパスでは経験できないフィールドとして、ステーションと呼ぶ拠点が各地にある。実践教育と先端研究を行うための水圏科学フィールド教育研究センターだ。大きく分類すると海を対象とした臨海フィールドと淡水魚を対象とした陸水域生産フィールドがあり、5カ所のステーションと一つの支所を設置している。

具体的には、山梨県北杜市に冷水性魚類に関する教育・研究を行う「大泉ステーション」、静岡県榛原郡には、温水性魚類と食品加工を主な対象とした教育・研究を行う「吉田ステーション」があり、千葉県館山市では、沿岸生物の生理・生態・培養や海洋環境などの教育・研究を行う「館山ステーション」。同じ館山市の館山湾内支所では、沿岸漁業を対象とした教育・研究を行う。静岡市の「清水ステーション」では、船舶・海洋構造物の防食・防汚などに関する教育・研究を行っている。さらに南房総市の「富浦ステーション」と館山湾内支所では、臨海実習なども行われている。これらのステーションは、東京海洋大学だけの特徴的施設だ。ステーションが各地にあることで、他大学にはない施設で企画性あるネーミングライツが実現できれば有効活用の場を広げられそうだ。


杉本 ネーミングライツは、学生に企業を知ってもらって就職先候補にという意味合いだけではありません。海洋を扱う世界は特殊で狭い業界です。どこかの船会社に就職したり、どこかの海事クラスターに就職したりすると、必ずどこかで関わってきます。そんなとき、ワールドマリンさんが食堂の名前に付いていたなということがあれば、話題のきっかけにもなります。そういう話題は、相当大きなメリットになりますね。

杉本和重 ワールドマリン株式会社取締役

庄司 ワールドマリンさんが、このネーミングライツに手を挙げていただいたことは大学にとっても学生にとっても大変メリットがあることなのです。

杉本 海運界は、日本郵船、商船三井、川崎汽船といった大手3社が誰でも知っている会社でしょう。海運業を目指す学生さんはおそらく、この3社を目指している人も少なくありません。しかし卒業生の海技者の仕事は当社にもあり、同業他社にもあります。そこでワールドマリンという名前で興味を持ってもらえると、船舶管理業全体の業界に学生の目が行きます。大手3社だけではなく、目立つ存在ではありませんが、私たちのような配乗会社、船舶管理会社も海事クラスターの一員です。海運業界全体に目を向けてもらえるきっかけ作りにもなり、学生が就職活動する際の視野を広げることもできるでしょう。私たちのような企業にも、相当活躍できる場はあることを知ってほしいと思います。大手でない、私たちのような独立系管理会社が手を挙げたことは、業界全体に波及し価値があることだと考えています。先ほど庄司先生が言われたように海事クラスターは、必ずどこかでつながります。再就職者の中には、ワールドマリンのことを「東京海洋大学で知った会社です」と言ってくれる人もいます。だから、複合的に効果があるのだと感じています。実は専門的に学んできた学生さんは、船舶管理業をあまり知りませんが、その技術がすごく生かせる会社なのです。

庄司 船舶管理業や配乗業全体の業界としての普及活動といっても過言ではありませんね。

杉本 東京海洋大学や神戸大学の卒業生にとって私たちの業界は、市場規模が小さいかもしれませんが、つながりは「広く浅く」ではなく、「狭く深く」です。継続的に、このネーミングライツを受け入れてもらえるなら、永続的に契約更新していきたいくらいです(笑)。

編集長 庄司先生の研究者としての共同研究や開発経験を教えてください。

庄司 研究テーマでもあるので、船舶運航関係が多いのですが、富士通、日本財団さんとも共同研究を実施してきましたし、海難防止研究のテーマでは、古くから受託研究を続けてきました。切れることはなく継続的に産学連携に取り組んできました。東京海洋大学は、水産大学と商船大学が統合してできた大学なので、水産系は食品、漁業関連、近頃はバイオ関連分野にも広がっています。先にも言いましたが、それぞれの業界でつながりが深く、伝統的に産学連携活動は多く実施してきました。対して商船系は、海事クラスターと関係が強く、この会社の研究はこの研究室にというように代々受け継がれていくような歴史的経緯があり、その中で教員も自然に取り組んでいくような雰囲気があります。

編集長 プロモーション活動としての期待とは異なる連携にも広がりそうですね。

杉本 広告的メリットも検証はしますが、例えば今回JSTさんの産学官連携ジャーナルの取材に立ち会う機会を得られ会社のことを話せるのは、このネーミングライツに取り込んできたからで私たちにとってはメリットがあります。大学と何かしらの関係性を継続的に維持できることは計り知れない効果が考えられ、金額に代えられません。

庄司 文部科学省採択事業の海洋産業AIプロフェッショナル育成卓越大学院プログラムでは、東京海洋大学が採択されて、杉本取締役には、業界での視点を取り入れるための評価・助言をいただくアドバイザリーボードの構成員に加わってもらいました。これも今回のネーミングライツからの広がりと言えます。

編集長 そのほかの広がりはありましたか?

杉本 実はこのネーミングライツのスタートした当初、いろんなことをやりたいと思っていました。例えば、学園祭のサポートもできたのですが、新型コロナウイルス感染症によって、自粛せざるを得なくなりました。唯一実現できたのは、2021年2月に、このワールドマリンカフェで、学生支援物品の配付を行いました。コロナ禍でアルバイトができないなど学生生活に影響を受けている学生さんへの支援を目的に、レトルトカレーやレトルト中華丼、カップ麺、カップ焼きそばの4点セットを計500セット寄贈させていただきました。ネーミングライツをベースに大学との関係性が整ったことで連携が取りやすいですね。狭い業界でもあることから業務上、先生方にアドバイスを受けたいときなどコミュニケーションがすでにあるので、意見を聞くこともでき耳を傾けてもらえます。

編集長 大学院に進学する学生について聞かせてください。

庄司 海洋生命科学部や海洋資源環境学部のある品川キャンパスは、6割くらいの学生が大学院に進みます。海洋工学部のある越中島キャンパスの学生は2割ほどです。概ね4年で卒業しほとんど就職していく傾向にあります。

杉本 海事クラスターのど真ん中と言いますか、中心的な役割を担うことを学んでいる大学なので、一つの選択肢として船に乗って仕事をする、船長や機関長などを目指す人は大学院に進学せず学部生の4年間で既に仕上がっていると言えます。各種国家資格も取得できますし、業界としては早く現場で実務を学んでほしい、そんな要望が強いのです。

庄司 日本の場合、年間150人が船乗りを目指してくれたらいい、そんな特殊な世界なのです。だから広告的価値についても何万人もの人にアプローチするような事業ではありません。それより深く知ってもらうことの方が重要なのです。

杉本 アカデミックな取り組みも期待しています。特に私たちは、船自体(ハード)ではなく、乗組員を扱っていますので、リスク管理、リスクマネジメントなど理論的な考え方を取り入れていく、元々の船員養成教育、シミュレーター教育をフィリピンへ展開することもできればと。

庄司 卓越大学院で教育しているAI、例えば性能推定をして管理していく、荷役の制御もしていくなどたくさんテーマは考えられます。これが気軽に話し合えるのは、今回のネーミングライツの取り組みで関係性が構築された結果だと思います。

杉本 先ほどフィリピンの話題が出ましたが、船員養成をする大学は、日本では2校しかありませんがフィリピンは90校ほどあります。日本と違って裾野が広いのです。学年で船の世界を目指している人たちが2~3万人いるほどです。ただしフィリピンの大学は、実務に特化していて日本の専門学校のようなカリキュラムなのです。そこに学術的な学びを取り入れようとしたとき、頼りになるのが日本の大学です。日本の商船2,500隻には3万700人ほどのフィリピン人が働いていますので、将来的にはフィリピンの学生への人材育成や国際貢献にもなり得ますし安全航行への高度化にも寄与できると思います。

 先ほどの話は外航船の話になりますが、内航船は、日本人の乗組員しか乗船してはいけません。でも人員の限界が来ていて、その限界に最も頼りになるのがフィリピンの乗組員なのですが、日本の海の安全を守るためにも教育レベルの底上げが必要になってきます。内航船は乗り続けたいという人が少ないのです。喫緊の課題で、日本人がいなければ外国人に依存せざるを得ない状況が迫ってきているのです。平均年齢は50歳代なので人員不足は先が見えている世界です。受け入れる港や施設の問題、英語力、給与格差など外国人を受け入れるためには、受け入れる側が、実務的にも学術的にも解決しなくてはならない課題が山積しています。

入口のドアに「ワールドマリン カフェ」のサイン

庄司 若い人たちは、LINEができない仕事には就きたくないのです(笑)。

杉本 船乗りは、一定期間家族と会えません。離家族性(離家庭性とも)、離社会性、LINEができないなどは離社会性に入るでしょうか。船乗りの賃金が高いのは、それらを我慢しているから「がまん代」だと伝統的に言われます。船で働く人たちの、ウェルビーイングを考えながら、事業を行っていく必要がありますが、一企業だけでは解決できない課題です。これに大学も関わって課題の解決の糸口がつかめると思います。私たちが抱える課題について、先生方と話ができることは大きなメリットなのです。


東京海洋大学には、海の日の由来となった日本最古の鉄船「明治丸」(重要文化財)があり越中島キャンパスで見ることができる。船舶運航性能実験水槽や日本で2番目に古いプラネタリウムなど歴史的建造物が数多くある。また物流センターなどで作業のシミュレーションを行うシミュレーターや世界最大級の操船シミュレーターといった、CGの影像で模擬乗船実習もできる設備も備え、新旧の設備・技術が同居する珍しいキャンパスだ。また1930年に建てられた1号館も登録有形文化財で、数多くのテレビドラマや映画のロケ地としても使用されているという。

一見単純なネーミングライツのように捉えがちだが、今回取材を重ねて見えてきたのは、施設としての重要文化財や登録有形文化財、最先端技術といった価値ある空間に加え、ステーションの存在も施設の有効活用が着実に成果を上げる先行事例となりそうなヒントを多く秘めていた。さらに、大学と企業が連携することで双方がメリットを共有できる副産物もある。事実、庄司理事・副学長も杉本取締役も共に積極的な姿勢が鮮明だった。

(本誌編集長/大妻女子大学地域連携・地域貢献プロジェクト専門委員 山口 泰博)