特集集成と未來
ARECにおける四半世紀の取り組みとこれからの産学官連携
一般財団法人浅間リサーチエクステンションセンター 専務理事・センター長/信州大学 特任教授(地域産学官連携)工学博士/上田信用金庫 監事 岡田 基幸

■地域インフラとしての役割を構築
2000年の創設以来、浅間リサーチエクステンションセンター(AREC)は、長野県上田市の産学官連携支援機関として信州大学繊維学部に拠点を置き、人や情報が集まる場を絶やさず、にぎわいを創出してきた。製造業の技術やノウハウを集積し、開発支援、市場開拓、さらには人材確保・定着を支援。各種表彰を受け国などからの補助・受託事業を行う機会をいただいている。
コロナ禍でも歩みを止めることなく、対面のセミナーに代わりオンラインサロンやハイブリッド講演会を実施、ARECの4階スペースをコワーキングスペースとしてドロップインで利用できるサービスも開始した。
日本の産学官連携は、1996年の「科学技術基本計画」、1998年の「大学等技術移転促進法(TLO法)」策定により大きく進展した。ここから四半世紀が経ち、産学官の地域ネットワークはどこの地域にもある当たり前のインフラになっている。ただし、一度ネットワークを構築しても、その機能を維持するためには常にメンテナンスが欠かせない。人脈を再構築し、適材適所を見極め、広がりを確保しなければならず、産・学・官それぞれの取り組みを的確に把握する必要もある。状況に合わせたアップデートが不可欠だが、更新を怠り機能不全に陥っている地域も少なくない。
ARECが注力してきたのは、このメンテナンス部分だ。コーディネータは現場での対話を重視し、密にコミュニケーションを取る。一つひとつの案件に魂を込めたことが好循環を生み出し、スタート時は36社であった会員数が、2023年1月時点で320社・103団体まで拡大している(写真1、2)。


■単独自治体から広域連携に
23年に及ぶARECの活動において、一つの臨界点となったのは2016年に実現した広域連携だ。上田市が属する長野県の東信州エリアは電気機器、予防医療、アパレル、観光、農業など多種多様な産業構造を成す。地域内には信州大学繊維学部や長野大学などが立地し、研究シーズが豊富だ。こうした地域のスケールメリットを生かすため、ARECが取りまとめ役となり東信州次世代産業振興協議会を立ち上げた。東信州エリア10市町村(上田市、小諸市、佐久市、千曲市、東御市、坂城町、御代田町、立科町、長和町、青木村)で構成され、東信州次世代イノベーションセンターを事業主体に産業間融合による先進的な産業の創出・集積を目指す。
次世代産業と位置付けたのはモビリティ産業、ウェルネス産業、アグリビジネス産業。ここを重点分野として、産学官が連携し各種のプロジェクトを推進してきた。現在は世界が直面する食糧問題や環境問題の解決策として話題の昆虫食プロジェクトに取り組む。
地域企業に聞き取りをした結果、共通課題として挙げられた人材確保と育成支援にも力を入れている。若者・女性・シニア・外国人といった多様な人材を確保・活用するため、エリア内はもとより首都圏大学と連携した人材マッチング、テレワークの側面的支援など数々の事業を打ち出してきた。2019年には外国人の人材雇用を支援する「登録支援機関」にARECが認定されている。海外展開やDX(デジタルトランスフォーメーション)化ニーズの高まりとともに、産業支援機関や専門教育機関と連携したリカレント教育も促進しており、地域全体の経営力・技術力向上を後押ししている。
地方創生や産業創出を考える上では、最新技術はもちろん社会的課題の動向を注視し、包括的に戦略を考える視点が欠かせない。ここを怠るとミスリードが起こる。地域のコーディネータは技術革新に対して感度を高くしておくべきだ。
■広がるネットワークと新たな挑戦
東信州次世代イノベーションプランは2018年度から2022年度までの5カ年が経過し、広域連携は2023年度から新たなステージに突入する。この間にARECでは地域で活躍する専門家、さらには特定の産業に特化したスペシャリストとの連携が進んだ。最近はネットワークに女性起業家や移住者、農業法人などが加わり、層に厚みが増している。
2018年には長野県内の5金融機関(八十二銀行、上田信用金庫、商工中金長野支店、長野県信用組合、長野銀行)と包括連携協定を締結しており、有望な企業に対する低金利融資や金融機関のネットワークを生かした販路拡大などを充実させてきた。私自身も地域金融機関の監事に就任し、産学官金連携の体制を盤石なものとした。
これまで積み重ねてきたことが効を奏し、自治体から期待される場面も増えた。2022年4月からは、市から上田市技術研修施設(通称、+519worklodge)の管理業務を受託し運営に携わる。ここは2009年に開所した施設だが、近年は利用者が減少していた。そこで新たにコワーキングエリアを設け、誰もが利用しやすい場を作り新たな利用者を開拓した。女性の創業支援や移住希望者を対象としたイベントなど、情報発信拠点としての機能も果たす(写真3)。

(通称、+519worklodge)
メディアプラットフォームのnoteに開設された上田市アカウントの活用も一任されており、専任者を置いて「移住×起業×はたらく」をテーマに、+519worklodgeに関する情報を発信している。SNSは瞬時に情報を拡散できる便利なツールだが、有効に活用できている自治体や企業は多くない。情報発信力を強化し地域内外に向けたプロモーションを実行するには、SNSの活用に長けた人材確保は急務だ。
SNSと並行して運用を任されているのが、2022年12月にオープンした上田市オンライン交流サイト「うえだ移住テラス」だ。近年の地方創生において大きな柱である移住支援を手掛ける。移住後の就労支援は、多くの自治体で抜け落ちていた分野である。サイトを入口に移住希望者の人となりやニーズを個別に掘り下げ、ARECの会員企業ネットワークを活用したパーソナルなマッチングを支援する。移住者の就労と地域企業の人材確保につなげる産学官連携の新たな取り組みだ。
上田市総合型地域スポーツクラブ連絡協議会、一般財団法人上田市スポーツ協会、ARECの3団体による協定を実現したことも昨年の成果である。スポーツ業界は近年、選手のトレーニングやチームの戦術・戦略にIT技術とAIを導入しており、今後の発展が見込まれる。AREC単独ではこの業界に切り込むのは難しかったが、今回の協定により地域企業のスポーツテクノロジーをスポーツ育成ビジネスやウェルネス産業に展開したり、文化庁が推進するスポーツDXのモデル事業に参入したりと新たな挑戦が可能となる。ネットワークが広がったことで、自治体の地方創生関係の事業はなんでもこなせると自負している。
■地域企業が参画しやすいストーリーを描く
産学官連携が始まった30年前は都会と地方に格差があった。しかし近年は地方にも情報が伝播し、どこにいても注目される人が出現している。
公立化されて5年となる長野大学には感度の高い学生が集まっており、学生ベンチャーの「NEXT RESERVATION株式会社」が誕生した。地場産品の販売や地域企業のサイト制作を手掛け、地域企業との連携も進む。彼らの積極性には目を見張るものがあり、上の世代との交流が盛んだ。一方で、東京のように大学の枠を超え学生同士が交流する場が地方では不足している。同世代の交流から生まれる爆発的なパワーは大きな魅力。東京と比べると学生の数自体が圧倒的に少ない中、学生間の交流を積極的に生む役割を支援機関として担っていきたい。
株式投資型クラウドファンディングで資金調達に成功した「株式会社地元カンパニー」も注目したい企業の一つである。地域企業の課題であるファンディングの弱さを現代的な手法で解決に導いた。働き方改革に取り組む「株式会社はたらクリエイト」は、メディアに多く取り上げられている企業だ。事業所内託児所やフレックスタイム制を導入、社内交流を深めるために設置したサウナ小屋が話題だ。同社の活動に触発され、地域企業で働き方を見直す動きが加速している。
今の時代、働き方改革をはじめSDGsや環境経営といった社会的な課題に対応できなければ、地方といえども生き残れない。しかし、地域企業が単体でこうした課題に取り組むには負担が大きいのも事実。社会的課題といえば、大学の得意分野だ。ARECに解決策を求める声も多く、産学官連携機関として社会ニーズや地域課題をテーマに地域企業が参画しやすいストーリーを描く必要があった。
+519worklodgeの運営をきっかけに関与することとなった上田市の「道の駅まるこ」および「美ヶ原台上ふるさと名産センター」などのサウンディング調査では、この点を重視。従来と異なる視点で地域課題にアプローチした。解決策としてわれわれが着目したのは、コワーキングスペース需要とアウトドアサウナブームである。例えば、道の駅に有料会員制のWi-Fiや電源を設置すれば、コワーキングスペースとしての機能を持たせられる。車移動の合間を縫ってリモートワークが可能となり、融通が利いた働き方を提供できる。
アウトドアサウナは木質バイオマス利用、森林環境保全への協賛、地場産品を使ったメニュー開発など、環境経営の促進や地域資源の活用と結び付けやすく、地域企業の参画が望める。公共施設の運用方法としては一見、荒唐無稽なアイデアに映るかもしれないが、地域に付加価値を生み出すには、産学官それぞれの強みを生かした柔軟な発想が必要だ。
■多種多様な切り口を全部本気で
コロナ禍ではデジタル化が急速に進み、オンライン会議や打ち合わせなどが容易になった。非対面でのコミュニケーションにも慣れ、離れた地域間での情報交換や連携がスムーズに行われている。今後は海外の大学や企業と直接結び付く機会が増えていくだろう。社会がダイナミックに変容する中で、地域の産業界や企業は多くの課題に直面する。これに対し、多種多様な切り口を用意できる産学官連携の重要性は増している。
さらに、近年は環境問題や人口問題といった社会課題に対する関心が高まっており、地方で様々な取り組み例が生まれた。こうした活動を単なる話題先行で終わらせず、将来に続く産業へと定着・発展させるには、ARECのような機関のコミットが欠かせない。
+519worklodgeの運営、うえだ移住サイトの開設、自治体noteの運用、そして道の駅構想への関与は、ARECの活動を多方面に進展させた。これからは地域のシンクタンクとして行政の政策立案の支援を担うだけではなく、実践者としてこれまで以上に機能させていくことが要となる。われわれは全部本気で取り組み、これからも産学官連携の可能性を広げていく。