特集集成と未來

産学連携のこれから

摂南大学経済学部教授、同地域総合研究所長/首都圏産業活性化協会(TAMA協会)会長 野長瀬 裕二

写真:摂南大学経済学部教授、同地域総合研究所長/首都圏産業活性化協会(TAMA協会)会長 野長瀬 裕二

2023年3月15日

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産学連携分野では、多様な専門分野の立場から考えることが重要である。

本ジャーナルのバックナンバーを読むと、産学連携に携わる人材のキャリアは実に多様であることに気付く。

筆者の場合は、企業で生産技術、事業管理、事業企画等を経験した。事業収益確保を技術・ものづくりから販売までトータルで考える実務からキャリアをスタートさせた。大学研究者となった後、優れた企業を多数訪問し、研究活動と並行して企業支援や産学官金ネットワーク構築を実践していった。国立大学の独法化の時期に、大学と企業の連携、知財管理、ベンチャー創出、技術経営教育といったテーマに取り組んできた。

しかし、本号をお読みいただけば、産学連携分野には、いろいろな立場や専門性があることに読者の皆さまは改めてお気付きになることだろう。

様々な立場で産学官連携活動やそのマネジメントを実践され、成果を上げてきた方々を、これまで多数見てきた。本号を読むことが、読者の皆さまにとり、産学連携のこれからを考える契機となれば幸いである。

■産学連携と大学マネジメント

大学内のマネジメントに明るくないと、どのように理念は立派であっても産学連携システムは機能しないし、大学組織は動かない。

そもそも、産学連携に熱心な研究者の比率は、大学ごとに違うが、そう高くはない大学も散見される。

大学研究者の外部資金獲得のパターンは、A.国の研究開発プロジェクトに採択される、B.企業からの研究費を受け入れる、C.国と企業の両方から外部資金を得る、と多様である。

どこの大学においても稼ぎ頭であるCタイプのスター教授は限られている。一方、限られているスター教授だけを優遇するような人事管理方法を採れば、それ以外の大多数の研究者の不満が生じやすい。

スター教授たちがのびのびと活躍し、かつ組織全体の不満がある程度抑制されるようなマネジメントを目指した努力が全国の大学で意識されている。

しかし、研究開発型の民間企業では、筆者の知る限りリテンション(有用な人材の引き留め)策を次々と導入しているが、各大学では萌芽的試みが始まりつつある状況である。リテンションについては試行錯誤が続いている。

極論すると、1億円の研究費を稼ぐスター研究者をスカウトすれば、受け入れ大学は研究レベルが向上し、スター研究者からオーバーヘッドを徴収すれば増収となる。

また、伸び盛りの若手研究者で、3,000万円~5,000万円前後の研究費を得られる人材をスカウトすれば、受け入れ大学では、他研究者との研究チーム組成により億単位の研究プロジェクトが回せるような場合もあろう。

研究開発型企業におけるCHO(Chief Human Officer)に相当する機能が、今後ますます大学経営上、重要となることが想定される。

■産学連携と大学マネジメントの階層

わが国では、産学連携部門のトップとして活躍した後に学長や副学長となられた方は限られているが、本号の各記事をお読みいただくとそうした方々の足跡が理解できよう。

また、産学連携を行う大学のマネジメントは、現場責任者レベル、管理者レベル、経営者レベルの三階層に分かれる。

産学連携部門、知財管理部門、インキュベーション部門などの責任者に問われるのは、まずは「現場責任者レベル」のマネジメントが的確にできることである。また、現場スタッフへのリスペクトを伴った適切な評価ができるかどうかも重要である。スタッフの入れ替わりが激しい大学は企業や自治体からの評判が向上しない上、継続的な努力ができない傾向がある。地に足を付けた活動を継続するには、モチベーションを維持している現場スタッフのある程度の定着が必要だ。

「管理者レベル」のマネジメントを行うには、学内の各部門への影響力をある程度行使できるか否かが問われる。学内の経営資源を有機的に結合させていくことが可能かである。

理工系の単科大学と文系や医学部を持つ総合大学では、経営資源の多様性が異なるため、「管理者レベル」のマネジメントの難易度も違ってくる。

そして、「経営者レベル」のマネジメントでは、大学を取り巻く各利害関係者への影響力を一定水準で行使できるかが問われる。産学連携における利害関係者とは、例えば、関係省庁、自治体、金融機関、有力企業、実力派ベンチャー企業、支援専門家などである。

これら3レベルのマネジメントを行うことができる人材がいるかどうか。いたとして、その人に適した責任と権限が与えられるか。ここが大学の経営上の課題となる。

一人のスーパーマンに全て備わっている状況が難しいのであれば、経営チームとして複数名で3レベルのマネジメントを網羅できるかが問われる。

わが国の多くの大学では、学内外に影響力を行使することのできる産学連携人材の輩出と育成が急務である。

■地域産学官連携とイノベーター集積の経済性

産学連携のこれからを考える際に、地域における活動をどのようなロジックで展開していくかは重要である。本号では、地域を基盤にしている諸事例も紹介されている。

地域で集まって「何かやろう」というところから連携活動を始めるのは当然だが、成功事例を見ると、ある種のロジックが組み込まれている。さらに求心力ある人材による継続力が活動には不可欠である。

ロジックの代表的のものは、図1に示される「イノベーター集積の経済性」である。

図1 イノベーター集積の経済性 (野長瀬、2011)

イノベーターの代表的な存在は、イノベーションを引き起こす企業家、あるいはその予備軍である。地域産学官連携においては、大学研究者や支援人材のように、イノベーションを増幅する人材、あるいはイノベーションの契機を提供する人材も重要である。

これらの革新的かつ意欲的人材を惹(ひ)き付ける「場の磁力」により、イノベーター間の「接触の利益」が生まれる。刺激的な出会いを通じて新たなイノベーターが輩出され、他地域から吸引され、さらには先輩たちを見習うことで後輩のイノベーター達が育成されていく。

イノベーティブな人材が日常的に良質の刺激を得ることができる。地域にこうした環境を創造することが「イノベーター集積の経済性」を実現する第一歩となる。

近年、地域エコシステムをいかに形成するかという議論が高まっているが、図1のロジックがエコシステムの中核に必要となる。

一方、イノベーターは革新的な人材であるため、尊敬できる他のイノベーターの言うことは聞くが、堅苦しいルールで縛ろうとしても難しい。

地域においてイノベーターネットワークの求心力を保つには、彼らに一目置かれる地域リーダーの存在が不可欠な場合がある。

イノベーターが高密度に密集しているシリコンバレー・モデルにおけるBeehive Effect(蜂の巣効果)を一足飛びに日本で、特に地方都市で実現することは難しい。今求められているのは、本号で紹介されているような事例を参考に、求心力ある地域イノベーターネットワークに加えて、国内外の優れたクラスターへのパイプラインを構築し、イノベーター集積の経済性をネットワーク的に実現していこうとする努力である。

■今後の地域産学官連携システム

イノベーター集積の経済性を地域で実現するには、各地域の産業政策に合致した事業分野の選定と戦略が重要となる。産業クラスターの形成には、M.E.Poter(1990)が述べているように競争優位性のある中核産業と周辺産業の形成、グレードアップが欠かせない。

わが国では、愛知県とその周辺地域における自動車産業クラスターの競争優位性と雇用創出力は群を抜いた存在である。一方、農村地域において、愛知地域と同様の産業集積やハイテク産業クラスターを必ずしも目指す必要はない。例えば、食・農産業クラスターを目指すような方向性でも構わないのである。

地域産業のグレードアップを目指す産業政策立案には、図2のようなポジショニングシフトの戦略を必要とする。現在のポジション(P1)から例えば新しいポジション(P2)に移るには、どのような政策的努力が求められるかである。

図2 地域産業のポジショニングシフト例

筆者が会長を務めている一般社団法人首都圏産業活性化協会(略称、TAMA協会)では、2019年から広域自治体を集めた産業政策勉強会を開催し、各自治体が産業政策を紹介し合い切磋琢磨する試みを続けている。ポストクラスター政策が求められる時代には、自治体とのネットワークと産業政策共有が重要との観点からの試みである。

自治体と産業政策を共有できたなら、次は地域産学官連携の基礎となる企業とのネットワークをどのように強化するかである。

全国の地域産学官連携システムの事業評価を依頼される機会がしばしばあるが、優れた地域の事業提案とそうでない地域の提案にはどこに差があるのか。

一言で言うと、似たような提案であっても、それまでの企業との関係性の基礎工事がしっかりとしているかどうかで具体性や実現性に差が出るのである。

意欲的企業家とのネットワーク活動継続の基礎があり、その土台の上に新たなイノベーション創出へのチャレンジがあるかどうかである。

TAMA協会においては、2018年から図3の「三層構造」に基づく企業とのネットワーク形成に取り組んでいる。

図3 企業とのネットワーク構築の三層構造 (野長瀬、2023)

まず、Layer1として、企業訪問やマッチングの場であるイブニングサロンなど、「交流関係」の基礎工事を行う。

このLayer1の中からLayer2として「連携関係」を構築し、低頻度の企業支援の依頼に応じていく。Layer2の企業中から高頻度の支援を必要とするLayer3の「創造関係」に関係を進化させていくのである。

この三層構造による企業とのネットワーク構築に力を入れてから、実はTAMA協会の会員数はV字回復し、コロナ禍でも増え続けている。交流関係の基礎ができてくると、企業のニーズ情報も蓄積されてくる。分母が増えるとLayer3も増えてくる。

手っ取り早く成果を出そうとすると、基礎的なLayerをすっ飛ばしていくことになる。そうすると底の浅い提案しか企業にできない。しかし、Layer1構築には手間がかかる。ここを我慢して先行投資できるかである。

本号で紹介されている各地域事例では、企業とのネットワーク形成に継続的な努力があり、求心力あるキーマンの存在が見られる。

ポストクラスター政策時代の地域イノベーション創出支援活動において、今後さらに必要となるのは、従来の産学官金ネットワークのバージョンアップである。

大学の知を知的資産化・コンテンツ化し、自治体のリソースを生かし、地域の優れた個人の力をネットワーク化する。人口減少により、多くの自治体や大学は「衰退管理」の時代に入る逆風の中ではあるが、こうした産学官金+民の新しいネットワークの先進モデルが、今後は意欲的な地域で開花していくと期待される。

参考文献

Porter, M. E. 1990, The Competitive Advantage of Nations. Free Press.
野長瀬裕二、2011、地域産業の活性化戦略、学文社.
野長瀬裕二、2023、過疎地域の活性化に関する一考察、関西ベンチャー学会2023 年全国大会発表用資料.