特集集成と未來

産学連携学会20年
―これからの産学連携に向けて―

特定非営利活動法人産学連携学会 会長/高知大学 副学長(地域連携担当)、次世代地域創造センター長 石塚 悟史

写真:特定非営利活動法人産学連携学会 会長/高知大学 副学長(地域連携担当)、次世代地域創造センター長 石塚 悟史

2023年3月15日

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産学連携学会は、2003年3月、東京都千代田区にて設立総会が開催され、今年20周年を迎える。産学連携学会のこれまでとこれからについて紹介するとともに、今後の産学連携の方向性について触れたい。

■産学連携学会20年

2002年9月に、国立大学・共同研究センター専任教員会議にて、産学連携学会設立に向けた分科会が開催された。また10月に、国立大学・共同研究センター長会議にて、産学官いずれにも有用な組織としての産学連携学会の設立が宣言された。それらを踏まえて2003年3月、東京都千代田区にて設立総会が開催された。産学連携学会は、設立に当たって①地域産学官連携活動の総合的支援、②産学連携業務の専門職化、③産学連携学の確立の三つの活動の柱が立てられた(図1)。

図1 産学連携学会の目的

設立後、地域に元気を与えることと、日常の実務を通じて必死に社会構造改革に取り組んでいる方々のことを優先して、まずは先の二つに取り組んできたといえる。本学会の大会は地方都市開催を原則として、毎年100件を優に超す興味深い発表が行われており、関係者がバラバラの状況で同じような失敗を繰り返すという事実はかなり改善されている。また多くの発表があるおかげで事例の類型化も進み、理論モデルというべきものも見え始め、それによっての予測もある程度は立つようになった。さらに類型同士の関係性も明らかになると、モデル同士のつながりが分かって体系化に進んでいる。その体系がさらに大きなモデルに進めば、総合的な予測や判断も可能となり、まさに知的な総合支援が可能となってきていると感じている。

三つのうち最後に残る「産学連携学の確立」に向かって、組織的・構築的な活動・歩みを始めており、実際多くの方々の賛同を得て具体的な活動を始めている**1。産学連携学入門の書籍化はその一例である。現在、改訂版の発刊に向けて検討中である。産学連携学会は、「産学連携(学)」の本質を異種異質なものの連携融合による「知の生産」と捉え、さらにその事象を「知の生産」、「知的財産(としての権利)化」、「知的資産の活用・産業化」という一連の循環、すなわち「知的創造サイクル」と呼ばれる事象循環の中に位置付けて考える立場を取っており、本学会の基本的立場として現在も揺るがない。産学連携学会は、今後も産学連携に関心を有する全ての方々を対象とし、産学連携に従事する際の力量の涵(かん)養、地域産学連携活動の総合的支援に関する事業を遂行するとともに産学連携業務の専門職化を促進していきたいと考えている。また、これらの活動を通じて、産学連携学の確立および産学連携自体を発展させることにより、わが国の学術や技術の発展を促進し、地域が特色ある活動を活発に行う豊かで個性と活性に富んだ社会を作り上げることに寄与していきたい。

■産学連携の重要性とこれから

今般の新型コロナの世界的蔓(まん)延は、経済社会システムの在り方自体に不可逆的な大きな変革をもたらすものであり、その流行が沈静化して緊急時モードが解除された後においても、世界は「元に戻る」のでなく、経済社会の多くの側面で「新型コロナ以前」の常識が「ニュー・ノーマル(新たな日常)」に取って代わられるであろう。世界がニュー・ノーマルへと動く中で、わが国は官民を挙げて必要な取り組みを加速している。新型コロナ以前の段階においては、わが国が目指すべき社会像として、「価値デザイン社会」と「Society 5.0」が示されていた。「価値デザイン社会」や「Society 5.0」に向けた変化は連続的であったが、新型コロナは劇的に、社会全体のリモート化・オンライン化や人々の行動変容、さらには変化に対する高い受容性をもたらし、「価値デザイン社会」と「Society 5.0」を一気に実現させる非連続的な社会変革が可能な千載一遇の機会が訪れている。

わが国は、こうした社会変革を達成した姿としてのニュー・ノーマルを目指すべきであり、その実現のための産学連携が求められている。また、GX(グリーントランスフォーメーション)に関する産学連携の活性化も重要である。VUCA*1時代と呼ばれる現代社会において、オープンイノベーションや産学連携の取り組みの重要性はますます高まっている。コロナ禍後の社会変化と期待されるイノベーション像については分かりやすく整理されているものが幾つかあるので参考にされたい**2

オープンイノベーションのプロセスにおいてもオンライン化が進行しており、オンライン化は物理的な制限を取り払い、より広い選択肢をもたらしていると思われる。オンライン化がオープン化を拡大させたことで、オープンイノベーションの特徴や効果はさらに増大しているだろう。オープン化が進めばその分、あらゆる規制が不要となる。グローバル視点で見れば、国境さえも規制の範囲外となるであろう。コロナの影響によって近距離の移動は規制されたが、企業間においてはその距離を縮めている可能性もある。ニュー・ノーマル下で求められるのは、グローバル視点をベースとしてオープンイノベーションとなるであろう。ニュー・ノーマル下では、社会構造や経済構造が変化し、産業構造が根底から変化する可能性がある。過去の歴史からも、イノベーションはいつも「変化」をもたらす。オンライン化を筆頭に自動化、省人化、省力化が進んでいなかった産業においても、今後は加速する。これまでオープンイノベーションは「これまでなかったものを作る」ことが大きな目的の一つであったが、ニュー・ノーマル下においては、「社会が求めているものを作る」を目的としたオープンイノベーションが増加すると思われる。ニュー・ノーマルに適応した新規事業を開発するのに相性が良いのが、オープンイノベーションと思われる。大企業はさまざまな理由によって新規事業開発の足取りが重くなりがちな傾向であるが、これに対してスタートアップは、実績やしがらみがない分思い切ったアイデアを出すことができ、行動力やスピード感もある。ニュー・ノーマルに対応したビジネス展開は大企業よりむしろスタートアップが得意とする。オープンイノベーションを通してスタートアップのアイデアや技術力に大企業の資本力やノウハウが加われば、スピード感をもって新規事業を成長させることが可能になるだろう。オープンイノベーションに求められるのは、もっと本質的なニーズを取り込んだ、大きな市場を作り出せる新規事業であるといえなくもない。コロナ禍で将来が見通せなくなった今、新規事業の可能性は無限大に広がっており、ライフスタイルそのものを変えてしまうような、偉大なイノベーションに期待したい。

ここ数年、スタートアップを取り巻く環境が劇的に変化している実感がある。スタートアップに関する政策的、資金的支援が充実してきたこともあるが、特筆すべきは起業家のネットワーク組織の積極的な地域経済への関与である。年商1億円以上の若手起業家の世界的ネットワーク「EO(Entrepreneurs’ Organization:起業家機構)」をご存じの方も多いであろう。EOは1987年に米国で設立され、現在61カ国、約1万7000人のメンバーで構成されている。日本には八つの支部があり、約1,000人の会員がいる。この組織の根本は、信頼できる起業家仲間を作ることで、リスクを負う起業家が成長し続けるために互いの経験を共有し、切磋琢磨しながら編み込むメッシュによって、セーフティネットを作っていくことにある。この仕組みこそが地域には必要であり、このメソッドを地方にインストールしたいという考えから、EOのメンバーが中心となって、プロの起業家が次代を担う起業家を生み育てるイノベーションベース(IB)と呼ばれる起業家ネットワーク組織が各地域に立ち上がってきている。現在、18府県で設立済みで、合計31道府県で設立が予定されている。スタートアップが活躍するための人・物・金・情報が地域でも充実してきており、スタートアップが地域イノベーションエコシステムの観点からも今後重要になってくるはずである。産学連携に関心を有する全ての方々が、特に地域で産学連携の実務を担っている方々が、VUCA時代だからこそ産学連携により社会をより良くし、明るい未来のための事業を企画し、実行に移すべき時である。

*1:
Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という四つのキーワードの頭文字から取った造語、社会やビジネスにおいて将来の予測が困難になっている状態
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参考文献

**1:
湯本長伯,産学連携学確立への道程と産学連携学会としての取組経緯―産学連携学はどう成り立つかを考察する構成要因と手順,産学連携学,Vol.7, No.1, 2010.
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**2:
新エネルギー・産業技術総合開発機構技術戦略研究センター,コロナ禍後の社会変化と期待されるイノベーション像,2020.
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