シリーズ防災と減災と被災後

「総合知」で社会の潜在的な期待を発見する

国立研究開発法人防災科学技術研究所 イノベーション共創本部 共創推進室 専門職 石原 瑛暉

写真:国立研究開発法人防災科学技術研究所 イノベーション共創本部 共創推進室 専門職 石原 瑛暉

2023年2月15日

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防災科学技術研究所(防災科研)は、災害に対する社会のレジリエンスを向上させるため、社会的期待、すなわち、個人や企業・団体の持つニーズの背景にある社会の潜在的なニーズを見いだす公募型共同研究事業を2021年度から開始した。ここでは、事業の内容やこれまでの成果について紹介する。

■背景

防災科学技術は、研究成果を社会へ還元することが強く求められる分野であり、この分野において成果を上げるためには、社会そのものをよく知り、社会を構成する様々な人々が真に求める研究成果を提供する必要がある。そのため、防災科研は産学官民と共創しながら、社会のニーズを的確に捉えて社会変革をもたらす研究開発を進めている。

また、第6期科学技術・イノベーション基本計画において、人間や社会の総合的理解と課題解決には人文・社会科学の「知」と自然科学の「知」を融合した「総合知」が重要であることが示された。防災分野においても同様で、災害リスクの低減に役立つ科学技術を生み出すためには、災害の持つ自然現象の面と社会現象の面の双方に対応する必要があり、「総合知」の創出・活用が重要な役割を果たす。

■「災害レジリエンス向上のための社会的期待発見研究」について

こうした背景を踏まえ、災害に対する社会のレジリエンスを向上させる科学技術を創出し有効的に活用するため、防災科研は、社会が真に必要とする「社会的期待」を見いだす公募型共同研究事業「災害レジリエンス向上のための社会的期待発見研究」を2021度から開始した(図1)。

図1 事業の概念図

「社会的期待」とは、個人や各企業・団体が求めるニーズの背景にある社会の潜在的なニーズを指す。社会を構成する人々の真に求めることが明らかになれば、それは災害リスクの低減に役立つ優れた科学技術を創出し、有効的に活用するための研究指針になる。

本事業では、審査を通過した共同研究チームに対して最大250万円を支援し、各研究チームは科学的プロセスに基づいて1年未満の期間で社会的期待の発見に挑戦する。なお、共同研究チームを組むにあたっては、

  • 災害を「自然現象」として捉える研究者と、災害を「社会現象」として捉える研究者が参画すること
  • 防災科研の研究者だけではなく、大学や研究機関、高等専門学校、民間企業などの研究者も参画すること

を要件とし、産学官民のステークホルダーとともに分野・組織を超えて広く協働しながら研究することを求めている。そのため、必要に応じて本事業の事務局がマッチングを支援している。

また、災害レジリエンスの向上に資する社会的期待発見への挑戦と新たな共創・協働を後押しするため、申請書類や審査手続きを簡素化・効率化することで、研究者が「気軽に」応募できるようにしている。

■これまでの成果

事業を開始して以降、これまでに19件の研究課題を採択した。具体的には、2021年度に10件(研究終了)、2022年度に9件(研究中)採択し、2022年度については2021年度からの継続・発展課題も含まれる。各研究チームは、ニーズ調査などを通じて新たな気付きを得るだけでなく、中には今回の成果を足掛かりに次の研究へステップアップするところもあった。

これまでの具体的な成果として、2021年度の研究課題の中から二つ紹介する。

①露地野菜の需給バランスの安定化に向けて

研究課題名:露地野菜における気象災害の被害予測情報を用いた需給調整の効果検証**1
代表者:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)野菜花き研究部門 菅原幸治

この研究課題では、露地野菜の需給バランスの安定化に向けて、需給調整に気象災害の被害予測情報を用いることの効果を検証した(図2)。

図2 研究概要

キャベツやレタスなどの露地野菜は天候の影響を受けやすく、需要量と供給量のバランスが崩れやすい問題がある。そのため、共同研究者である農研機構は、露地野菜の生産者とバイヤーが事前に需給調整して安定化を図れるよう、気象データを用いた「精密出荷予測システム」を開発してきたが、突発的な気象災害による被害の推定や予測にはこれまで対応していなかった。

そこで、防災科研が開発する人工衛星などの観測データに基づく「被災状況解析・共有システム」と連携することで、露地野菜生産における気象災害(特に浸水害)による圃場(ほじょう)別の減収被害を評価・予測する方法を考案した。具体的には、防災科研の「被災状況解析・共有システム」から取得される浸水被害発生地域のデータと、全国の圃場筆ポリゴン(田と畑の区分あり)のデータを重ね合わせて表示することで畑の被害面積を推定し、各種情報から露地野菜の減収量と被害額を導出した。

その後、研究チームは「出荷時期の約1カ月前に露地野菜の被害状況が分かれば、事前に出荷量の需給調整を行うことができるのはないか」という仮説の下、全国各地の露地野菜生産者や農業協同組合(JA)職員、青果市場関係者に対してヒアリングし、被害リスク低減の経済効果を検証した。

ヒアリング調査から、被災した産地の減収量の予測情報が出荷予定の約1カ月前までに得られれば、バイヤーはそのリードタイムを使って需要量の大半を別産地から調達して売上損失を大幅に低減できる可能性があり、また、少なくとも2週間前までに予測情報を入手できれば、需要量の半量程度まで調達できる可能性があることが分かった。

今回明らかになった結果を基に、現在、気象災害の被害予測情報を取り入れた実用的な出荷予測システムの開発を進めている。

②消費者が災害リスクを踏まえて適正に住宅地を選択できるように

研究課題名:住宅地選択行動を適正化させる災害ハザードマップ活用に関する社会的期待発見研究**2
代表者:阿南工業高等専門学校 創造技術工学科 多田 豊

この研究課題では、消費者が災害リスク情報を総合的に判断した上で適正に住宅地を選択し購入できるためのハザードマップの基本的な考え方について整理した(図3)。

図3 研究概要

住宅地の売買契約にあたって、宅地建物取引業者はハザードマップを用いて水害リスクを事前に説明することが義務付けられている。しかし、現在のハザードマップは災害時の利用(避難行動)を前提に、浸水深が想定最大規模で表記されているため、消費者や宅地建物取引業者はハザードマップから読み取れる災害リスク情報を住宅地の選択にそのまま活用することが十分にできていないと考えられる。

そこで研究チームは、河川洪水や南海トラフ巨大地震など災害リスクの高い沿岸部に人口の大部分が居住する徳島県の消費者や宅地建物取引業者を対象に、

  • 宅地建物取引業者がハザードマップを用いた説明の実情
  • 住宅地の周辺図とハザードマップから住宅地選択において重要な視点である安全性と利便性に対する宅地建物取引業者と消費者による評価
  • 住宅地選択において重要な視点である安全性と利便性、費用に対する消費者の評価

について、アンケートやヒアリング、共分散構造モデル分析を用いて実態を調査したところ

  • 宅地建物取引業者によって、浸水深が同じでも住宅地の安全性評価が一定でないこと
  • 消費者は、ハザードマップの浸水深だけでは正確に安全性を評価することができず、被災時の正しい避難経路を設定できないこと
  • 消費者は安全性を浸水深ではなく、住宅地の費用(安全性が高い=費用が高い)などから評価していること

が明らかになり、住宅地選択においてハザードマップを活用するための基本的な考え方を整理することができた。現在、調査によって明らかになったニーズを踏まえ、住宅地選択に有効活用できるアプリケーションの試作を進めている。

■さいごに

防災科研は、防災科学技術研究に関するイノベーションの中核的機関として、災害レジリエンスの向上に必要な研究開発の「種」を生み育てていくために、2023年度以降も本事業を実施する。より多くの関係者に本事業について知ってもらうとともに、異分野・組織間の連携を後押しし、より活用しやすい事業になるよう制度のさらなる改善が今後の課題として挙げられる。「自分の研究がどんなニーズを秘めているのか明らかにしたい」「こんなアイデアがあるから、まずはニーズ把握から小さく始めてみたい」という思いを持った人々を、引き続き支援していく。

参考文献

**1:
防災科研 機関リポジトリ、http://doi.org/10.24732/NIED.00003896
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**2:
防災科研 機関リポジトリ、http://doi.org/10.24732/NIED.00003900
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