特集集成と未來

変われるか、日本の産学連携

広島大学 副学長(産学連携担当) 田原 栄俊

写真:広島大学 副学長(産学連携担当) 田原 栄俊

2023年3月15日

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■はじめに

日本は、他の先進国と比較してスタートアップ創出が大幅に遅れている。岸田政権は、「スタートアップ育成5か年計画」を立てて、日本からイノベーションを創出するスタートアップの創出とユニコーン創出の加速化を目指した計画を示した。海外でもスタートアップ創出の重要性は認識されており、各国でスタートアップ創出のためのエコシステムの強化や投資が進められている。ヨーロッパでは、ギリシャがスタートアップの伸び率が一位であり国を挙げて力を入れている。フランスでは、2000年以降、3万8000社もの新しいスタートアップが生まれ、2010年にはわずか110億ドルだった評価額も、今では2,760億ドルに達している。このような状況の中で、コロナ禍で露呈したのが、日本におけるバイオ医薬品の開発の貧弱さである。

日本で新型コロナウイルスのワクチンや治療薬を生み出すベンチャーは現れなかった。それどころか、国内でワクチンを製造して国民に提供することができなかったのだ。上市されている革新的な医薬品の80%は、バイオベンチャーが生み出しているにもかかわらず、国内での創薬ベンチャーは海外に比べて希少である。創薬ベンチャーは、約80兆円の市場を生み出しているが、国内ベンチャーは8,000億円足らずで世界市場の100分の1以下である。日本における創薬ベンチャー創出と国内シーズの創薬実現のための課題についても触れたい。

■広島大学が進める産学連携の概要

広島大学では、スタートアップを創出するための環境構築に力を入れている。これまで、産学連携の課題は、大学研究者が生み出した研究シーズを実用化するために必要な企業とのマッチングやスタートアップ創出のための支援体制が不十分なことに起因している。大学では、国からの運営費交付金が毎年減額される状況であり、それを支援するリソースが足りていない。それに加えて、新型コロナウイルス感染症により人とのコミュニケーションが難しくなりさらに困難を増している。自ら起業して実用化するスタートアップの創出においても、スタートアップを支援する起業家支援人材が不足しており、十分かつ適切な支援が大学のみでは難しい。そこで考えたのが、「ひろしま好きじゃけんコンソーシアム」(2021年10月21日設立)である。人のリソース不足をDXで解決するために、Slackを活用した産学官金のコミュニケーションツールの導入だ(図1)。好きじゃけんコンソーシアムの基軸をSlackで運用して、会員全員に即時に情報提供できる仕組みである。既に約100社が参加して、アメリカやヨーロッパのエコシステム関連の団体も参加している。AIを用いた10カ国語対応自動翻訳機能もあり、海外とのコミュニケーションも良好である。これで初めて分かったことは、これまで産学連携要員で行ってきたマッチングのイメージと異なり、想像もしていない異分野間の交流が活性化している点である。大学や企業のみならず自治体やベンチャーキャピタルなどともつながっており、これまでの方法ではできなかったコミュニケーションに成功している。

図1 ひろしま好きじゃけんコンソーシアム概要

好きじゃけんコンソーシアムでは、その他にMoodleを使ったオンライン教育システムを参加企業などの会員に提供している。特徴的なのは、本プラットフォームは、「平和希求する精神」を併せ持つ取り組みを重要視しており、平和に関するオンライン講座を推進して、講座を設けている。その他、会員のニーズに合わせて大学の講師による教材を提供している。これらは、会員企業の社員教育や経営層の教育に生かされている。また、ゴールド会員以上には、特別なインターンシップを実施することができ、すでに株式会社アスカネット(広島市)などの複数の企業が企業課題を解決するためにその企画を進めている。企業課題を素人の学生が解決する? と思われるかもしれないが、それが十分にあるのだ。企業の社内にはない学生ならでは発想が生まれてくる可能性がある。日本の衰退しているものづくり国家やビジネスを救うのは、大学の学生やスタートアップなのだ。

国は、2022年を「スタートアップ創出元年」として、大きな資金を投入しようとしている。大学でも国内に八つのエコシステムが起動しており、それを支えようとしている。もう一つのカギは、産業界の参画と支援だ。事業に直結する投資のみならず、将来の夢に投資あるいは寄附する文化が生まれないと日本における真のイノベーションは成功しない。

創薬ベンチャーが生まれない日本国家の課題の一つは、創薬ベンチャーが生まれる環境が十分にそろっていないことだ。その一つが、創薬における非臨床試験や臨床試験を支えるCMC開発(原薬プロセス研究と製剤開発研究)や治験薬製造の不足である。実際に、良い技術を持っている創薬ベンチャーや研究者が、治験薬製造を行う場所がなく創薬開発が停滞しているのである。それを打破するために、広島大学では、メッセンジャーRNA、核酸、ペプチドを製造して、製剤化する施設を作る決断をした。国際基準である3極対応のGMP製造医薬品を可能にするGMP教育も実施して、国内の3極対応医薬品製造施設も支援する。PSI GMP教育研究センターを2022年の10月から立ち上げて、2026年の操業開始に向けて準備を進めている。これが完成すれば、アカデミアやベンチャーの創薬開発を後押しできるものと信じている(図2)。

図2 医療クラスター形成を目指したワクチン製造拠点の構築

■ベンチャー設立とグローバル展開の具体的内容

2021年1月27日に広島大学初の創薬ベンチャーとして株式会社PURMX Therapeutics(パームエックスセラピューティックス)が始動した。私が基礎研究で実施してきたヒトの老化メカニズムの解明の研究成果を応用して、マイクロRNAを用いた抗がん剤を創薬研究実用化させるためである。自身のモットーである「患者を助ける創薬研究」を実現させるために、ベンチャー設立の中でも困難なディープテック系創薬ベンチャーの設立である(図3)。

図3 グローバル展開を目指すPURMX Therapeutics の概要

ベンチャー設立は、2011年に起業した株式会社ミルテル(広島市)に次いで2社目である。これまでのベンチャーでの経験を生かして、チームビルトに時間をかけて2019年からの起業準備を重ねての起業であった。創薬直後の2021年3月にINDを迎えて、治験実施のための治験薬製造と治験実施の資金としてシリーズAで8億5000万円の資金調達に成功した。ここまでスムーズに資金調達ができたのは、これまでベンチャー経験で築いてきた人脈が大きく役立った。チームにも、臨床試験に詳しい息ぴったりの人材も参加した。チームビルトと人脈は、ベンチャーの成功には鍵である。

創薬ベンチャーのもう一つのカギは、グローバル事業展開である。創薬では、当たり前のことであるが、グローバル治験実施のみならず、グローバル事業展開活動は、そのノウハウ経験が重要であり、ここでもこれまでの人脈がキーとなってくる。2022年度は、コロナ禍も一段落して、バイオ系の会議にも積極的に参加して、十分にチームをサポートしてもらえる体制を構築してきた。現在、国内でファーストインヒューマン医師主導治験として悪性胸膜中皮腫での治験を実施している。いよいよ2024年は、グローバル治験を実施する計画であり、世界初のマイクロRNA医薬品承認に向けて、前に進んでいる。「まずは患者一人でいいから、われわれの技術で助ける!」を合い言葉にチーム一丸で創薬を邁進(まいしん)している。

2022年には、大学発ベンチャー表彰(国立研究開発法人科学技術振興機構主催)で特別賞、EOY 2022 Japan中国地区 Challenging Spirit部門の大賞(EY Japan主催)を受賞することができたが、これを弾みにより患者さんに医薬品を届ける事業化を加速化してきたい。

■産学連携活動における今後の在り方

これまでの大学は、国内の企業との共同研究や共同研究講座などに力を入れた産学連携を進めてきた。今後の産学連携は、国外にも目を向けてより広い視野で産学連携を実施していくことが望まれる。大学内のシーズのみならず、国内外の他のシーズとシナジーを生み出す連携の強化、海外企業からもシーズ・ニーズマッチングが加速化される仕組みが重要である。コロナ禍でDX化が進んだおかげで、そのノウハウを産学連携のDX化にも生かし、世界で遅れを取っている産学連携やスタートアップの創出を加速化させることが必要である。

創薬の分野でも実用化されている医薬品の80%はスタートアップ企業が生み出している事実からも、イノベーションを起こすスタートアップの創出は重要であり、国の財政基盤にも大きく影響すると思われる。今後、真のスタートアップ創出が加速化され、イノベーションを起こす技術を基軸としたもの作り大国を取り戻してほしい。