リポート

クラウドファンディングで人文・社会科学系の研究支援を

立命館大学 研究部 衣笠リサーチオフィス 乾 広久

写真:立命館大学 研究部 衣笠リサーチオフィス 乾 広久

2023年2月15日

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立命館大学は、他大学に先駆けて1995年にリエゾンオフィスを設置し、日本における産学官連携の先駆けとして、自然科学系はもとより人文社会科学系分野においても、民間企業・政府機関の支援のもと多くの研究成果を創出してきた。

私たち衣笠リサーチオフィスは、京都市にある衣笠キャンパスにおいて人文社会科学系の研究推進・産学官連携活動を進めている。所在する学部は、法学部、文学部、産業社会学部、国際関係学部と映像学部があり、研究拠点では、衣笠総合研究機構のもと八つの研究所と10の研究センターが活動している。2019年7月、出版社大手の株式会社講談社が、「科学に特化」し「研究者支援」を主眼とするクラウドファンディング「ブルーバックス・アウトリーチ(Bluebacks Outreach)**1」を立ち上げるとともに、本学が最初のパートナー機関となって研究プロジェクトを共同で推進することとなった。

ここでは、本学のクラウドファンディングを活用した人文・社会科学系の研究支援について紹介する。

本学ではこれまで研究資金の獲得は、それぞれの教員・研究者が科学研究費(科研費)を中心とした公的資金の獲得のほか、地方自治体、公益・民間財団や民間企業との産学連携から研究資金を獲得してきた。その一方で研究の成果発信においては、ホームページや研究広報誌『RADIANT』、メディアを通じて行ってきた。しかしながら、研究成果を広く一般市民へ発信していく伝達手段としては限られていた。こうした中、個人の支援を主体としたクラウドファンディングに着目し、一般市民にも分かりやすい形で研究の魅力を発信することができれば有効な手段になり得ると考えたことがきっかけである。

講談社のブルーバックス・アウトリーチの特徴は、研究者と一般市民をつなぐプラットフォームである。このプラットフォームで研究成果を発信することにより、興味や関心をひきつけて、「この研究を応援したい」という気持ちを研究者支援につなげることが基本的なコンセプトとなっている。これまで、当オフィスからは三つのプロジェクトを立ち上げ、「寄付型クラウドファンディング」で募集を行ったところ、いずれのプロジェクトも当初の目標額を大きく上回る寄付が集まりプロジェクトが成立した。

それぞれのプロジェクト代表者の研究ロマンを伝えるとともに、思いと工夫を凝らした魅力あるリターン(返礼品)を用意したことも功を奏した。

このように人文社会科学系の研究支援においてクラウドファンディングは、個人を対象としたことによって、とりわけ歴史や伝統文化、芸術や文学などの研究に興味と関心を持つ一般市民がサポーターとなって支援をいただけたこと、そしてリターンを届けることによって、さらに共感の声をいただけたこと、地元京都の老舗企業との産学連携につながったことなど、研究資金の獲得手段だけではない新たな研究支援の基盤が築けたのではないかと考える。

■これまでのクラウドファンディングにおけるプロジェクト事例

①数奇な運命をたどった「酒呑童子絵巻」の修復(2019年実施)

サポーター67人・支援金額2,385,000円
プロジェクト代表:立命館大学文学部教授 赤間 亮

能や歌舞伎の演目としても人気の「酒呑童子(しゅてんどうじ)」の物語を描いた絵巻がある。本学のアート・リサーチセンターが所蔵する「酒呑童子絵巻」は、長らく日本を離れて海外のある所有者の手元にあった。まずアメリカのボストンに渡り、その後ヨーロッパに持ち運ばれた後、第二次世界大戦の戦火を逃れチェコのプラハで保管されていた。

この「酒呑童子絵巻」修復をアート・リサーチセンターが引き受けることになり、およそ130年ぶりに京都の地へ戻ってきた。この「酒呑童子絵巻」は、絵巻の制作技術が最も進んだ時代の1650年前後に京都で作られたものと推定されている。完成度が高く現存する「酒呑童子絵巻」の中でも最も豪華な作品の一つで、文化財として非常に価値あるものだと考えられる。このプロジェクトは、数奇な運命をたどってきた貴重な絵巻を後世に残していくために、クラウドファンディングで資金を集め、現在の最高技術を用いて修復しようとするものである。

本プロジェクトでは、この絵巻を世界が共有する文化財として継承し、より多くの人々に鑑賞してもらえるよう修復を進めること、そして、技術応用が可能なデジタルアーカイブとしてオンライン上にキープし、さまざまなデジタル技術応用の素材として提供することで、文化資源の魅力を存分に引き出す「方法自体の開発」のサンプル素材としていく構想である。

主なリターンは次のとおり。

  • 修復した絵巻の一部をバーチャル・リアリティ(VR)で先行公開する特別鑑賞権
  • 修復した絵巻を目の前でじっくり見られる「非公開特別鑑賞会」に招待
  • 修復後の絵巻展覧会にて解説パネルにお名前を表示&展覧会特別解説ツアー
「酒呑童子絵巻」修復の様子
②失われた幻の古代甘味料「甘葛(あまづら)」の復元(2020年実施)

サポーター71人・支援金額2,679,000円
プロジェクト代表:立命館グローバル・イノベーション研究機構助教 神松 幸弘

砂糖が使われる以前、日本には「甘葛」という甘味料があった。甘葛は多くの古典籍に度々登場し、例えば今昔物語では、甘葛で煮た芋粥が饗宴のごちそうであり、飽くほど食べたいと望む貴族の話が書かれている。また、枕草子では、夏に氷室から出された氷に甘葛をかけるかき氷が上品で雅なものとして登場する。このように貴族社会における優雅な生活文化を演出する上で甘葛がいかに重要な存在であったかをうかがい知ることができる。しかし、中世以降、砂糖が普及すると甘葛は消失し、江戸時代には全くなくなり、原料や製法も全く分からなくなってしまった。

神松助教らは、これまで古代から江戸期までの古文書と近・現代の先行研究を精査し、甘葛の原料説として有力なのは三つの説に絞られることを明らかにした。さらに野外調査によって、数十種の樹種から糖度の高い樹液を生産する樹木を絞り、その樹液サンプルから、高速液クロマトグラフィーによる糖およびアミノ酸組成の定量分析を通じて、甘葛の原料植物の究明を行った。その結果、文献調査によって絞られた3説いずれにも甘葛である可能性が示された。

このプロジェクトでは、この三つの仮説にある甘葛の復元を試み、その性能を確かめ幻の甘味料「甘葛」の実態に迫ることを目的とした。また代表者の神松助教の努力により、リターンを通じて本大学と地元京都の老舗企業との産学官連携が実現するなど、予想以上の波及効果があった。

産学官連携視点では、甘葛を用いた調理法の細部を解明(京料理六盛による、古代の料理や宮廷料理をプロの料理人との協働・研究)、甘葛を用いた飴(あめ)の試作(株式会社大文字飴本舗との連携による試作と商品化の検討)、甘葛の原料の抽出・収集の協力(一般社団法人京都知恵産業創造の森*1、丹波ワイン株式会社、京都府立大学の協力)を行った。商品化に向けた商標登録は「京甘葛」である(2022年5月9日、登録第6553197号)。

主なリターンは次のとおり。

  • 幻の味を飴で体験する甘葛風味の京飴3種セット*2
  • 清少納言も食べた古代スイーツを体験する甘葛の味を再現したシロップ3本セット*2
  • 研究者特別解説付きで「芋粥」を味わう—典雅なる平安王朝食文化体験*3
復元された古代の甘味「甘葛(あまづら)」
③加藤周一の「手稿ノート」のデジタルアーカイブ(2021年実施)

サポーター139人・支援金額3,145,000円
プロジェクト代表:衣笠総合研究機構・加藤周一現代思想研究センター、研究顧問・鷲巣 力

立命館大学加藤周一文庫は、戦後日本を代表する国際的知識人加藤周一の蔵書・手稿ノート・映像記録・資料類を所蔵している。加藤周一現代思想研究センターでは、加藤周一の著述活動の中で記した「手稿ノート」のデジタルアーカイブ化に取り組んでいる。

資料のデジタルアーカイブ化は、単に資料類を可視化だけではなく、鍵語によって検索できるシステムを構築している。デジタルアーカイブ化を続けることにより、誰でも、いつでも、どこからでもアクセスでき、また、「手稿ノート」を現物のまま映像として見ることができるので原資料の安全な公開ができる。

このデジタルアーカイブ化の作業の中でも重要なキーワード選出作業と、キーワード検索機能を付けるためには長い時間と多くの費用とが必要になるため、クラウドファンディングにチャレンジした。

主なリターンは次のとおり。

  • あなた自身のためのオリジナル「手稿ノート」*4
  • 加藤周一現代思想研究センターオリジナル万年筆*5
  • 「称える言葉 悼む言葉――加藤周一推薦文・追悼文集」とオリジナル文具セット
加藤周一の手稿ノート
*1:
京都府、京都市、京都商工会議所、公益社団法人京都工業会により、起業者等の産業人材の育成や産学公連携、スマート社会の推進等を図ることを目的に2018(平成30)年11月に設立。
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*2:
株式会社大文字飴本舗の製作協力によるリターン品
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*3:
京料理 六盛の協力によるコース料理のリターン提供
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*4:
岩波書店の協力のもと加藤周一の代表作「羊の歌」の表紙を使った特製ノートを提供
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*5:
手稿ノートの多くは万年筆で書かれていたことから加藤周一サイン入り特製万年筆を提供
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参考文献

**1:
講談社「ブルーバックス・アウトリーチ(Bluebacks Outreach)」
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