リポート
ネーミングライツで広がる産学連携の様々なカタチ
大学の施設内でネーミングライツが少しずつだが広がっている。図書館やラウンジ、食堂などに冠を付けることが一般的だが、広く見渡せば参考になる事例は学外にある。
■大学の施設マネジメントが基点となる
文部科学省は、2015年3月に大学経営者向けの報告書「大学経営に求められる施設戦略~施設マネジメントが教育研究基盤を強化する~」を取りまとめ、施設マネジメントの基本的な考え方を示してきた。国立大学法人や大学共同利用機関法人、独立行政法人国立高等専門学校機構などの施設にも、戦略的なマネジメントの必要性を説いている。
2016年3月の「第4次国立大学法人等施設整備5か年計画」では、「国立大学法人等は、財政状況が厳しい中で、教育研究活動に要する財源を確保し、良好な教育研究環境を維持・確保するため、自らの責任において主体的に施設整備・管理を行うことができるよう、経営的な視点による戦略的な施設マネジメントをより一層推進する」ことと指針を示した。
そして2019年度予算から運営費交付金の基幹経費で「成果を中心とする実績状況に基づく配分」の仕組みが導入され、この「施設マネジメント」も配分指標の一つに位置付けられた。この年にまとめられた「戦略的な施設マネジメント実践事例集2019」の中で、施設マネジメントを「施設の有効活用」、「適切な維持管理」、「サスティナブル・キャンパスの形成」と三つに分類し、大学が取り組んできた事例を複数紹介している。この辺りから国立大学などでもネーミングライツが導入され始めた。
例えば「施設の有効活用」では、大学施設を学外へ貸し付けたりスペース管理システムを用い施設マネジントを推進するなどだ。ネーミングライツもこのカテゴリー内に分類される。このほか、「適切な維持管理」では、ごみを圧縮してその排出量を削減し処理費用を節約、学生と教職員によるキャンパスの一斉清掃を実施し清掃費用を削減する「サスティナブル・キャンパスの形成」では、省資源、低炭素化を推進する。
■エスカレーターにも企業名
大学が実施するネーミングライツは、附属図書館やラウンジ、食堂などが一般的だが、中にはエレベーターや講義室(教室)にも協賛を募り企業名や商品名が付けられていることもある。徐々に浸透してきたようにも思えるが、2022年に初めて導入した大学もあれば、未導入の大学もある。どうせやるなら奇策やパブリシティー効果がある方が広告的価値は増大する。
2018年3月、契約金で図書館の維持管理費を捻出するのを目的に九州大学が中央図書館に設定したネーミングライツは年額1億円だったが、当時は強気な価格設定に驚いたものだ。
最近では福島大学が、学内のサービス向上に役立てるために、ネーミングライツ制度を初めて導入した。販売するのは、福島市金谷川のキャンパス内にある附属図書館や館内の学習スペースなど八つの施設や設備だ。年間の料金は、附属図書館が200万円、館内の学習スペースが100万円で契約期間は最長5年。
一方、企業視点で見るとソフトウェア開発のSky株式会社(東京都港区)が、矢継ぎ早に大学とネーミングライツや協賛を発表している。2022年だけでも大阪大学、神戸大学(工学部食堂の名称を「Sky Dining」、ラーニングコモンズが「Sky Commons」)、東京工業大学(レクチャーシアターに、「Sky Lecture Theatre」のネーミングプレート設置。企業紹介ボードや壁面に照射される夜間投影型サインを掲示)、大阪教育大学のエスカレーターを「Sky Escalator(スカイ エスカレーター)」にする例やお茶の水女子大学、東京大学のラウンジは協賛「Sky Lounge」に。
大学の事例ではないが、小田急電鉄が2022年3月から「東海大学前1号踏切」(神奈川県秦野市)にネーミングライツを導入する実証実験を行った。秦野市が、YouTubeチャンネルで市の最新情報や観光スポットなどを紹介するチャンネル名を冠した「はだのモーピク踏切」の愛称を付け、QRコード付きの看板を設置したのだ。踏切の名前など普段は意識しないものだが、開かずの踏切は急ぎたい現代人にはストレスの対象でしかない。したがって電車が通過する待ち時間は、人や車が立ち止まるためQRコードからアクセスしてみようとする人もいるだろう。誰も思い付かない発想の転換やアイデアは思わぬPR効果を期待できる。
このほか大学がスポンサーになる事例もある。横浜ドリームランド跡地に建設された俣野公園野球場は横浜市が所有する。2009年からは俣野公園・横浜薬大スタジアムの呼称で主にアマチュア野球場として使用されている。球場も大学も戸塚区にあり、地域密着型の連携で、横浜薬科大学が施設命名権を取得した事例だ。
■スポーツはカネになる
一般的にネーミングライツは、スポーツ施設など公共施設が知られている。
東京スタジアム(東京都調布市)は、2003年3月からネーミングライツを導入し、現在はメインスタジアムを「AJINOMOTO STADIUM」(味の素スタジアム)、セカンドフィールドを「アミノバイタルフィールド」と改称し、日本の公共施設ではネーミングライツ導入の草分けだ。2008年3月~2014年2月までは6年契約だったが、ほぼ5年ごとの契約を更新し定着した感がある。
広告はどれだけ人の目に触れるか、販促に直結するかで価格が決まる。同スタジアムは、Jリーグやラグビーワールドカップ2019、2020年東京オリンピックのほか、コンサートなどスポーツ以外でも利用され集客力の高さや、ビッグイベントのたびにメディアで会場名が露出されることもあり広告的価値が非常に高い。文化的イベントなどと比べてもスポーツ施設が人気な理由は、「スポーツはカネになる」からだ。
その事例をざっと振り返ってみよう。宮城球場はフルキャスト、スタジアム宮城、日本製紙クリネックススタジアム宮城、楽天Kobo、スタジアム宮城、Koboパーク宮城、楽天生命パーク宮城、楽天モバイルパーク宮城へ施設名が変わってきた。
西武ドームは、インボイス、SEIBUドーム、グッドウィルドーム、西武ドーム、西武プリンスドーム、メットライフドーム、ベルーナドームへと変わった。
千葉マリンスタジアムは、QVCマリンフィールド、ZOZOマリンスタジアム。
大阪ドームは、京セラドーム大阪。ナゴヤドームは、2021年からバンテリンドームナゴヤへ。
神戸総合運動公園野球場は、Yahoo! BBスタジアム、スカイマークスタジアム、ほっともっとフィールド神戸。
福岡ドームは、福岡Yahoo! JAPANドーム、福岡ヤフオク!ドーム、福岡PayPayドームへと変遷してきた。
地味というと叱られそうだが、従来の施設名からするとネーミングライツの実施で華やかさを演出した気になる。一方で、札幌ドーム(2022年度まで)、東京ドーム、横浜スタジアム、阪神甲子園球場は、変わらず独自の「施設ブランド」を維持している。
鳴門・大塚スポーツパークは、元は徳島県鳴門総合運動公園だったが2017年に大塚製薬株式会社が命名権を取得した。パークには陸上競技場や体育館など個別に施設があり、ネーミングライツ導入を機に、陸上競技場はポカリスエットスタジアム、野球場はオロナミンC球場、体育館はアミノバリューホール、武道館はソイジョイ武道館と大塚製薬の商品名が付けられ「丸抱え」の珍しい事例で、これを機に一気に知名度を上げた運動公園ではないだろうか。
札幌市カーリング場は、2012年から株式会社北海道銀行が命名権を取得し、どうぎんカーリングスタジアムとなった。2018年平昌オリンピックでは、カーリング女子日本代表のLS北見が日本勢初となる銅メダルを獲得。2022年北京オリンピックでは銀メダルと2大会連続のメダル獲得を果たしたことは記憶に新しい。これは五輪で日本代表チームが活躍したことでカーリング人気に拍車をかけ、その結果ネーミングライツ効果も急上昇となった。
■施設名が頻繁に変わる混乱
通常広告業界は、媒体(メディア)と広告主の間に広告会社が介在することが多い。媒体側は、広告料を得て広告主にその広告に対するメリットを提供するウインウインの関係で契約が成立する。しかしこれら公共機関が行うネーミングライツは公募が原則で価格も公表される。この場合「媒体=公共機関(自治体や大学)」と「広告主=企業」が相互の契約によることが多い。自治体や大学は公共機関であることと大学は教育機関であることが加わり、単純に広告業界で捉えるところの「媒体・広告会社・広告主」の関係性や商習慣で進めにくい意識の違いが見られる。企業側はCSRや寄付に近い意識で捉えた方が良いように感じる。
一方で契約した企業(広告主)の不祥事や広告主の広告効果に対する意向が強過ぎるとトラブルに発展する。施設名が頻繁に変わると混乱し施設のイメージにも影響することもある。このほか施設名に冠が付くことで、広告主による「1業種1社」、つまり同業他社の広告活動や異業種のイベントが敬遠されることにもなりかねないなどデメリットもあり得るわけで、この点は通常の広告契約と同様のリスクは生じる。このような場合、広告主が両者の間に入り調整してくれることもあるのだが、直接契約でこうした問題に直面する可能性も踏まえて、契約は詳細に取り決め双方納得が行くように取り交わす必要がある。
■おさらい
1980年代は、欧米諸国は大学が保有する特許などの知的財産権を保護し、活用する政策を推進し、自国の科学技術を囲い込んできた。そのため既存技術でモノを作ろうにも特許の壁に突き当たり、囲い込まれた特許を避けるか、もしくは膨大な実施料を支払った上で特許を使用するか混乱が生じた時代だ。そして特許は、保有する国に莫大な利益をもたらすことが分かった。日本でも、大学などの技術革新の源泉として注目され始めた。主に個人の起業と連携に依存してきた日本の大学は、知財への理解が乏しく、有効活用されなかった産学官連携活動では、個人から組織へ、非契約から契約へと転換し、知財中心へと進展する。産学官連携施策は、1983年共同研究制度の発足や、1987年の共同研究センターの整備など順次制度や体制が整備され、「科学技術基本法」(1995年)は、公的資金が大学などの研究に投入されるようになった。
「科学技術基本計画」(1996年)は、近年の産学官連携が拡大した契機といえる。「大学等技術移転促進法」(TLO法)(1998年)の制定は、大学の技術や研究成果を民間企業へ移転する技術移転機関の活動を国が支援し技術移転システムが構築されていく。当時の学術審議会が答申した「科学技術創造立国を目指す我が国の学術研究の総合的推進について」(1999年)においては、学術研究の目指すべき第三の方向として、産学連携の推進を中心とする「社会への貢献」が明確化されたことは従来の教育、研究に加えて社会貢献が組み込まれた決定的瞬間である。そして、日本版バイ・ドール法(産業活力再生特別措置法第30条、1999年)の制定は、欧米より20年も遅れていた特許政策が法律によって明文化されることとなった。バイドール法とは、米国で1980年に制定された法律で、連邦政府の資金で研究開発された発明でも、その成果に対して大学や研究者が特許権を取得することを認めた法律である。
2000年代に入り、大学発ベンチャー支援のための助成制度や大学へのコーディネーター配置、2003年ごろから、大学に「知的財産本部」が整備され。国立大学の共同研究件数や発明届出数が増加、承認TLOは32機関と増えTLOを通じた実施許諾件数も大幅に増加した。2004年の国立大学の法人化は、研究成果の社会還元が大学の使命の一つとして明記され、知財によって産学連携を活性化させ、世界的な知財競争を勝ち抜くための本格的な「新章」に突入した。大まかだが日本における近年の産学官連携は、このような政策によって形作られてきた。
このように共同研究・研究開発・事業化、TLO・コーディネーション、ベンチャー・起業、知財…近年のわが国の産学連携は、科学技術を中心とした政策によって深化してきた。さらに人材育成・ダイバーシティ、国際展開、SDGsなどの横展開へ裾野を広げる構図だ。加えて2022年度から5年間にわたる科学技術政策の枠組みを定めた第6期科学技術・イノベーション基本計画では、人文社会科学も新たに対象に含まれるようになり、これまで関わりの薄かった研究者も産学連携を意識する必要に迫られている。そして有償・無償にかかわらず広義に解釈され様々な「カタチ」へと広がっている。
大学などが実施する施設命名権(ネーミングライツ)は、政策上の産学連携施策とは異なり、大学の当該部門や担当者も産学連携や社会連携の認識はないかもしれないが、これらも広義の産学連携と解釈できる。質の高い教育の維持や研究費補完を目的に、大学も収益を得る必要がある。潤沢な運営費交付金、補助金などが十分に得られなくなった近年、安定的財源確保が迫られているからだ。
ネーミングライツは、大学にとってハードルの低い既存施設の有効活用として期待できる。単純に施設に命名権といったどこを切っても断面に金太郎の顔が現れる金太郎飴のようで企画性やアイデアを取り入れることでさらに安定財源が確保できそうだ。ネーミングライツは広告である。今ある施設に魅力ある企画性を持たせ企画書を作成し「取りに行く」姿勢があってもいいのでは。もちろん、大学であること、教育・研究機関、公的機関であることから大きく逸脱しないことが前提だが、先に記載したような普段スルーしてしまう場所(こと)を見直し、大学だけでなく、他の事例も参考に双方ウインウインの効果を引き出せる取り組みは活性化する要因となる。産学連携政策が本格的にスタートしておよそ30年、従来の産学官連携に収まらなくなったことに大きな意味があるのだから。
(本誌編集長/大妻女子大学 地域連携・地域貢献プロジェクト専門委員 山口 泰博)