リポート

鶏が好き過ぎる博士の鶏が東広島市の初ブランドに

2023年2月15日

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広島大学と東広島市、地元農家などが3年間に及ぶ共同研究を終え、東広島市初のブランド地鶏がすくすく育っている。2023年には全国で初めての「大学発地鶏」が東広島市の地鶏として市場に広まりそうだ。

■初めての地域ブランド、地域活性化へ期待

東広島市は、2005年に1市5町(東広島市、賀茂郡黒瀬町・河内町・豊栄町・福富町、豊田郡安芸津町)が合併してできた比較的新しい市だ。合併以前の自治体それぞれには地域を代表するブランド商品はあったが、東広島市を冠する新ブランドがなかった。

一方、市内の広島大学東広島キャンパスでは、大学院統合生命科学研究科教授・日本鶏資源開発プロジェクト研究センター(Japanese Avian Bioresource Project Research Center: JAB)長の都築政起氏の下、日本鶏に関する国内最大級の研究拠点がある。施設の概要をざっと紹介すると日本鶏保護増殖舎は、天然記念物に指定されている日本鶏品種を飼育し増殖するための施設で、2階建て延べ225m2と広く、1階は天然記念物の鶏を飼育する成鶏室が26室、2階に空調設備を備えた雛飼育室3室を備えている。

施設では、日本固有の鶏品種の「日本鶏」を30品種以上飼育し、毎日2,000羽近くを学生たちも世話をする。また家畜育種遺伝学の研究室では、日本鶏品種の肉質や卵質、羽装色などの特性を調査し遺伝子研究も行ってきた。研究室の中村隼明准教授が動物の細胞レベルの保存技術の開発を目的に研究を重ね、始原生殖細胞に注目してニワトリの遺伝資源保存法も確立するなど、日本鶏研究では比類ないほどの施設なのだ。

国内では、比内鶏、薩摩鶏など地域特有の鶏を基に商用地鶏が開発され、地域ブランドとして定着しているが、広島県にはいまだに「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(日本農林規格:JAS)が定める「JAS地鶏」がない。こんな条件が交差していれば、東広島ブランド地鶏を作ったらどうか、そんなアイデアは自然に起こってくるようだ。

■日本初、大学がライセンスを保有する地鶏

2014年、都築教授が保有する、貴重な鶏を活用して最上の肉質をコンセプトに「広大鶏(ひろだいどり)」の開発がスタート。2018年4月には東広島市、地元農業事業者などが参画、東広島ブランド地鶏開発振興協議会を設立、協議会を中心に共同研究を開始。「広大鶏」を活用して東広島市で広島県初のJAS地鶏を開発しようと、東広島ブランド地鶏プロジェクトが始まった。

そして広大鶏のオスとロードアイランドレッド(米国原産の鶏品種で卵肉兼用種)のメスを掛け合わせ、在来種の血液百分率100%、地鶏肉のJAS規格で定める飼育方法で生産され、日本では初めて大学がライセンスを保有する商用地鶏(東広島こい地鶏)が誕生した。

3年間の共同研究では、東広島市内の複数の鶏生産者の協力もあり、およそ2,200羽の試験飼育を行ってきた。その間、増体性や肉質分析などのデータを蓄積し、食味官能試験や外部のモニタリング評価なども実施した。「こい」は旨味が「濃い」、何度も食べたくなる「恋」しくなる味、東広島市に来てほしいとの願いを込めて食べに「来い」、さらにカープの「鯉(こい)」だ。こい地鶏は赤い羽毛を持つ赤鶏。広島県を代表する地鶏として愛されるよう願いを込め「東広島こい地鶏」と名付けた。その特徴は、口溶けの良い脂肪酸とほど良いかみ応えがあるという。またオレイン酸やリノール酸など融点の低い不飽和脂肪酸を多く含み、口の中で脂が溶け出し、地鶏肉の旨味に関係しているとされるアラキドン酸も豊富に含む。

■広島大学発ベンチャーが雛を

東広島こい地鶏の生産は、広島大学の研究者でもあった竹之内惇氏が2021年に、広島大学発ベンチャーのGallus JAPAN(ガルスジャパン)株式会社を市内で起業した。出生証明された雛(ひな)の東広島こい地鶏を3万羽以上の生産を目指して準備を進める。この雛はいずれ地元の農家などに販売し、育てられた後出荷される予定だ。

最先端技術を用い、広大鶏の始原生殖細胞の冷凍保存が可能となれば、病気による死滅や近縁な個体同士の交配による生産能力の低下などのリスクにも対応でき、仮に種の存続が難しくなるようであれば冷凍保存した細胞を用い、別のニワトリ品種に代理出産をさせ、細胞由来の雛を作り出すことも可能だ。この技術で広大鶏がいつでも復元可能となる。安定的生産を続けるためには、リスクに対応できる環境も整備する。保存と復元は、凍結保存した鶏の胚の血中から、精子や卵子になる前の始原生殖細胞を取り出し、この細胞を試験管内で増やし凍結保存させる。移植卵を多く産む鶏の胚の血中へ、鶏の始原生殖細胞を移植する。交配卵を多く産む鶏が成長すると、復元したい鶏の精子と卵を作るようになる。「復元」受精卵を孵化(ふか)させると復元したい鶏の雛が誕生し、復元された個体が誕生する仕組みだ。餌(えさ)をよく食べ大きく強い健康な鶏が生み出され、さらに選抜し底上げを図っていく選抜育種を繰り返していくことで、おいしい鶏になるという。

■紛らわしい地鶏表現

日本国内の鶏の在来種は、明治時代(1868~1912年)までに日本で定着した鶏に限られ38種いる。この在来種の血統が50%以上入っている鶏種のみが地鶏(ただし、商用の地鶏)と呼ばれる。地鶏と呼ぶには出生証明が必要だ。

具体的には、鶏の両親またはどちらか一方の親が在来種で、孵化した日から75日以上の飼育期間が必要で、若鶏のおよそ2倍と長い。孵化28日以降には、飼育密度が1m2当たり10羽以下のスペースが必要で、ゆとりを持たせた平飼いによって運動ができるよう飼育方法の配慮がなされている。

名古屋コーチンや比内地鶏、さつま地鶏は日本三大地鶏と呼ばれ、鶏肉の中ではよく知られている地鶏でブランド力が高い。ただJASの規定には強制力がなく、地域の地元の鶏を平飼いで育てたから地鶏と称し流通する可能性もあり曖昧さは否めない。従って安易に地鶏として販売することは「不当景品類及び不当表示防止法」(景品表示法)違反の可能性があるため注意が必要だ。

一般社団法人日本食鳥協会によれば、日本で流通する鶏は、「ブロイラー(若どり)」と「地鶏」と「銘柄鶏」の三つに大別でき、JAS規定の地鶏のほか飼料や環境など工夫を加えて飼育され、一般的なブロイラーよりは味や風味など改良した「銘柄鶏」があり、JASによる定義はなく、ブロイラーと同じ種類の「若どり系」と赤鶏の両親を持つ「赤系」に分類されるのだという。

スーパーマーケットなどの鶏肉コーナーや精肉店などで販売されている鶏肉は、鶏卵用ではなく食用専用種として改良され若鶏やブロイラー(レギュラーチキン)と呼ばれ、最も一般的でお手頃価格で販売されている。若鶏を改良し、地域ごとに名前が付けられていることもあり地鶏も銘柄鶏もその違いの理解は難しい。さらに地鶏銘柄鶏と表記されているものもあり混同に拍車をかける表現も見受けられる。

■日本の鶏、日本鶏

都築教授によれば鶏は、東南アジアを中心に生息しているセキショクヤケイ(Gallus gallus)を主な野生原種としていて、諸説あるものの8,000年前ごろ、時刻を知るためや祭祀(さいし)用に飼育され、野生の鳥を人の生活に役立てるために品種改良し飼育され始めた鳥を鶏と呼んでいる。その中でも、日本で作り出された品種を総称して日本鶏(にほんけい)と呼び、現在45品種ほど存在する。これらのほとんどは観賞用で卵・肉採取が目的ではなく、世界の中で日本だけだという。これら色とりどりの日本鶏を見れば、錦鯉(にしきごい)に通じる華やかさがあり観賞対象と言われると納得できる。

日本鶏品種の原産県は、高知県が多く「土佐のオナガドリ」は国の特別天然記念物に指定され、尾が抜けることなく一生伸び続け他の鶏と比べてもその姿態が一層優雅さを醸し出す。そのほか、小国鶏(ショウコク)、矮鶏(チャボ)、烏骨鶏(ウコッケイ)、声良鶏(コエヨシ)、比内鶏(ヒナイドリ)、蜀鶏(トウマル)、蓑曳鶏(ミノヒキドリ)、河内奴鶏(カワチヤッコ)、黒柏鶏(クロカシワ)、東天紅鶏(トウテンコウ)、蓑曳矮鶏(ミノヒキチャボ)、鶉矮鶏(ウズラチャボ)、地頭鶏(ジトッコ)、薩摩鶏(サツマドリ)は天然記念物に指定されている。これらの15品種のほかに、ニワトリ天然記念物の指定時の名称として「地鶏(ジドリ)」と「軍鶏(シャモ)」を加え17品種(15品種と2グループ)が国の天然記念物だ。地鶏と軍鶏は一般名で特定の品種を指す名称ではないため非常に紛らわしく混乱をさせているのだという。

特別天然記念物の土佐のオナガドリを鶏舎から出して見せてくれる都築教授
いつも見ているはずなのにニワトリ愛がにじみ出て楽しそう

軍鶏の仲間の品種には、大軍鶏(オオシャモ)、八木戸鶏(ヤキド)、大和軍鶏(ヤマトグンケイ)、金八鶏(キンパ)、小軍鶏(コシャモ)、南京軍鶏(ナンキンシャモ)、越後南京軍鶏(エチゴナンキンシャモ)がいて、地鶏の名前が付く天然記念物品種も、土佐地鶏、三重地鶏、岐阜地鶏、岩手地鶏と複数存在する。

商用地鶏の多くは地鶏を生産する試験場などの公的機関が保有・保全する鶏を利用する場合が一般的だが、日本鶏を知り飼育経験もある都築教授の下、鶏が大好きな研究者や学生が集まる広島大学だからこそ実現できたプロジェクトともいえそう。厳格な定義と飼育方法によって手間暇かけて生み出される東広島こい地鶏の取り組みに、地域ブランドとして地域活性化への期待は大きい。

(本誌編集長/大妻女子大学 地域連携・地域貢献プロジェクト専門委員 山口 泰博)