リポート
地域と企業の持続的な成長を目指す「つばめいと」
公益社団法人つばめいと 事務局長/新潟大学 工学部 助教 若林 悦子

■つばめいとの事業を開始した背景
新潟県燕市は、多くの中小企業が金属加工業を営んでいる典型的な田園都市型の製造業集積地である。地域の産業は全国的に起きている人材獲得難に例にもれず直面し、2016年ごろから若手人材を獲得する方策としてインターンシップに注目が集まった。一方で燕市内の公共交通機関は乏しく、企業の多くは市街地から離れた工業団地に位置していることがインターンシップを進める際に障壁であることも明らかとなった。新潟県内の大学のある地域から学生が公共交通機関のみによって市内企業にアクセスすることは困難で、大学と連携したインターンシップの実施など、交流促進の弊害となっていた。そのため学生の往来を増やし、インターンシップを円滑に実施するためには、学生らが滞在できる機能を持った、拠点となる施設の整備が必要と考えられた。
これらの課題と経緯に加え、大学や学生らに対し地域内の企業を適切にコーディネートすることを目的とし、2016年11月に「一般社団法人つばめいと」(2019年に公益法人化。以下、つばめいと)が設立された。市内経営者らが組織の代表理事と理事に就任し、企業が主体となって事業を展開するインターンシップのコーディネート機関が誕生した。実働部隊であるコーディネーターには、燕商工会議所職員であり、市内の産業についても理解が深かった筆者が採用され、拠点施設に常駐するインターンシップ・コーディネーター兼事務局担当者として活動を開始した。これを機に、燕市で地域全体が包含されるインターンシップ拡充のための事業が動き出した。
■中小企業に多様な学生との出会いを提供するコーディネート機能
通常、大学からの単位取得が伴う学生インターンシップの受け入れでは、1週間以上の継続期間が求められるなど一定の条件が定められている。燕市内の企業の大半を占める小規模事業所にとって、それらの条件が障壁となって「受け入れ不可」となることも少なくはない。つばめいとは、大学と企業との間に立ち、大学の求める条件や学習到達目標を満たし、企業にとっても得られるものの多いコーディネートを目指し、実践している。その一例として、複数社を実習先とするひとまとまりのインターンシッププログラムをコーディネートすることが挙げられる。例えば、製造業における現場の管理業務に関心がある学生から5日間(1週間)の期間が定められたインターンシップの要望があった場合、ISO9001に基づいた品質管理に取り組む金属加工業の複数社で研修をするプログラムを提供している。対象となる企業らに趣旨説明と活動内容を例示し、目的を共有した後、スケジュールを調整する。期間中、企業らは1社につき1日学生を受け入れ、学生は5日間で5社の研修を実施する。これにより、1社あたりの受け入れにかかる負担軽減のみならず、学生は複眼的な視点を得ることができる。こうしたコーディネート機能を備えることにより、学生や大学から長期のインターンの希望があっても対応が可能となると同時に、産業に対し深く、広範な理解を促す特徴あるインターンシッププログラムを燕市内で実施することが可能となった(表1)。

■地域に密着した研修を可能にする宿泊拠点の整備
インターンシップに参加する学生の企業へのアクセスの改善を図るため、つばめいとは2018年に学生用の拠点施設(写真1)を建設した。
つばめいとを設立した経営者らは市内企業にインターンシップの必要性を訴え、賛同した約100社から寄付金を受領し、拠点施設の新設・整備費用に充当した。市内企業で数日間にわたるインターンシップに参加をする際、学生らはこの施設に宿泊・滞在することができる。コーディネーターはインターンシップの内容を管理するだけでなく、日々受け入れ先企業から研修を終えて帰ってきた学生とコミュニケーションをはかり、体調のチェックや滞在中の困りごとの相談なども受け付けている。さらに企業からの送迎によって通勤の負担が軽減される。送迎や滞在費の交渉はコーディネーターが行い、原則、インターンシップ先企業が負担する。
学生たちは拠点施設での生活を通じて、他の企業のインターンシップに参加している他大学・他専攻の学生と交流することもできる。多様な学生が、自分とは違う視点で企業を見ていることを知り、互いに刺激を与えられるような他分野の交流にも寄与している。

■多様なテーマで実践されるインターンシップ
前述の取り組みの結果、全国の大学と連携したインターンシップやフィールドワークが年間を通じて多数実施されることになり、100社を超える市内企業が学生と触れ合うことになった。学生が所属する大学の所在地も様々で、新潟県内の大学はもちろん、県外、さらには海外の大学からも学生が訪れている。県外・海外の学生にとって宿泊施設の存在は大きい。
さらに、これまで市内の企業らが出会う機会のなかった分野の学生との交流も増えた。製造業になじみの深い工学の分野を学ぶ学生も多いが、デザイン、コピーライティング、地域経済、総合政策など多様な分野の学生が研修している。それだけでなく、グローバル人材の育成を目的としたフィールドワークも実施されている。これらを実施する際、コーディネーターは、大学や学生の学習到達目標を事前に理解し、企業の中では何を見せるのか、何をやらせるのかなどの研修中の活動について検討している。大学の専攻や期間、目的によって、企業での活動も変わるが、それらに応じたテーラーメイドなインターンシップのプランづくりが実践されている。
■明らかになった課題 雇用条件などが未整備で人材獲得に至らず
連携大学は年々増加し、毎年300人近い学生が燕市を訪れている。しかし、当初期待されていた人材獲得にはいまだ結び付いていない。われわれは事業開始時、燕市の企業を見てもらう機会を増やし、多くの学生に知ってもらうことができれば、人材を獲得できるものと考えていた。しかし、地域の中小企業の多くは彼らを雇用する準備ができていなかった。大学生たちが学生時代に学内・学外通じて獲得してきた知識と好奇心を無駄にしない仕事、首都圏と比較しても見劣りしない雇用条件など、彼らを採用する下地が地域内の中小企業には整っていなかった。学生との交流が関係人口の増加に確実に寄与しているが、地域への人材の定着を増やすには、さらに企業らが学生の視点を理解しなければならない。
一方で、これまでになかった学生との交流から、地域・企業らは新しい視点、気付き、時にはアイデアを享受している。それらは今後若い人材を獲得する上で重要となる経営的な課題の要素を多く含んでいる。コーディネート機能によって、大学・学生にとってのより良い学びの場が提供されるだけでなく、企業らの成長を促す機会が創出されている。
■企業の歴史、沿革、実績に終始するだけでは未来を感じさせない
インターンシップ事業を通じて、若者への企業の見せ方についての一つの気付きを得た。それは学生らに対して企業を魅力的に見せるには、企業の未来や目標、可能性を伝えなければならない、ということだ。当たり前のように感じるかもしれないが、とかく企業説明では「企業の歴史」「沿革」「実績」に終始することが多い。しかし未来を感じさせるためには、歴史や実績をどのように今後の企業活動に生かし、どのように社会に貢献しようともくろんでいるのかを伝えることが重要である。成長を目指した活動に取り組み続け、それを若者に伝え、「その場所で成長したい」という意欲を湧かせることが人材獲得の機会を増やし、インターンシップをより効果的にするものと考える。それを実現するために、つばめいとは新たに「株式会社つばめいと」という組織で新たな事業を展開している。
その事業の一つ目は、地域内の若手従業員の学び直しの場を提供する「燕の社会人学舎TEC」(以下、TEC)である。燕市内では経営者らの横のつながりは強く、公式・非公式問わず経営者同士の情報交換が常に行われている。しかし従業員、特に若手従業員の企業を超えた横のつながりは希薄で、地域の製造業で働く若者が地域内での自社の役割や他の企業との関係性を知る機会は少ない。地域内の従業員らが地域を支える1プレイヤーであり、重要な存在であることを自覚できれば、地域への定着率、また企業で働くことへのモチベーションが促進されると考えられる。TECでは各企業の似た立場の従業員が集い、共に学び、交流する機会を創出している。また、TECは就業時間中である午後3時30分から開講しており、地域内で働くことと学ぶことをより密接にし、企業が参加者自身の成長に投資しているメッセージが伝わることを期待している。
二つ目はシェアオフィスの建設である。燕市内には多くの製造業があり、考案・設計されたものを作り出す技術とノウハウは豊富に蓄積されている。しかし、デザイン性に優れた製品を産み出すスキルや、商品を市場に送り出すためのスキルが地域内に十分あるとは言えない。これまで燕市内の企業らはそれらの業務を別の地域、特に首都圏のデザイナーやコンサルタントにアウトソースしていた。地域が稼いだ資金を、域外に支払うのではなく、地域内に循環させるためには、当該スキルを持った人材を地域内で育て、定着させなければならない。それを促進させるため、「宮町シェアオフィス」を建設した。この施設はコワーキングスペースとしての機能があると同時に、燕市と取引のあるフリーランスにとって彼らの会社が登記できることも重要な機能として働いている。
こういった取り組みを通じて、燕市はそこで働く人々が持続的に成長できる地域であること、また、多様な人材が地域内で求められ育成されている地域であること、これらがインターンシップで学生らに伝わった時に、燕市での未来を実感させ、若手の定着につながるものと期待している。
■公益事業単一では意味をなさない 株式会社つばめいとが事業活動を展開
公益社団法人つばめいとは、当初人材獲得を目指したインターンシップ促進のために開設された法人であり、「インターンシップ促進事業及び大学等との連携調整事業」を主な公益目的事業として認められ活動している。しかし、インターンシップ事業を通して地域の人材を取り巻く課題は限られたものではなく、様々な要素が複合的に重なっていることが明らかになった。地域内で若者を育てることや若者の働き方に合わせた組織づくりなど、「人への投資」に地域・企業らが取り組まなければ、公益事業を単一で行っていても意味を成さない。そのため、インターンシップをより効果的にするために株式会社つばめいととの連携を開始した。さらに今後は、自治体、地域の商工団体、金融機関、地元中学校や高校なども巻き込み、それぞれの立場から「人への投資」に着手する事業活動を提案し展開していく。
様々な連携機関が、地域における課題をそれぞれの立場で認識して事業に取り組むことは、当該事業の効果を増幅させる。次々に現れる新しい課題に対して、その都度その課題解決のパートナーにふさわしい組織・機関を検討し、共に取り組んでいくことが今後の地域の成長にとっての重要な手段であることは言うまでもない。