特集集成と未來
地方と社会から求められる産学官連携に向けて
宮崎大学 地域資源創成学部 丹生 晃隆

地方や社会から求められる産学官連携とはどのような活動だろうか。そこにはどのような人財が求められ、どのような組織的な対応が必要となるのだろうか。産学官連携に関わる活動領域はとても広い。その中で筆者が関わってきた活動は、一部の限られたものかもしれないが、これまでの筆者の経験や問題意識をもとに、今後の産学官連携活動の一つの方向性について考えていきたいと思う。
■産学官連携と筆者
筆者は、2000年に大学院を修了した後、経済産業省系のシンクタンク勤務を経て、北九州市の財団職員として、公設ビジネスインキュベーション施設で3年間企業支援に関わった。在職中に社会人大学院に通い、技術経営や産学官連携マネジメントの授業を受け、この分野の仕事に興味を持ったのが産学官連携活動に関わるきっかけであった。将来のキャリアを考える中で、産学官連携コーディネータの求人を見つけて応募、2006年から9年半、島根大学産学連携センターの専任教員として、産学官連携活動に邁進(まいしん)した。2016年からは、宮崎大学地域資源創成学部において、地域をフィールドとした実践教育に携わっている。「文系」出身であり、「若手」と言われていた時期もあったが、今ではこの活動に関わるようになって20年が過ぎた。産学官連携ジャーナルには、2014年度から編集委員として関わっている。
■産学官連携に関わる職務と名称
これまでに産学官連携や広義の社会連携に関わる職務には、コーディネータ、リエゾン、〇〇マネージャーなどなど様々な名称が当てられてきた(本稿では一つの総称として「連携人財」とする)。近年では、RAやURA(University Research Administrator)という言葉に統合されつつあるようである。現在も「コーディネータ」を自認する筆者であるが、コーディネート(つなぐ)だけでなく、その前の環境整備や仕組みづくり、その後のフォローアップが必要と言われると「その通り」となる。一方で初期に、RAは「研究支援」という意味合いで捉えられていたことを考えると、社会連携型URAと言われても、「それってコーディネータのことじゃないの」となる。URAには、研究機関としての大学の位置付けを前提としている面があるが(それはそれで正しい)、学生のインターンシップや問題解決型学習(PBL)のように、教育色や地域色の強い活動もあり、一概に研究面だけでは捉えられない部分がある。
重要なのは、職務の名称ではなく、職務の内容であり、求められる専門性であろう。また、人財の配置はあくまでもスタート地点であり、配置しただけでは何も解決しないことを念頭に置く必要がある。
■人財の内部化
産学官連携活動と組織体制の整備は、特定の名称を冠した職種に頼る形態で進められてきた部分がある。このような連携人財の雇用のために、国などの補助金なども整備され、大学等もこれらの制度を活用して連携人財の採用を進めてきた。しかしながら、補助金などの制度には当然年限があり、雇用も多くの場合この年限に縛られたものになる。産学官連携活動では、連携人財の専門性を直接発揮できる部分もあるが、多くの場合、その人財が置かれている組織内外の体制や地域との関係性、人間関係などの「コンテキスト」に極めて依存するものである。筆者自身の経験を振り返ってみても、1年目は、所属する組織の仕事を覚え、ネットワークを広げることで精いっぱい、2年目に補助金獲得や共同研究契約などの具体的な成果が少しずつ生まれ始める。3年目にやっと自らの活動領域と期待される役割を認識した上で主体的な活動を進められるようになる。製品化や事業化、社会実装となると、さらに道のりは険しく時間がかかるものとなる。
連携人財に関わる補助金制度は、産学官連携という職種の重要性を広め、人財の育成と定着を進める上で、有用な部分はあったのであろう。しかしながら、外部資金に頼った組織体制は持続しない。せっかく採用した連携人財が、成果を発揮する段階で、雇用年限を迎えることになりかねない。これでは、採用した連携人財のモチベーションも上がらないだけでなく、組織内に連携のノウハウも蓄積しない。産学官連携活動は、本来組織一丸となって行うものである。年限が区切られた外部人財を、組織の一員として「内部化」することで、組織としての連携力を高めることにつながるのではないだろうか。
■地方の中小企業との連携の重要性
産学官連携活動における一つの在り方として「組織対組織」の連携が注目されている。従来、研究者と企業という「個」と「個」で連携していた形態を、組織レベルまで引き上げ、組織として企業の抱えるニーズに、「面」で応えていこうとする取り組みである。昨今の地方創生の掛け声の下に、大学と地方自治体が組織として地域の課題に取り組む事例も見られる。産学官連携活動には様々な調整が求められるが、組織レベルで行うことで、調整コストが一定程度下がるメリットもある。このような連携活動では、仕事を「担当」できることから、連携人財が活躍できる領域も多々あるであろう。
組織体組織の連携は、組織対応を促し、かつ、成果を意識した取り組みとしても重要な位置付けにある。大企業との連携であれば、複数年にわたってある程度規模感のある研究資金の獲得も期待できるだろう。筆者もこれらの重要性を否定するつもりは全くないが、特に地方に立地する大学や高等教育研究機関においては、その周辺地域に立地する中小企業の存在を忘れてはならない**1。中小企業の多くは、一般的に経営資源に乏しく、研究開発に当てられる人財、設備、資金などが限られている面はあるが、厳しい環境の中で、独自の技術や強みを基に新技術開発や技術力向上を目指す企業、新分野開拓や新商品開発を行う力強い企業が存在する。中小企業との連携においては、大学のシーズ集に掲載されているような最新の研究成果が生かされる分野ではないかもしれない**2。また、研究開発の捉え方についても、事業化を見据えた中小企業と、基礎研究を志向する大学との間でズレがあるかもしれない**3。これらのすり合わせを行う連携人財には高度な調整能力と推進力が求められるが、大企業ほどの研究費受け入れは期待できないかもしれない。このようにその時点での「費用対効果」だけを考えると、割に合わないかもしれないが、中小企業との連携は、地域経済に対して大きなインパクトをもたらす可能性がある。連携を通じて新たな付加価値を生み出すだけでなく、企業と大学間、学生を含めた人財と知の交流を促す。一企業との連携が「群」となることで、地域経済の底上げも期待できる。地方大学にとって、中小企業との連携は生命線の一つである。
■連携人財に求められる能力とは
最後に、連携人財にはどのような能力やスキルが求められるのか考えていきたい。コーディネータなどの支援人財の取り組みについては、産学官連携ジャーナルを含めて、数多くの事例の蓄積がある。その中で、連携人財の能力について考察がされているものもあるが、その内容は一部属人的であり、いわば「人それぞれ」である。産学官連携の職務は、共通項がありながらも、それだけ多岐にわたるものなのであろう。その中で、連携人財を含めた広義の連携関係者は、自分に合ったコンテキストやロールモデルを見つけ出そうとしているのかもしれない。筆者もその一人である。ここでは、全米ビジネスインキュベーション協会(NBIA)*1が紹介する「質の高い支援人財の特色(図1)」を紹介したい。原文は英語だが、筆者による理解と意訳を含んだものである**4。

出所:全米ビジネスインキュベーション協会(NBIA)
新規創業の支援と、産学官連携に関わる支援は、文脈が一部異なるかもしれないが、どちらも意図的に新しい価値を生み出そうとする活動への積極的かつ主体的な関与である。産学官連携活動の視点から眺めた時にも参考になる点があるのではないだろうか。
私見になるが、筆者は、⑫の「A Service Ethics」が含意するように、産学官連携に関わる活動は究極のところ、「顧客に対するサービス業」であると考えている**5。ここでの顧客とは、組織の内外を問わず、企業の経営者や研究者、連携に関わる地域や様々な関係機関の方々である。教育面を考えると学生も顧客になるであろう。産学官連携活動は、様々な関係者のご協力の下に成り立っており、その意味では、連携人財はどの部門よりもService-Orientedであることが求められるのではないだろうか。多忙を極める中で、面倒な仕事が降ってくると、ついつい後ろ向きになってしまう場面があるかもしれない。しかし、一方的な否定や批判からは何も生まれてはこない。面倒な仕事こそ一つ一つを地道にこなしていく必要があるのだろう(と筆者も自分にも言い聞かせる)。産学官連携活動とは、「できない」ではなく、何が「できるか」を一緒に考える活動である。前向きな気持ちとエネルギーが昇華したときにこそ新しい価値が生まれてくるものである。
産学官連携ジャーナルは本号で最終号を迎えることになった。9年間編集委員として関わってきた者として、こうして一つの節目に立ち会うことができたことは嬉しくもあり悲しくもあり、なかなか一言では言葉に表しきれないものがある。本稿では、産学官連携の方向性という「大きな」テーマについて書かせていただいたが、ここに至るまで、産学官連携ジャーナルの関係者の方々からは大きな示唆をいただいた。最後に記して御礼申し上げたい。
- *1:
- National Business Incubation Association(NBIA)、1985年に設立された、ビジネスインキュベーション施設の支援人財(インキュベーション・マネジャー他)をメンバーとする組織。2015年に、InBIA(International Business Innovation Association)と名称変更された。
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参考文献
- **1:
- 産学連携学会.産学連携学会から産学官連携深化ワーキングに対して「ガイドライン検討に関する意見書」を提出(2016年10月27日付)
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- **2:
- 伊藤正実.中小企業における産学連携の構造に関する一考察.産学連携学会第7回大会講演予稿集.2009,pp.64-65
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- **3:
- 北村寿宏.中小企業基盤整備機構 第1回中小企業産学官連携推進フォーラム資料.2007
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- **4:
- 丹生晃隆.米国インキュベーション・マネジャー事情.産業立地.41(2),2002,pp.17-21
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- **5:
- 丹生晃隆.連載:ヒューマンネットワークのつくり方 ネットワークづくりに必要な顧客とサービスの視点.産学官連携ジャーナル.3(4),2007,pp.31-33
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