特集集成と未來

イノベーション創出による社会課題解決と地域活性化を目指す産学官金連携による革新事業創造

愛知県 経済産業局 革新事業創造部長MBA(AACSB、AMBA国際認証)/中小企業診断士/宅地建物取引士 柴山 政明

写真:愛知県 経済産業局 革新事業創造部長MBA(AACSB、AMBA国際認証)/中小企業診断士/宅地建物取引士 柴山 政明

2023年3月15日

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100年に一度の大変革期。EVシフトを始めとするCASE(Connected:コネクティッド、Autonomous/Automated:自動化、Shared:シェアリング、Electric:電動化)、モビリティカンパニーへの業態転換の契機となったMaaS(Mobility as a Service:マース)、加えて、DX(デジタルトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)の世界的潮流。愛知県のみならず、わが国主力の自動車産業は激動の真っただ中にある。また、世界的な宇宙ビジネスへの本格的進行。さらに、デジタルツイン、CPS(Cyber Physical System)、OMO(Online Merges with Offline)などのリアルとバーチャルとの融合やメタバース、Web3.0をはじめ未踏領域へのビジネス進行も加速している。

こうしたビジネスを取り巻く世界的な環境変化は、わが国の産業構造はもとより、社会システムそのものにも多大な影響をもたらしている。

社会システムの最適化をミッションとする行政機関としても、現行の社会政策や施策について環境変化に適応させていくために、抜本的な見直しが求められていると考える。

愛知県は、こうした環境変化をリスクではなく、むしろチャンスと捉え、「攻め」の施策を開始した。とりわけ今回の環境変化がビジネス面から生じている状況も踏まえ、ビジネス領域での施策を革新的に見直すこととし、まずは産業構造転換の新施策を開始した。続いて農業、福祉などの社会的領域施策も見直しを進めた。また、実施主体は愛知県のみならず、本稿のテーマでもある産業界、大学・研究機関、金融機関のいわゆる産学官金の様々なステークホルダーが一体となり有機的連携を図りながら、強力に推進している。

その第一弾は、愛知県エリアを中心とするグローバルなスタートアップ・エコシステムの形成である。また第二弾は、スタートアップとの連携による農業イノベーションプロジェクトの展開である。さらに第三弾は、認知症対策を含む高齢社会対応のデジタル社会の形成である。そして第四弾は、これらの革新的事業の創出・社会実装の「仕組み」の形成である。

■世界に類例のないグローバルなスタートアップ・エコシステムの形成(第一弾)

愛知県は2018年4月にAichi-Startup推進ネットワーク会議を立ち上げ、同年10月に産学官金が連携してAichi-Startup戦略を策定した。

この戦略は、本県のみならず、わが国主力の自動車産業がCASE、MaaSの動きの中で100年に一度の大変革期を迎え、マクロ面では地域の産業構造転換、ミクロ面では関連企業のビジネスの最適化の要請を受けて策定した。また本戦略では、愛知県を中心に、世界に類例のないグローバルなスタートアップ・エコシステムの形成を目指し、スタートアップの創出、育成、展開、誘致とともに、現行の事業会社とスタートアップとの融合によるオープンイノベーションの推進を目標に掲げた。

戦略の特徴は、海外のスタートアップ支援機関・大学との連携である。戦略策定時の2018年は日本国内でスタートアップ・エコシステムの形成の施策は存在しておらず、日本初の取り組みとして海外連携を主要なテーマとした。現在はアメリカ、シンガポール、フランス、中国およびイスラエルの5カ国14のスタートアップ支援機関・大学とMOU(Memorandum Of Understanding:基本合意書)を結ぶなどした上で連携事業を進めている(図1)。

図1 愛知県のスタートアップ施策の海外連携先

こうした取り組みを総合的に展開するために、日本最大のスタートアップ支援拠点を整備することを決めた。Aichi-Startup戦略を筆者が作成する中で、世界最先端のエコシステムにおける、ソフト・ハード両面から総合的にスタートアップを支援する「拠点」の存在が明らかになった。ハード面ではグローバルなコミュニティの場を提供し、ソフト面ではスタートアップの成長とオープンイノベーションに向けた事業会社との連携の機会を提供していた。そこでグローバルなエコシステム形成を目指す愛知県にとっても総合支援拠点が不可欠と考えた。また、その際、世界で最高のスタートアップ創出、育成の成功事例であるフランスのSTATION Fとの将来的な連携を視野に名称もSTATION Aiとした。

愛知県が整備を進めるスタートアップ総合支援拠点STATION Aiは、名古屋市内の鶴舞公園の南側に2024年10月にオープンする計画となっている(図2)。事業手法としてPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)に基づくBT(Build Transfer)コンセッション方式を採用した。2020年に公表した県のPFI事業者の入札説明書では、「オフライン(リアル)・オンライン(リモート)を融合した新たなコミュニティを形成するニューリアリティ対応型の世界初・世界最高レベルのスタートアップ中核支援拠点」といった要件を設定し、メタバースビジネスなど昨今のビジネス環境を先取りする形での事業展開を促した。

図2 STATION Ai 完成予想図

一方、この施設の完成を待つことなく、2020年1月から名古屋市中村区のWeWorkグローバルゲート名古屋内にPRE-STATION Aiを開設している。ここでは、統括マネージャー・コミュニティマネージャーを配置し、起業や協業支援、コミュニティ形成、ビジネスプランコンテストなどSTATION Aiでの展開を予定する総合支援サービスを先行的に実施しており、運営体制・支援機能の継続的な拡充の中で、STATION Aiのロケットスタートにつなげていく考えでいる。

■農業イノベーションプロジェクトの創出(第二弾)

農業分野においては、担い手の減少や高齢化といった従来から横たわる課題に加えて、カーボンニュートラルやサプライチェーン改革などの新たな課題が生じている。こうした課題に迅速に対応するため、愛知県は従来の農業施策にはない、新しいビジネスアイデアや革新的技術を有するスタートアップと連携した新施策である「あいち農業イノベーションプロジェクト」を立ち上げた。既に本県が進めるSTATION Aiの関連プロジェクトとして事業化を図ることとし、2021年12月に、プロジェクトの推進母体として農業分野に造詣の深い大学、農業団体、国、愛知県を構成メンバーとする「あいち農業イノベーション研究会」を設置し、産学官連携による農業イノベーション創出事業を進めている。

具体的には、土地利用型作物のスマートモデルをはじめ、農業イノベーション関連の六つのテーマを設定し、スタートアップ等の事業者から技術提案の募集を行い、実現可能性や先進性などの観点から18課題を選定し、予備試験などを行いながら、開発から社会実装までの計画をまとめ、研究開発を進めている。

このうち、燃油や肥料の高騰対策など喫緊の課題に対応する内容や、提案内容の熟度が高い6課題については、先行的に研究開発を実施し、早期の社会実装を目指している。

こうした農業分野のイノベーション創出と事業の加速化を通じて、愛知県独自の施策として農業分野の社会的課題解決と農業振興を同時に進める革新事業を展開している。

■高齢社会対応のDXによるヘルスケアソリューションの提供(第三弾)

健康長寿分野においても、愛知県はDXによる新しいヘルスケアソリューションの創出と社会実装を目指す「あいちデジタルヘルスプロジェクト」の立ち上げを進めている。

このプロジェクトは、愛知県に立地する国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(以下、「長寿研」)を中核とする研究機関・大学および民間事業者とが連携し、デジタル技術などを活用して、健康寿命の延伸と生活の質向上のための各種のサービス・ソリューションを創出し、地域連携のもと社会への実現を図ることを目的としている。このため2022年12月に、愛知県とともに長寿研、中部電力(株)、名古屋鉄道(株)、ソフトバンク(株)、東京海上日動火災保険(株)が連携協定を締結し、プロジェクトの具体化に向けた検討を開始している。なお、筆者は、こうした社会的影響の大きな課題に対しては、公共セクターが中心となり、競合ともなり得る民間セクター間に共通する協調領域を設定した上で、当該領域における横串のプラットフォーム(連携体制)を構築して事業化を進めることが有効と認識している。

今後、医療・介護分野を中心に研究開発を促進させながら、高齢者の方が健康で長く、住み慣れた地域で暮らせるサービス・ソリューションを創出・提供する考えでいる。

■イノベーション創出の常態化を図る革新事業創造戦略の具体化(第四弾)

愛知県は、以上の第一弾から第三弾までの三つの事例に代表する革新的な事業を、絶え間なく創出させ、社会実装を図る「仕組み」を構築することとし、2022年12月に革新事業創造戦略を策定した(図3)。

図3 革新事業創造フロー図

この戦略では、民間提案を起点として、社会課題の解決と地域の活性化とを同時に進めるイノベーティブなプロジェクトを革新事業と位置付け、その創出を促すとともに、愛知県による全面的なバックアップのもと提案者が主体的に関与しながら産学官金が連携し革新事業の社会への実現を図っていく、事業化のプロセスを掲げている。また、革新事業の国内外の最新事例や革新事業の創造から社会実装の加速に向けた支援施策を体系的に示すなど有効な情報の提供を通じて、制度の活用を促している。さらに、戦略実現の手段として策定と同時に、産学官金の多様な主体からのイノベーション創出に向けた提案を受け付ける「革新事業創造提案プラットフォーム(愛称A-idea)」を構築した。このプラットフォームでは、イノベーション創出に向けたアイデアに加え、技術・研究シーズの登録も可能となっており、Web上でのアイデア同士やアイデアと技術・研究シーズのマッチング機能を備え、登録者同士による自立的なオープンイノベーション・新事業の立ち上げを促進するシステムとなっている。県としては、こうした事業も、バックアップしていく方針としている。

産学官金が連携し、従来の発想や施策体系に捉われることなく新たな視点や切り口で、いわば「0⇒1(ゼロワン)」の発想で革新事業創造戦略を実行し、様々な分野において愛知発のイノベーションを創出し、日本をリードしていきたいと考えている。