特集集成と未來

地方の情報化に向けた産学官連携
―岩手県の事例紹介―

岩手県立大学 研究・地域連携本部 特命教授 佐々木 淳

写真:岩手県立大学 研究・地域連携本部 特命教授 佐々木 淳

2023年3月15日

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わが国の地方においては、都市部への人口流出、少子高齢化が進み、IT(情報技術)人材が不足することにより、情報化に遅れをとっている。本稿では、筆者が関わった岩手県における医療・福祉・保健分野の情報化、インターネット放送システム、IT人材育成のための「アイーナ情報システム塾」と、情報格差問題(デジタルデバイド)の解決を目指した「愛のマゴの手(i-MgNT)プロジェクト」を紹介し、筆者がこれまでの活動を通じて感じたことや、課題、将来あるべき姿などについて考察する。

■医療・福祉・保健分野の情報化

岩手県の面積は15,280km2と広大で、医師数は1km2あたり0.17人であり、北海道に次いで少ない。さらに東は北上山地、西は奥羽山脈に挟まれ、平地が少なく、交通の不便さから、効率的で質の高い医療サービスの提供が求められている。そのニーズに応えるために、岩手県内には県立病院が25設置され、病院のネットワーク化が図られ、全ての病院に電子カルテが導入されつつある。一方、医療分野の情報化と同時に、在宅医療・介護サービスなどの福祉・保健分野の情報化に対する需要も高い。このため、例えば釜石市では1990年代に在宅健康管理システム「うらら」、宮古市川井(旧川井村)では保健福祉医療の連携システム「ゆいとりネットワーク」など先進的なシステムの開発・導入がなされてきた。これらは、ICT(情報通信技術)に詳しい医師の鎌田弘之氏(現在、盛岡赤十字病院健診部長)や木村幸博氏(現在、もりおか往診ホームケアクリニック院長)が中心となって推進された医療福祉保健の連携事例である。一方、1998年に開学した岩手県立大学の社会福祉学部、ソフトウェア情報学部には、このような優れたシステムを岩手県内の他地域、および全国に普及させるべきという考えを持つ教員がいた。この考えに同調する医師や大学教員、企業の有志が集結し、1999年7月に岩手県医療福祉情報化コンソーシアム「ポラーノ広場」(初代会長は舩生豊、岩手県立大学名誉教授)を設立した。当時、この会には個人会員20人に加え、岩手県内の情報関連企業などの法人会員13社が加盟していた。この活動の中で、特に大きな成果としては、「ポラーノ広場」第2代会長を務めた小川晃子氏(岩手県立大学名誉教授)らが、ICTを用いた高齢者の見守りシステム**1の開発や地方への実導入を行い、その有効性を示してきた。その後、この考え方に基づいた高齢者見守りシステムが全国各地方に拡大してきている。しかし、定年退職や人事異動などによってこの会のメンバーは徐々に抜け、2020年度には個人会員11人、法人会員4社となり、会の継続運営が困難になり2020年度末に解散した。筆者は、この「ポラーノ広場」の設立時から約22年間、副会長、事務局を務めてきた。この会は一定の役割は果たしたが、日頃から意識して若い人材を巻き込み、後継者を育成する必要性があったと反省している。

■インターネット放送システム

わが国の昭和の時代における農漁村地域では、「有線放送」が日々の生活情報、気象情報などの入手手段として広く活用されてきた。しかし、電波放送やインターネットの発達・普及により「有線放送」の役割が見直され、運営コスト上の理由から各地で廃止が続いてきた。岩手県においても、紫波町・矢巾町エリアで「有線放送」が長年利用されてきたが、2017年度末に廃止となった。しかし、住民に対する筆者らの調査結果からは、「有線放送」が廃止されて困っているという意見が多かった。特に、ラジオやテレビは身近な地域情報が少なく、高齢者にとってインターネットは利用が難しいことから、「有線放送」が日々の貴重な情報源となっていたことが分かった。また、筆者らが地域住民のヒアリングを行ったところ、高齢者にとっての「情報」とは外から自然に与えられるものであって、自ら取得するものという意識はなかったことに気付かされた。このことから、「有線放送」に対する根強い需要があったものと考えられる。一方、インターネットの世帯普及率は地方においても90%に近づいているため、このインターネット環境を活用した「有線放送」に代わる音声・画像配信サービス(以下、インターネット放送システム)が技術的には実現可能であることから、このシステムを開発することとした**2。システムの概要を図1に示す。このシステムの特長は、システム管理者が操作しやすいECMS(Easy Contents Management System)と、パソコンやスマートフォンがなくても専用端末を設置することにより地域限定の放送が視聴できる点である。あらかじめ設定した時刻になると、サーバに保存された音声・画像ファイルが、専用端末にダウンロードされ、自動再生する仕組みになっている。専用端末のハードウェアは廃止された「有線放送」用のスピーカを活用し、その中に開発したプログラムを組み込んだRaspberry Pi3を実装したもので、極めて低コストになっている。初期段階の専用端末については、この構想に賛同する佐藤誠司氏(盛岡市・佐藤税理士法人「士業の森」会長)の経済支援を受けて開発した。システム全体については、公益財団法人「I-O DATA財団」から研究助成をいただき、紫波町の企業(有限会社ホロニックシステムズ)と共同開発した。また、放送用コンテンツについては、紫波町の住民である佐藤祐輔氏(有限会社佐藤時計店)の協力を得て作成した。2019年9月~10月、自治体(紫波町、矢巾町)の協力を得て、合計16人の地域住民を対象にシステムの利用実験を行った。その結果、月1,000円程度の有料であってもこのシステムを利用したいというニーズを確認することができた。また、コンテンツの放送機能については地域住民でも簡単に利用できるため、身近な情報の配信に有力なソフトウェアであることを確認した。この成果について、自治体(紫波町、矢巾町)に説明したところ、構想に対する賛同は得られたが、予算の都合上、初期投資は困難とのことで、この事業は停止したままである。課題としては、日々の身近なコンテンツの収集方法、システム管理者・運営者の人件費・初期投資予算の確保、初期利用者選定などがある。初期投資予算の確保については、地方自治体だけの力では困難であり、国からの補助や趣旨に賛同する大型のスポンサーが必要である。

図1 インターネット放送システム

■IT人材育成のための「アイーナ情報システム塾」

岩手県立大学の主キャンパスは岩手県滝沢市内にあるが、2006年に盛岡駅西口に隣接する岩手県民情報交流センター(通称、アイーナ)内にアイーナキャンパスを開設した。筆者は、このアクセスしやすい場所にあるアイーナキャンパスを活用し、岩手県内の社会人、学習意欲の高い学生を対象に、IT人材の育成を行うため、田中充氏(当時岩手県立大学客員教員、現株式会社イワテシガ代表取締役)と協力し、2006年度~2021年度まで16年間、「アイーナ情報システム塾(開設時の名称は「IPU情報システム塾」)」を開講してきた。この塾の根底には、筆者らの「岩手県をソフトウェアバレーにしたい」という理念が込められており、特徴として、講師が一方的に教える「研修形式」ではなく、受講生同士のコミュニケーションを重視した「塾形式」により、学生は社会人に、社会人は学生に対して異なる視点からの問題発見、討論、発表を通じて学び合うことにより、技術面だけでなく、人として成長していく点が挙げられる。この16年間続いたアイーナ情報システム塾の受講生は累計でおよそ900人に及び、現在もこの受講生約150人を登録したメーリングリストによって各種プログラミング技術、情報技術に関する研究会、セミナー、イベントなどに関する情報交換が行われている。2022年度から、この塾は、岩手県立大学研究・地域連携本部に引き継がれ「数理・データサイエンス・AI塾(略称、DS塾)」として、数理、データサイエンス、AI(人工知能)を学ぶことができる。

■「愛のマゴの手(i-MgNT)プロジェクト」

現在、あらゆる分野のデジタル化と、その先のSociety 5.0(超高度情報化社会と現実社会の融合)の実現を目指した研究や事業が進められているが、地方においては、医師不足、各産業の担い手不足、情報格差(デジタルデバイド)の問題が深刻である。地方におけるデジタルデバイドの問題解決のため、筆者らは2020年から認定NPO法人「心の架け橋いわて(理事長、鈴木満氏)」が進めている「愛のマゴの手(i-MgNT)プロジェクト」に参画している。これは、東日本大震災の被災地域に居住する情報機器の操作が苦手な高齢者を対象に、マゴ世代の若者が支援を行うというものである。具体的には、有償学生ボランティアによるパソコン利用の遠隔サポートや、公民館での「スマートフォンよろず相談室」の開設である。この活動は、高齢者一人一人の異なる問題や要望に寄り添って継続的に支援するもので、一般の企業によるパソコン教室やスマートフォン講座などの一時的・共通的な研修とは異なる。地方においては、IT支援を希望する人は多いが、それを支援する学生側の安定したリソース確保が課題となっている。

■おわりに

本稿では、筆者が関わってきた地方の情報化に関する取り組み事例を紹介した。これまでの取り組みにおいて挫折した要因は、後継者育成が足りなかったこと、地域の経済力などのリソース不足が挙げられる。しかし、新型コロナウイルスの影響で、リモートワーク、リモート教育などの新しい生活様式の浸透が進んだことによって、産業や教育におけるこれまでの地方のハンディは克服されつつある。今後、日本政府が掲げている「デジタル田園都市国家構想」を実現するためには、それぞれ異なる地方の実情に応じて、自治体、地元企業、地元の大学の中から、具体的な社会課題解決に向けて共通の目標を持つ人を結集することが必要である。特に、大きなタイムスパンで強い意志を持ち続けることができる専門家たちの集結と連携が鍵である。そして、活動の中では、常に若い人を意識して巻き込むことと、デジタルについていけない人も置き去りにしない意識が大事である。これによって、地方における一つ一つの社会課題を解決し、そのモデルを全国に展開していくのが最も確実で現実的な道と考える。

参考文献

**1:
米田多江,小川晃子,佐々木淳,米本清,船生豊,「岩手県川井村における高齢者見守りネットワークシステムの構築と運用」,パーソナルコンピュータユーザ利用技術協会論文誌,Vol.16,No.3(2006).など
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**2:
前島多恵子,高木正則,山田敬三,佐々木淳,佐藤祐輔,檜山稔,「有線放送と同等の機能を有するローカルインターネット放送システム」,2018年度電気関係学会東北支部連合大会,1I14,(2018).など
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